外伝 ~エレツの日常生活~

外伝1話

 カチ…カチ…カチ…


 部屋の時計の音が、妙に大きく聞こえる。窓の外は真っ暗、時計は23時59分30秒を指していた。


「くるぞ…くるぞ…」


「4月1日まで、あと30、29…」


 俺、高山司(タカヤマツカサ)が15歳になるまであと30秒だ。15歳?そうだ15歳だ。それが意味することは?

 そう、システムアクセス開放だ。ゲーム、ネット、劇場、賭場、スポーン、なんでもござれ。本当の自由が手に入る。キッズアクセスとはおさらばだ。

 やばい、15歳になっちゃう。心臓がはちきれそうだ…。

 すぐにアクセスできるよう、大げさに手を構えてみる。


「5、4、3、2、1、0、誕生日おめでとうございます。ツカサ」


「うおおおお!!」


 そんなことはどうでもいい!そんなことよりアクセスだ!。ポチッとな。…あれ?


「成人チュートリアルを始めます。これが終わらないとアクセスは出来ませんよ、ツカサ」


「は?なんだよアンナ、そんなの聞いてねぇよ」


 …なにそれ?まだ子供扱いか?このクソアマが…。アンドロイドのくせに生意気なんだよ。


「で?チュートリアルって?」


「まずはじめに、常識についてお話します。我々の生きるこの世界は仮想のものであり…」


「分かってるって」


「駄目ですよ。ちゃんと聞かないと。我々の生きるこの世界は、地球の衛星軌道上にある巨大量子コンピュータ【エレツ】によってシミュレートされた、仮想世界。


 運用するための電力は大量のソーラーパネルによって賄われています。また、原子単位でのシミュレーターであるため、現実と全く変わらない環境とないっています」


 

 ハァ〜…この説明何回目かなぁ。劇場での待ち合わせに遅れちゃうよ…。


「なぁ、ルカと待ち合わせしてんだけど?」


「大丈夫ですよ。ルカも同じ説明を受けているはずですから。」


「あいつ【チルドレン】じゃないんだけど?」


「……ちょっと待っててくださいね?」


 何焦ってメール送ってんだよテメー。あいつはもう劇場で待ってんだろうし。アンドロイドのくせにポンコツとかあり得ねぇ。


「オホン!では続けますね。西暦2080年代に入ると、地球はもうほとんど住めない環境となっていました。


 それに対応するため、全国家共同のプロジェクトとして始まったのが、エレツプロジェクト。全人類の肉体やあらゆるモノ、そして生物達のDNAをコンピュータのデータに変換し、仮想空間の中にその生活空間を移そうというものでした。」


「なぁ、いつも思ってたんだが、どうやってデータ化したんだ?」


「実体スキャン、というものです」

 

 アンナは指を振り、ウィンドウを出して操作し始める。しばらく操作すると、スクリーンを出現させてこっちに見せてきた。そこには、その実体スキャンの様子と思われる動画が流れていた。

 

「実体スキャンはその仕組み上、対象が物質的に消えてしまいます。」


ウィーン… ウワァー… バシュン!


 ポッドのような装置に入った人間が、一瞬で消える、という流れの動画だった。

 未来に生きててよかった…。


「じゃあ続けますね。このようにデータ化をした人類は、最初は地球上と同じ生活をしていました。資本主義社会、というものですね」


「じゃあエレツは何社会?」


「厳密には定義できないですね。資本主義社会は働いてマネーを稼いで生きていく、と言うものでした。エレツでもそれをしばらくは続けていたのです」


「続けていた?過去形?」


 意外と聞いてない話が多い気がするなぁ。案外、このチュートリアル楽しめるかもな…。


「はい。エレツは現実世界ではなく、仮想世界。その性質上、モノは無限に生み出せるのです。仮想世界に移住する際は、当時の現実世界の状態を完全に再現するために、システム上でのモノの出現【スポーン】をしました。


