22話 勝負を申し込む

 翌日。

 僕は早朝から冒険者ギルドに向かう。

 エルファさんには黙って出てきた。止められるのは目に見えているから。

 ハルトさん達が依頼を受注する時間帯は把握している。

 なにか特別な理由でもない限り、いつも同じ時間に集合するんだ。半年間も一緒にいればルーティンくらい頭に入っている。


 冒険者ギルドの扉を開く。

 通路の直線上にある受付口には、見慣れた後ろ姿。

 僕は怖じけずに声をかける。


「ハルトさん」


「……アストラ?」


 振り向いて怪訝な目を向けてくるハルトさん。

 控え席にはダンさんとアリアさんもいて、僕を見ている。


「僕になにか用かな。忙しいんだけど」


「わかりませんか」


「わからない。世間話が目的なら他を当たってくれないか。受付嬢さんも困っている」


「なら単刀直入に言います」


 僕は冷めた目をするハルトさんに視線を合わせる。

 逃げるな。怯えるな。やると決めたんだ。

 拳を握って気持ちを奮い立たせる。肺を空気で満たして、果敢に声を上げる。


「僕と勝負をしてください」


「……は?」


 眉を上げて僕を睨むハルトさん。


「なにが目的だ?」


「僕と勝負をして、僕が勝ったらエルファさんと仲直りしてほしいんです」


「ああ……なるほど」


 僕の言葉を聞くと、ハルトさんは鼻で笑って返す。


「エルファになにか唆されたか。そんな子だとは思わなかったけど……君を操って僕に交渉を持ちかけるなんて相当な悪女だな」


「これは僕の意思です。エルファさんを悪く言わないでください」


「君の意思なんて聞いてない。僕にメリットがないしお断りだよ」


 そうだろう。

 断られることは予想していた。

 僕だって無策にノコノコやってきたわけじゃない。

 勝負に乗り気じゃないハルトさんが否が応でも食いついてくる条件を僕は持っているんだ。


「メリットならあります。僕が負けた時は、アッシュさんにハルトさんのパーティーを推薦してもらうように掛け合います」


「……なに?」


 目の色が変わるハルトさん。

 上位冒険者の推薦がランク昇格において大きなアドバンテージになるのは冒険者なら誰でも知っていることだ。

 出世にこだわるハルトさんであれば、この条件を無視することはできないはず。


「どうしてそこまでする? 君とエルファでバーツさんのパーティーに入ればいい。君は気に入られているようだし、頼めば一人くらい余分に迎え入れてくれるだろう」


「エルファさんはそれを望んでいません。あの人はハルトさんのパーティーじゃなきゃダメなんです」


「どうだかな。でも、本当にその約束を守ってくれるなら勝負を受けてもいい」


「守ります。アッシュさんを呼んで話し合いましょう。……今、いいですか」


 僕が問うと、ハルトさんはずっと待機していた受付嬢さんに目を向ける。


「すみません。その依頼、キャンセルで」


「あ、は、はい」


 仕事の邪魔をして申し訳ない。

 でも今はハルトさんと向き合って話さないといけない。

 僕は受付嬢さんに向かって言う。


「あの、Aランク冒険者のアッシュさんに伝言をお願いしていいですか。アストラが冒険者ギルドで待ってるって」


「アッシュさんですか? ……ああ、伺っています。かしこまりました」


 受付嬢さんはすんなり話を理解して裏方に走り去る。

 どうやらアッシュさんが話を通していたみたいだ。

 これなら早く話が進む。

 視線を戻すと、ハルトさんは顔をしかめていた。


「僕は君の価値が理解できない。君になにがあると言うんだ?」


「僕にはわかりません。アッシュさんに直接聞いたらどうですか」


「……ふん。生意気なことを言うようになったな」


 自分でもそう思う。

 パーティーに所属していた時は、とにかくみんなの役に立とうと必死だった。

 でも今の僕はフリーだ。顔色を伺う必要はない。

 先輩冒険者に対する敬意だってちゃんとあるけど、これから戦う相手に下手に出るほど卑屈になりたくはない。


「バーツさんが到着するまでしばらくかかるだろう。お茶でも飲むかい?」


「結構です。それよりダンさんとアリアさんに事情を説明しましょう」


「それもそうか」


 気後れするなアストラ・フリート。

 毅然とするんだ。

 仮面だっていい。勝負をする今この期間だけは、僕はハルトさんと対等の男なんだから。

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