第7話 聖剣と女騎士
それから幾人もの冒険者たちが聖剣を抜きに来たが、選ばれし者は現れなかった。どいつもこいつも勇者制度による恩賜が目当てで、聖剣さえあれば遊んで暮らせると考えている奴ばかりだったのだ。
多少の俗っぽさは多めに見るけど、正義を抱いて勇者になろうとする奴はいないのか。
次にやってきたのは女だ。当然、女性のヒーローも数多くいるので俺は性別では判定しないが。
「私はセレス。剣の扱いなら心得ている」
「神官レーヴァです。セレスさんは騎士団の方でしょうか? ご立派な装備ですが」
「ああ、元騎士団長だ。今は魔物退治に尽くす一介の冒険者さ」
セレスは赤い髪を長い三つ編みにし、黒を基調とした服の上から髪と同じく赤い鎧を纏っていた。
今までの冒険者にはない、隙を見せない立ち姿からも元騎士団長というのも納得がいく。
「あなたが真の勇者であるならあの聖剣を引き抜くことができます」
「やってみせよう」
キリッとした表情からは真面目そうな性格が伺え、期待値は高い。
レーヴァもセレスに期待しているようで、目を輝かせていた。
「いざっ!」
両手で柄を握り、力を込める。
そのまま上へ引き抜──けなかった。
「くぅぅぅぅぅっ!! な、何故だ?」
抜けないことに不思議がるセレス。
「聖剣様……?」
セレスに期待するあまり、レーヴァからは選別する俺の方が間違ってると思われ、ジト目で見られてしまう。
(ダメだね)
しかし、俺は断固としてセレスを勇者にするつもりはなかった。
「……仕方ない。ここは去るとしよう」
セレスも何かを察したように引きつった表情で来た道を早足で引き返していく。
女騎士の姿が見えなくなったところで、レーヴァが俺に食ってかかった。
「どうしてです聖剣様! 彼女なら実力も相応にあったでしょう!」
(ああ。腕は立つ方だ)
腐っても元騎士団長。あのマレスよりも強かったはずだ。
「だったらなんで!?」
(……知らない方がいいこともある。誰にとっても)
俺にとっても、レーヴァにとっても、セレスにとっても。
「納得できません!」
女騎士の見かけのカッコよさに当てられたか、今日のレーヴァは頑固だ。
今までの人材を思い返せば、セレスは打ってつけだった。
溜息をつきながら、俺はセレスを落とした理由を明かしてやった。
(長く騎士団長やってたから男に飢えて、訓練生の少年騎士を数人食ったんだ。それで騎士団をやめさせられた。俺を抜けば騎士団長に戻れるか、勇者の権威で男を漁り尽くせると思っていた。以上が落選理由です)
「疑って申し訳ありませんでした」
その時のレーヴァの土下座はとても綺麗な姿勢だった。
この日の夜。
レーヴァは小屋で寝静まり、俺はずっと星を見つめていた。この姿でも眠ること自体は出来るのだが、回復が速いせいですぐに目が冴えてしまう。
あの星の数ほど冒険者が現れたとして、勇者に相応しい心の持ち主が現れなかった時にはどうするべきか。まさかレーヴァに抜かせて戦わせるわけにもいくまい。
(……何者だ?)
その時、何かが動く気配がした。レーヴァはまだ小屋の中にいる。
闇に溶ける黒い服。機能性を重視したためか、身体に張り付いており体の凹凸がハッキリ見える。頭巾と仮面で頭を隠してるが、相手は女だろう。
(盗賊か?)
盗賊らしき女は素早い動きでこちらに近寄る。レーヴァの家に盗みに入るのかと思ったら、狙いは聖剣のようだ。
あぁ、引き抜けないからって管理者が寝ている間に台座ごとってところか。
「これで聖剣は私のもの」
女盗賊は持っていたピックとハンマーで台座を叩き割ろうとした。
なので遠慮なく雷を落とした。
「にぎゃあああああああああ!?!?」
黒い姿を更に黒くしながら女は絶叫する。電撃喰らって骨が透けるのなんて初めて見たわ。
が、よほどタフなのか何が起こったのか分からないのか、女は再びピックを俺に向ける。
のでまた雷を落とした。
「んぎょおおおおおおおおおお!?!?」
変な悲鳴と共に、ついに女はノックダウンした。ピクピクと力なく痙攣し、ちょっと漏らしてる様子もある。オイオイ、俺の傍でやめろ。
「何事ですか!?」
二度の雷と女の悲鳴でレーヴァが目を覚ましてこちらにやってくる。
あの騒音で起きなかったら逆に心配になるわな。
「ど、どなたですか!?」
(盗賊だ。俺を台座ごと持っていこうとしたから天誅食らわせた)
「て、てん……? ともかく、顔を見ます!」
天誅なんて異世界じゃ使わんか。
レーヴァが仮面と頭巾を外すと、見えたのは今日見たばかりの顔だ。
「せ、セレスさん!?」
(元騎士団長もここまで墜ちるか)
盗賊の正体はショタコン食いの元騎士団長だった。さっさと帰ったのは気まずいからじゃなくてこの準備のためか。
どれだけ聖剣が、いや男が欲しかったんだこの色狂いは。
「セレスさん! 起きてください! どうしましょう、聖剣様」
(……まぁ俺、誰の所有物でもないから罪には問えないだろうし、とりあえず介抱して街に送ってやれば?)