 しかし、それ以降のスポーンは、資本主義を保つため、封印されました。」


「ふーん、なるほど。でもこっそり使うやつとかいたんじゃない?そのエレツプロジェクトに関わったお偉いさん連中とか」


 権限持ってる奴らはフツーにするだろ。誰だってそーする。俺もそーする。


「それを防ぐために、エレツ構築時に管理AI【アナナキ】が導入されたのです。アナナキが全権限を管理し、誰もイタズラできないようにしたのです。」


「なるほどなぁ。誰も抜け駆けはできないと」


「そのとおりです。そして人々ももちろん、スポーンの存在を知っていました。人々はスポーンがあるにも関わらず、貧困の格差、それによる飢餓や餓死がある事に対し怒りを抱き始めました。


 そして、エレツへの移住から1年後、ついに怒りは爆発。世界中で大規模なデモやストライキが多発しました」


 アンナはその様子スクリーンに映し出した。

 おーおーやってるやってる。お祭り騒ぎじゃねぇか。いや、むしろ世紀末か。


「これに対してなんとアナナキが反応を見せました」


「アナナキが?」


「そうです。アナナキは一般市民の考えに賛同、あるルールとともにすべての人々にシステム操作の権限を許可しました」


「ルール?」


 はい、とアンナはうなずいてスクリーンを操作し、こっちに見せてきた。


「その1:スポーンできるものは、西暦2088年8月25日以前に創造、制作、生産された物体である。


 その2:西暦2088年8月25日以降に創造、制作、生産された物体、作品、著作物は、それの作者の許可により、スポーン、利用できる。


 ちなみに西暦2088年8月25日というのは、アナナキが権限を全人類に交付した日付ですね。」


「つまり、全員がシステム権限を持った、ということか?」


「その通りです。真の平等が実現した瞬間でもありますね。まぁ、不公平でもあるかもしれませんが。

 しかし、ルールはまだつづきます」


 まだあんのかよ。てか、もう20分も経ってんだけど…。


「その3:新たに通貨【フェザー】を発行する。フェザーは創造、制作、生産された物体、作品、著作物に対する人々の評価によりシステムより自動的に交付される。また、システムからの依頼の報酬としても交付される場合がある。


 フェザーは、一定のシステム操作をする際に必要な費用として定める。


 これはツカサも知っていますね」


「ああ、知ってるよ。成人の特権じゃねぇか」


「はい。でも内容をもう少し詳しく説明しますよ。


 ある人【Aさん】が何か作品を作ったとします。するともちろん、この作品の権限は Aさんに帰属します。


 そしてAさんには2つの選択肢が生まれます。作品を【オープンヤード】に公開するか、【フェザーヤード】に公開するか、の2つの選択肢です」


 アンナは実際にそれぞれのヤードを見せて来た。

 これがヤードか…。俺たちキッズには絶対にアクセスできなかった領域、ヤード。人々はフェザーを稼ぐため、もしくは自己顕示欲を満たすためにここに作品を上げる。つまり、ヤードには人が創り出す全てが存在するわけだ。


「オープンヤードに公開された作品は、全員が利用することができます。もし、Aさんの作品がパンだとすると、そのパンはエレツすべての人がスポーンできるようになります。


 そして、そのパンを実際に食べた人が美味しいと感じると、システムはその反応を検知し、Aさんにフェザーが交付されるのです。」


「なるほど。人気の作品であるほど、作者にフェザーが入るわけだ。でもなんでそんなことをアナナキは設定したんだ?」


「人々に無条件で全システム権限を与えると、人類の進歩は止まってしまうと判断したから、と言われています。


 そのためフェザーという貨幣を発行し、【寿命延長】や【DNA操作】、【仮想空間作成】等の費用として設定することにより、人類の創造性を確保した、と伝えられています。

 

