万歳。(歴史)
あたしは、駆け出しの
今日は、新潟県の春日山城跡。お目当ては、上杉謙信やその家臣の扮装をした、『上杉おもてなし武将隊』だった。
刀を抜いての、イケてるオジさんたちの物語演舞は思った以上に完成度が高く、まるでミュージカルを観てるみたいだ。
しかも写真撮影は、『実質無料』という概念ではなく本当に無料で、お話も出来て凄く楽しかった。
……あのひとが、
あたしは記念撮影とは別に、兜の
側室を持つことが当たり前だった時代に、正室のお
普通は新潟と言えば上杉謙信だったけど、あたしはだんぜん、家臣の直江兼続派なのだった。
そして余韻もそこそこに、駐車場に走ってマイカーに飛び乗る。上越市から小千谷市まで、二時間弱の長旅だ。
次のお目当ては、
どうしてもお腹が空いた時の為に、あらかじめコンビニでお握りを二個買ってあったけど、慣れない道だから運転に集中する。
その甲斐あって、ギリギリ十六時四十五分に到着した。あたしは駐車場からまた走る。
兼続が熱心に信仰して、その頭文字を前立てに選んだという、愛染明王が観たかった。
「綺麗……」
観られたのは五分弱だったけど、あたしは何だか感動しちゃって、息を弾ませながら涙を拭う。
扉が閉められてからは、境内で真っ赤に色づいた
「あれ?」
さっき観た、鎧に陣羽織姿の兼続が立っていた。妙高寺でも、パフォーマンスをしているのかな?
「おい。女」
「は、はい」
「春日山城に居たはずが、奇妙なことに妙高寺だ。間もなく
……ん~? あたしの頭の上には、クエスチョンマークがたくさん瞬く。
よく見ると、さっきの兼続よりはずいぶん若く、背も低い。鎧はところどころが錆びていて、赤黒く変色していた。
人間、信じられない出来事に遭遇すると、現実逃避するんだな。あたしは昔観た漫画やドラマを思い出して、こういう時どうしたらいいか、ぼんやりと考えていた。
「おい」
「あっ、ハイ。早馬はいないけど、鉄のかごなら」
「鉄? それでは、かごの者が難儀だろう」
ああ。兼続はやっぱり、かごを運ぶような
駐車場まで案内して、マイカーに乗せる。軽自動車だったから、兜は脱いで貰った。
彼はキョロキョロと、車の中と、凄いスピードで飛び去って行く外の景色を眺めていたけど、特に質問はしなかった。自分の無知を、恥じていたのかもしれない。
「……すまん、腹が減った。何か食すものはないか」
「あ、あります。お握り」
「握り飯か。馳走になる」
そう言って、透明のビニールごと食べようとする彼を止めて、信号待ちの間に剝がしてあげた。
「うむ。美味じゃな。はて、だがこの具は何じゃろう」
「ツナマヨです」
あたしはコンビニのお握りは、ツナマヨしか食べないマヨラーだった。
「して、その『つなまよ』とやらは、どうやって作るのじゃ?」
「え~っと……」
真のマヨラーのあたしは、マヨネーズを自作することもあったから、答えられた。
「ツナは、マグロです。マヨは、卵黄と油と塩と酢を混ぜて作ります」
「ほほう。今度、
ペロリと二個のお握りを完食した兼続は、今度はカーオーディオに興味を持ったようだった。
「
「ええと……歌ったものを記録して、その記録を流しています」
「この男は、先ほどからばんざいばんざいと叫んでおるが、『ばんざい』とは何じゃ?」
「愛するひとに出逢えた喜びを、『万歳』という言葉で
「なるほど。『はっぴー』とは?」
「とっても幸せって意味です」
「いい歌謡じゃな」
それからしばらく、沈黙が続いた。兼続は、曲に聴き入っているらしい。
そうしてふと隣を見たら、兼続は居なくなっていた。
良かった。帰ったんだな。不思議と、そう確信出来た。
後日、兼続の文献を読んでみたら、『
『万歳。そなたと出逢えて
そんなに気に入ったんだ。あたしはくすくすと笑って、本を閉じた。胸の辺りが、じんわりといつまでも暖かかった。
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