万歳。(歴史)

 あたしは、駆け出しの歴女れきじょだった。きっかけは、アプリゲームだ。ゲームの時代背景を調べている内に歴史のドラマチックさにのめり込み、休日には各地に遠征をするようになっていた。

 今日は、新潟県の春日山城跡。お目当ては、上杉謙信やその家臣の扮装をした、『上杉おもてなし武将隊』だった。

 刀を抜いての、イケてるオジさんたちの物語演舞は思った以上に完成度が高く、まるでミュージカルを観てるみたいだ。

 しかも写真撮影は、『実質無料』という概念ではなく本当に無料で、お話も出来て凄く楽しかった。

 ……あのひとが、直江なおえ兼続かねつぐだな。

 あたしは記念撮影とは別に、兜の前立まえだてに『愛』の一文字が目立つ、彼ひとりをこっそりと撮影する。

 側室を持つことが当たり前だった時代に、正室のおせんかたひとりを愛し通した戦国の武将。その一途さが好きだった。

 普通は新潟と言えば上杉謙信だったけど、あたしはだんぜん、家臣の直江兼続派なのだった。

 そして余韻もそこそこに、駐車場に走ってマイカーに飛び乗る。上越市から小千谷市まで、二時間弱の長旅だ。

 次のお目当ては、木造愛染明王坐像もくぞうあいぜんみょうおうざぞうのある、妙高寺だった。御開帳ごかいちょうは十七時までだから、あたしは昼食も摂らずに出発する。

 どうしてもお腹が空いた時の為に、あらかじめコンビニでお握りを二個買ってあったけど、慣れない道だから運転に集中する。

 その甲斐あって、ギリギリ十六時四十五分に到着した。あたしは駐車場からまた走る。

 兼続が熱心に信仰して、その頭文字を前立てに選んだという、愛染明王が観たかった。

「綺麗……」

 観られたのは五分弱だったけど、あたしは何だか感動しちゃって、息を弾ませながら涙を拭う。

 三眼六臂さんがんろっぴ――眼が三つ、腕が六本の猛々しい姿と、背景に描かれた炎のコントラストが美しかった。

 扉が閉められてからは、境内で真っ赤に色づいた紅葉もみじ狩りをする。奥行きのある場所で、黄色のイチョウと赤いモミジが重なるポイントを見つけてスマホをかざしたら、不意に画面に『愛』の一文字が入り込んできた。

「あれ?」

 さっき観た、鎧に陣羽織姿の兼続が立っていた。妙高寺でも、パフォーマンスをしているのかな?

「おい。女」

「は、はい」

「春日山城に居たはずが、奇妙なことに妙高寺だ。間もなくいくさが始まる。早馬を用意してはくれんか」

 ……ん~? あたしの頭の上には、クエスチョンマークがたくさん瞬く。

 よく見ると、さっきの兼続よりはずいぶん若く、背も低い。鎧はところどころが錆びていて、赤黒く変色していた。

 人間、信じられない出来事に遭遇すると、現実逃避するんだな。あたしは昔観た漫画やドラマを思い出して、こういう時どうしたらいいか、ぼんやりと考えていた。

「おい」

「あっ、ハイ。早馬はいないけど、鉄のかごなら」

「鉄? それでは、かごの者が難儀だろう」

 ああ。兼続はやっぱり、かごを運ぶような下々しもじもにまで、優しいんだ。あたしは何となく、嬉しくなった。

 駐車場まで案内して、マイカーに乗せる。軽自動車だったから、兜は脱いで貰った。

 彼はキョロキョロと、車の中と、凄いスピードで飛び去って行く外の景色を眺めていたけど、特に質問はしなかった。自分の無知を、恥じていたのかもしれない。

「……すまん、腹が減った。何か食すものはないか」

「あ、あります。お握り」

「握り飯か。馳走になる」

 そう言って、透明のビニールごと食べようとする彼を止めて、信号待ちの間に剝がしてあげた。

「うむ。美味じゃな。はて、だがこの具は何じゃろう」

「ツナマヨです」

 あたしはコンビニのお握りは、ツナマヨしか食べないマヨラーだった。

「して、その『つなまよ』とやらは、どうやって作るのじゃ?」

「え~っと……」

 真のマヨラーのあたしは、マヨネーズを自作することもあったから、答えられた。

「ツナは、マグロです。マヨは、卵黄と油と塩と酢を混ぜて作ります」

「ほほう。今度、まかなかたに作らせてみよう」

 ペロリと二個のお握りを完食した兼続は、今度はカーオーディオに興味を持ったようだった。

歌謡かようは、誰が何処で歌っておるのじゃ?」

「ええと……歌ったものを記録して、その記録を流しています」

「この男は、先ほどからばんざいばんざいと叫んでおるが、『ばんざい』とは何じゃ?」

「愛するひとに出逢えた喜びを、『万歳』という言葉で寿ことほいでいるんです」

「なるほど。『はっぴー』とは?」

「とっても幸せって意味です」

「いい歌謡じゃな」

 それからしばらく、沈黙が続いた。兼続は、曲に聴き入っているらしい。

 そうしてふと隣を見たら、兼続は居なくなっていた。

 良かった。帰ったんだな。不思議と、そう確信出来た。

 後日、兼続の文献を読んでみたら、『綱真世つなまよ』お握りのレシピと、祝言で歌謡と舞を披露したエピソードが載っていた。

『万歳。そなたと出逢えて重畳ちょうじょう。これより生涯、没すまで、至上の幸福』

 そんなに気に入ったんだ。あたしはくすくすと笑って、本を閉じた。胸の辺りが、じんわりといつまでも暖かかった。

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