第6話 聖剣と自称勇者たち
国王が打ち出した勇者制度はハッキリ言って失敗だった。
勇者として具体的に示すものがなく、自称勇者によって国税が搾取される羽目になったからだ。これなら、ギルドに依頼した方がマシだろう。
しかも、自称勇者たちは国から恩賜を受けているのをいいことに横暴な態度で豪遊しているそうだ。
国民からの不満がいよいよ爆発しそうになったところで、国王はついに対応策を出してきた。
(それが俺か)
以上が、レーヴァから聞かされた直近の状況である。
勇者の資格として俺を抜いてくること。
「でも、これなら間違いないですよ」
(そりゃそうだが)
この前のボンボンみたいなのがゾロゾロ来られるのも問題じゃないか?
無礼な奴には雷打ち込めば追い払えるが、逆上した奴がレーヴァに襲いかかりでもしたらたまったものではない。
「現に、勇者を名乗る方たちが街に集まってるみたいです」
おかげで街の商売は潤ってるようで、町長なんかは喜んでいるらしい。
聖剣を抜いてくるなんてミッション、普通に考えれば剣引っこ抜くだけだから楽勝。そう考えて集まった奴らばかりなんだろうなぁ。
まぁ、そう簡単には抜かせないがな!
(ところでレーヴァ、しばらく街には行かない方がいい)
「えっ? はい、勇者様たちがいる間はここにいますよ?」
心配して聞いてみると、逆にレーヴァは当たり前だと言わんばかりに答えてきた。
「だって、私がいない間に聖剣様が抜かれたら管理者の一族の名折れですもの! 見送りまでしっかりしますのでご安心を!」
(あっはい)
思ってたのと違う返答が帰って来たので、つい間抜けな返答をしてしまう。きっと俺に頭があれば真顔になってただろう。
よくよく考えれば、レーヴァが街中で襲われるなんて事態になれば町民が黙ってはいないだろう。
「……聖剣様。今日はここでずっとお話しててもよろしいでしょうか?」
(む? 構わないが、急にどうした?)
ふと、レーヴァが俺の隣に座り込む。いつのまにやら毛布まで持ってきており、夜通しいるつもりらしい。
「いえ……聖剣様が行ってしまった後、寂しくなってしまったので」
(……そうか)
レーヴァからすれば、俺は物心ついた時からここにいる家族のようなものだからな。
いつか来るとは思っていても別れるのは寂しいものだ。
「だからいつもみたいに、理想のヒーロー像でも語ってください。聖剣様がいなくなってもすぐに思い出せるように」
(ああ。そういうことなら、まずは光の国に住む巨人たちの話でもしてやろう!)
「程よく眠くなりそうですね」
(なんでだよ! いいか、あの夜空の向こうにはな──)
レーヴァが子供の頃には、こうして俺が知るヒーローの話をしてやったものだ。
いわゆる剣と魔法のファンタジー世界にとっては荒唐無稽な与太話だろうが、俺はそれでもヒーローたちの生き様を語り続けた。
いずれ現れる勇者も、そういう人物であることを願いながら。
次の日には、早速一人目の挑戦者が丘にやってきた。
グラムがここに来た時にはまだ獣道しかなかったから上るのも一苦労だったというのに、今ではレーヴァ達が使う通り道があるから迷わないし獣除けのハーブまであるからな。
「あなたは勇者様ですか?」
「へへっ。そう、勇者。名はエンテっていうもんだ」
最初に現れた男は、どう見てもこれから魔物退治なんてするようには見えない小汚い男だった。みすぼらしい身なりは冒険者というよりは浮浪者にしか思えない。
レーヴァも顔をしかめそうになるが、神官としてしっかりと務めを果たすべく笑顔を崩さずに堪えていた。
「で、ではどうぞこちらへ」