雷浴びせまくった身で今更なにを、みたいな目で見られた気がしたがレーヴァはセレスを小屋に連れて行く。
「も、申し訳ない! 魔が差したんだ……今までずっと騎士団長として規律の中で生きてきたから……」
「神はいつでもあなたを見ています。これからは真面目に生きて、人のために尽くしてください」
翌日。我に返って罪に嘆く女に神官レーヴァは優しく諭してやっていた。
あいつの神官らしいところ、初めて見たな。
「ありがとう、神官様。おかげで気が楽になった。これからはギルドで人のために魔物退治で働くとする!」
「頑張ってくださいね」
改心したセレスはレーヴァに深々と頭を下げて街に戻っていった。全身タイツの痴女ルックスじゃなければいい話でまとまりそうだったのにな。
手を降って見送ったレーヴァはこちらを見るとドヤ顔で寄ってきた。
「どうでした? 私、神官らしく迷える子羊を改心させましたよ?」
(あー、そうだな。よくやったよくやった)
「聖剣様に褒められました!」
どうやらレーヴァも同じことを思ってたらしく、まるでテストで高得点とった子供のように得意げにしてみせた。
まったく可愛い娘だよ、お前は。
◇◆◇
光刃の丘から遠く離れた地。
ここは商人たちが移動に使う街道だったのだが、そこに魔物が住み着いて以来人の行き来は激減してしまった。
それでも、と道を行く勇敢な商人は運悪く魔物の群れに襲われてしまう。
「お、お助けを……!」
荷を引いていた馬も、御者も、部下も、護衛に雇った冒険者すらも皆殺されてしまった商人は青ざめながら命乞いをする。
だが、聞き入れられるはずもなく無惨にも首を跳ねられてしまう。
「荷を落とす商人に価値はないから打ち首ィ! ゲゲゲゲゲゲッ!」
下品な笑い声をあげる魔物はブタコウモリのような頭を持ち、胴体は人間。背中からはコウモリの羽といった容貌の怪物だった。同じ種類の魔物が6体。空から来られては、ひとたまりもないだろう。
コウモリの魔物たちは積んであった荷から酒を見つけ、そのまま酒盛りを始める。凄惨な状況から陽気な雰囲気に切り替わるが、それは魔物内での話だ。
「こんなにチョロいなら、もっと早くこっちに来ればよかったぜ!」
馬車の木材を着火剤代わりにし、死んだ馬の肉を焼いて食らう魔物達。
酒も進み、談笑する中でふと1匹が思い出したように話し出す。
「そういや、ここから離れた場所で晴れてるのに雷がゴロゴロなる地域があるって話聞いたか?」
「雷ィ~? お前そんなのが怖いのかよ」
他の魔物達がゲラゲラと笑う中、肝心の話を進める。
「そうじゃねぇよ。ただな、数ヶ月くらい前にそこからかなり強い魔力を感じたんだよ」
「はぁ? 見間違いじゃねぇの?」
「いやぁ、一瞬だったからそうかもしれないけどさ、その時にものすごい雷がなってるから案外やべーやつがそこにいたりしてな」
「ヒューマンなんてエルフやリザードマンと比べりゃ雑魚同然だろ!」
「大方、その雷を魔力かなんかと見間違えたんだろうよ! ゲゲゲゲゲッ!」
酒を呷り笑い合う魔物達だったが、1匹が立ち上がると途端に黙った。
その1匹は他の魔物と比べ服の色が青ではなく褐色だった。話にも参加せず酒と肉を貪るだけだったが、今の話を聞いてジッと睨みつける。
「今の話、場所は?」
「い、いえ隊長。今のはコイツの見間違えで」
「場所はどこだと聞いている」
魔物達の中でも上官に位置する個体は話していた魔物に圧を掛けながら問いただす。
「こ、ここからずっと離れた何もない地点です。森に囲まれた場所で」
「今まで何も感じなかったのにいきなり強い魔力を一瞬だけ、か」
「はい……」
隊長格は少し考えた後に瓶の中の酒を一気に飲み干し、地面に叩きつけた。
怒ったのかと他の魔物が息を呑むが、逆に隊長は高笑いしだす。
「ふはははははっ! こいつぁいい! もし本当なら俺達はついてる! そこにあるはずだ、魔王様が探していた神器が! そいつを魔王様に献上して見ろ! 俺はたちまち三魔将の仲間入りだ!」
今の話だけで、神器──つまり聖剣の在り処に目星をつけた隊長は自らの幸運を盛大に祝った。
何が何やら分からない部下達も、悪い話じゃなさそうなので一気に士気を上げる。
「これから俺達はその場所に向かう! 結界破りの札ありったけ持って来い!」
ついに封印の場所が魔物に明らかになったことを、聖剣自身はまだ知らない。
聖剣様は理想の勇者を求む~ヒーローオタクがひたすら冒険者を選別する~ 雲色の銀 @shirogane
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