もう一度
クロは敵全軍の完全撤退を確認してから、召喚していた軍団を異界へと還す。
大気が戻ったのか、いつの間にか西日になるほど傾いた太陽が世界を橙色に染め上げていた。
「ゴア。その、なんだ……ありがとう」
煙のように消え行く軍隊を背にしながら、ゴアがクロのそばへと寄ってくる。全軍が居なくなってしまうと全てが幻だったかのようにクロには思えたが、ゴアがまたも珍しく頷いた姿を見てやはり現実だったんだなと思う。
そんなゴアも、一言も発せずに黒い粒子となって消えていった。
クリアになった視界から、他敵兵は全て居なくなっていた。誰とも無しに声があがると、それはすぐに勝鬨へと変わる。
「戦ったのは俺たちなのに」と思うクロであったが、無責任ながらも喜びに浮かれる兵士たちを責める気にはなれなかった。我ながらどうにも人が良すぎる気もするし、魔王の魔力が体内から失せつつあるなか精神状態が安定してきている証拠なのかもしれない。
やがて城壁門が開場し、軍隊が城下街へと帰っていく。一通り去った後、門の中央には今となっては馴染みとなった二人の姿があった。
クロは二人に向かって馬を進める。ゆっくりとした足並みの女性に対し、走ってくる小さな姿が近づいたところでクロは馬から降り、突進してきたその身体を抱きとめた。
「マスター! 本当にすごいマスターだったのね!」
「疑ってたのかよ」
クロは苦笑しながらエディスの頭をくしゃりと撫でる。少々の心外さを自覚しながら、そういえばエディスの前で召喚して見せたのはゴアだけだったことを思い出した。
その後ろを、躊躇うような重い足取りで俯き加減に近寄ってくるリアがいた。
「…………随分と早い再会になっちゃったわね」
――それは同感。
わずか数日の別離を経ての再会。数年は会えないと高を括って惜別の想いで別れた側としては妙に気恥ずかしいし、居心地が悪いのは相手も同じよう。
互いが互いに同じ心境だと悟り、二人は突然に吹き出す。一通り笑い合うとリアは目元の涙を袖で拭っていた。
「それにしても、どうやって?」
クロは疑問を口にした直後、嫌な予感を覚えた。
リアとの出会いは恵まれたものだったが、その最初はとある人物に帰結する。リアと約束した再会も、その男を探すことから始めなければならないと考えていたところだ。逆説的に言えば、リアが今またここにいるのはその男のおかげの可能性があるわけで――、
「もちろん! 私のおかげだ!」
どこからともなく現れたのは、クロにとって腹立たしくも血縁関係にある存在で、リアのことがなければ人生で二度と会いたくない輩のひとりだった。
ジョン・リー・サリマン。
忌々しきクロの父親だ。
「おわ、この野郎! どこから湧いてきやがった! つーか
「いいのかなー、そんなこと言って? 今やリアちゃんと契約しているのはこの私なのだよ? 私の一存でリアちゃんを異界へと還してしまうこともできるのさ。――ま、彼女のためにもそんなことはしないけどなっ!」
互いに召喚術師としてローブを纏っているうえ、やはり親子だけあって背格好も似てしまっている。だからこそ、その顔が軽薄になるほどクロは唾棄したくなった。
「わっはっはぁ! どうだ、クロヴィスよ! お前の女を他の男に取られた気分は? 新たな性癖にでも目覚めそうか? ん?」
「くたばれ」
せっかく呪いの魔力を消費したというのに精神汚染がぶり返すようにクロはいった。
「クロ。その……なんていうか、ごめんね?」
「お前はお前でいったい何に謝ってんだよ」
何故かリアが手慰みのようにもじもじとさせている。彼女らしくないしおらしい仕草になんだかひどく居心地の悪さをクロは覚えた。
「殊勝なリアちゃんも可愛らしいなぁ」
「頼むから死んでくれ」
実の父は悪辣な言葉を浴びられながらも、全く気にしないようにリアの周りをくるくると回っている。と、リアがおもむろに顔を上げた。
「それで、どうするの?」
「どうするって?」
「わたし……このおじさまに取られちゃったんだけど?」
「おじさま」呼びに歓喜する阿呆は放っておくにして、クロはリアからの試すような口ぶりに困惑した。明らかにこれはクロからの
クロとしては容易に再会が叶わないものとして時間を掛けて優柔不断に考え抜くつもりだったところだ。そんなことはリアにはお見通しで、猶予もなく焚きつけられている。
「たしかに、リアがいてくれないと俺の中の魔力が溜まり続けちゃうからな。だからぜひともまた契約をしてほしいわけで……」
「そういうことじゃなくて」
リアの声音は剣呑というより、大真面目の部類だった。クロの表情を伺うようなリアの姿は随分と上目遣いに見える。
クロは観念するようにため息を吐き、
「リア」
「はい」
彼女の透き通る瞳に映る自分。だいぶ情けない顔つきで、誤魔化すように後頭部を掻く。
「俺ともう一度契約を――」
「やり直し」
つんとリアが顔を背ける。
そういうことじゃない、というのはクロにも分かりきっていて、その反応があまりに予想通り過ぎて思わず苦笑した。
やっぱりそうだよな――。
クロは深呼吸してから居住まいを正し、今度はリアを真正面に見据える。
「リア、もう一度俺の――」
召喚術師と被召喚者の関係性について 秋元 あきむ @hayate0620
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