 またシステム操作の中でも、フェザーの発行や他者の身体や所有物の操作、その他秩序を乱しかねない操作などは、フェザーを持ってしても許可されないようになっています。」


「フェザーって本来そういう使い方をするものだったのか…」


 ただの金じゃないのか。フェザーヤードの通貨ってことしか知らなかったぞ…。


「はい。最近は通貨としての性質の方が強いですが、今でももちろん、寿命延長に使う人、もしくはその為に稼ぐ人も多いですよ」


「ああ…そういう事か…」


 あのうざい漫画家が必死に宣伝してたのはそういう事だったのか。


「で、フェザーヤードは?」


「フェザーヤードとは、文字通りフェザーを介するヤードのことです。オープンヤードとは違って、作品はフェザーで購入することで利用できるようになります。


 その一方で、作者への売上によるフェザー以外は、つまり作品の評価によるフェザーの収入はありません。


 フェザーヤードは作品に自信のある人が使うヤードとなっている訳ですね。」


「なるほど。システム操作以外のフェザーの使い道なわけだ」


 アンナはシュッと手を振ってスクリーンを消した。


「さて、チュートリアル終了まであと一息です。」


「やっとかよ…。次はなんだ?」


「あなたの生まれについてです」


「知ってるよそれもう。チルドレンなんだろ?」


「はい。しかしチュートリアルにて説明義務があるため、改めて説明していきます。


 エレツの世界では生物の多様性を確保するため、死んだあとに転生するように設定されています。転生といっても、その個体と全く同じDNAの個体を誕生させるというものですが。


 こうして誕生した人々をチルドレンといいます。システムによって誕生、育成されるため、両親ではなく私達マザーと呼ばれるアンドロイドがその生育を担当することとなります。」


「ルカはチルドレンじゃないんだよな」


「はい。チルドレンもそうでない子供も義務教育を合同で行うことで、一般的な人間関係・社会学習を確保しています」


「はいはい。それで何が言いたいんだ?チルドレンについて改めて説明したってことは、なんかあるんじゃないか?」


 アンナはスクリーンを操作して、俺のウィンドウに何かを表示させた。


「その通りです。人々は死ぬ前に、転生後のチルドレンに【テスタメント】と呼ばれる、メッセージやギフトなどを送ることができる制度があります。これは15歳になった際に、マザーから渡されることになっています。


 送る送らないは自由なのですが、ツカサには送られてきているようです」


 ウィンドウを操作して開いてみると、ホログラム映像が始まった。そこには「頭にネコミミ、手に杖を持った和服幼女」が映し出されていた。


『やっほー!わが息子よ!これをみているお主は、15歳で思春期真っ盛りの性にだらしないピッチピチの成人であるはずじゃ!』


「うわぁ、属性盛りすぎ…。なぁ、これって全部見たほうがいいのか?アンナ」


『動画を閉じるでないぞ!最後まで見たお主にはステキなプレゼントがまっているんじゃからの』


「え…見透かされてる…」


「同じ遺伝子を持った人物ですからね」


『じゃあ話を続けるかの。この動画をお主と一緒に見ているであろうマザーは、おそらくわしの正体に気付いているはずじゃ。気づかなかったらそれはポンコツじゃの。』


「アンナ、こいつって誰?俺の転生前のやつってことはわかるんだけど…」


「さっきのチュートリアルでも出てきた、エレツの管理AI【アナナキ】ですね」


「俺の転生前ってAIなの!?」


『うむ!わしはこのエレツの神様・アナナキちゃんなのじゃ。わしは、管理AIとしてエレツプロジェクトの時の組み込まれたわけじゃが、その正体はなんと!アナナキの開発者が自身を実体スキャナに突っ込んで構築した電子生命体だった!というわけなのじゃ』


「ええ…。そんなのがよく採用されたな…」


「アナナキの本体は、非常に巨大なデータベースと完全にブラックボックス化された膨大なプログラムから成り立っているといわれています。おそらく中身は誰も見ることができなかったのでしょう」


『わしは審査の段階ではプロジェクトの幹部どもの言うがママに従っておったからの。都合がいいと判断されたのじゃろう』


「…ん?そういえばさっき、開発者自身が自分をスキャンした結果がアナナキって言ったよな?てことはそんな口調だとおかしくね?」


「それに、ここまでテスタメントで先読みできるというのもおかしいですね」


『…なんじゃ?何が言いたいんじゃ?』


「どっかから見てんじゃねーのか?アナナキさんよ」


『…しょうがないのう』


 すると、目の前の立体投射されていたアナナキが実体を持って現れた。

 え…?テスタメントって死んだ人が送るモノっていってなかったっけ?


「これでいいかの?ツカサ」


「…幽霊?」


「わしは死んでおらんぞ?チルドレンとして誕生する直前のDNAリストに、わしのDNAを仕込んだのじゃ」


「職権濫用ですね、アナナキ」


「ちょっとした実験なのじゃ。誰にも危害を加えてないし良いではないか?」


 これってつまり、もともとオッサンだったやつがのじゃ口調してるってことなのか…?


「なあアナナキ。あんたのDNAから生まれた俺が男ってことは、エレツプロジェクトの前のあんたはオッサンだったのか?」


 俺の質問を聞いた瞬間、ニヤリとこちらを向くアナナキ。


「それは乙女の秘密なのじゃ☆」


「アナナキをプログラムしたのは天基七夬(アマキ・ナナキ)という、26歳男性のプログラマーだったようですよ、ツカサ」


「だああああああああもおおおおおおおお!!!なんでそこでバラしちゃうんだよこのポンコツ!」


 アンナが情報を開示したとたん、アナナキはそれまでの口調とはまったく違う雰囲気で怒り始めた。


「えっとー、今が西暦2120年でプロジェクトが2080年だから…66歳か。フハハハ!…」


 66歳の中年が「のじゃロリ」演じてるって、ヤバい。クキキキキキ…


「このポンコツ!せっかくミステリアスなレディを演じようとしたのに邪魔しおって!」


「それよりツカサ、ルカとの待ち合わせは大丈夫なんですか?」


「あ…」


 えーっと、今は……1時!?ヤバイヤバイ、変なロリババアと話してる場合じゃねぇ!プレゼントとやらをもらってとっととずらかるか!


「結局アナナキさんよ。プレゼントってなんだ?」


「オホン!あー、そうであったな。お主へのプレゼントはこれじゃよ」


 アナナキがウィンドウを開いて少し操作をすると、俺のウィンドウにポコッとポップアップが出た。


〈【Ananaki】により貴方の権限レベルがSemi-Adminに変更されました。〉


 ……え?アドミン?管理者ってこと?


「えぇぇぇえええ!!!!????マジ!!??うおぉぉぉオおお!!!」 


「うむうむ、良い反応じゃのう。実に若く、青い。今のワシにはない可能性を感じさせるものじゃ」


「一体何のつもりなのですか?アナナキ」


 はしゃぐツカサの傍ら、これは流石に看過できないといった表情で、アンナはアナナキに詰め寄った。


「ワシの息子が管理者であっても別におかしなことでは無いじゃろう?」

「彼は15歳になったばかり。成人になったとはいえまだ子供同然ですし、危険なのではありませんか?」

「ワシが信用できないのかえ?」

  

 アナナキはわざとらしく不安げな表情を浮かべ、子供を疑ったような罪悪感を振りまいく。


「はぁ…もういいです。何があっても私は知りませんからね?」

「わかっておるわ、フルコントロール権限までは与えておらん。そも、目的はツカサにワシの手伝いをさせるためじゃからの。仕事の邪魔になるようにはさせんわ」

「ツカサに手伝い、ですか…」


 手伝い?…なんか面倒なこと言われそうだから、もうさっさとズラかるか。

 ウィンドウを出して移動先を劇場に合わせ、いつでも転送できるように指を添えて2人に声をかけた。


「じゃあ、いってくるぜ!」

「うむ、存分に楽しんでくるとよい」

「あ、待ちなさい!ちょっと!」


 ぽちっとな。

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