「あのぶっ刺さってる剣さえ抜けば勇者になれるんだろ?」
「ええ、抜ければ」
そう、抜ければ。
俺に触れさえすれば、そいつの内面なんて即座にお見通しだ。どんなに周囲を誤魔化して英雄面したところで、伝説の聖剣を誤魔化そうなんてできるわけがない。
仮に悪事を働かなくとも、正義感や平和への思慮が少しでも欠けてれば失格。
俺の中には幾人ものヒーローたちが命を賭して地球を救ってきた勇姿が刻まれている。勇者に敵わぬ中身なら、俺を使う資格などない。
「……なぁ、これ台座に接着してあるとかはねぇよな?」
「ありません」
「剣の先っぽは実はなくて一体化してあるとか」
「ありません。さぁ抜いてください」
用心深い男だ。汚い手で聖剣の柄に触れるんだからありがたく思え。
とはいえ、こんなに汚らしい男でももしかしたら勇者の素質があるかもしれない。ほら、おとぎ話でも見かけで判断された王子が魔女に野獣にされたっていうのもあるし。この男が剣聖の腕前だとしたら──。
「ふんんんんんんん!!!! ぬ、ぬけねぇ」
──まぁ、そんなの1%以下ぐらいの確立だろうがな。
んで、コイツの中身はというと。
「剣抜けばギャンブルでスッた借金全部国が帳消しにしてくれるなんてラッキー! これでホームレス生活ともおさらばだ!」
見た目通りすぎて意外性もクソもねぇ。
(レーヴァ、このギャンブル狂いを追い返せ)
「ギャ、ギャンブル狂い?」
「へっ!? な、なんでそのことを!?」
レーヴァが俺のバラした事実を口にすると、エンテは汗を搔きながら驚愕する。
俺の声が聞こえないこの男からすれば、レーヴァが素性を見抜いたようにしか見えないわな。
「まさか借金取りと繋がって……! に、逃げろ!」
「あ、ちょっと! ……勝手に行っちゃいました」
エンテはレーヴァが借金を請求してくると勘違いしたのか、一目散にその場を後にした。
薄汚い欲で聖剣に手を出そうとするからだ。
(なぁ、今後来るのはああいう奴ばかりなのか?)
「それは……どうなんでしょう?」
前途多難すぎる。俺とレーヴァは揃って溜息を吐いた。
次に現れたのは、筋肉ムキムキマッチョマンだ。
あのいかついボディに、森の中を上半身裸で歩く度胸。相当の力自慢に思える。
「あれが伝説の聖剣! 他にライバルは誰もいないな!」
「あなたも勇者様を目指す者でしょうか?」
「ぬおっ!? 小娘、さてはお前も剣を抜きに来たのか!?」
……頭の方に大きく不安を感じるが。
どう見ても聖職者の少女が一人でいるのに剣を抜くわけないだろ。
「いえ、私は神官レーヴァです。ここで聖剣様の管理者をしています」
「なんだそうか。俺の名はマッソー。勇者マッソーだ!」
「はぁ」
お前が勇者を名乗るのはまだはえぇよ。マッスルポーズを繰り返すマッソーに突っ込みを入れたくなるが、俺の声は聞こえないだろう。
「見よ、この筋肉! その辺の樹を引き抜いて振り回すことも出来るんだぜ?」
「すごいですね」
「さて、今日は樹じゃなくてあの剣を抜けばいいんだな?」
「はい。勇者の資格がある者にのみ抜くことができます」
俺もだが、こんなのばかりを相手にしなければならないレーヴァも大変だ。
マッソーは大股でこちらまでくると、片手で柄を持ち太い腕に力をふんだんに入れて思い切り引き抜こうとした。
「どりゃあああああああああ!!!」
でも残念。
聖剣を引き抜く方法は怪力なんかじゃ絶対ダメだ。正義への意志を持ち、俺を認めさせる心を持っていること。力など、二の次だ。
いくら樹を持ち上げられようとも、清い心を持たなければ剣一本抜くことはできない。
「聖剣がどんなすごいものかは知らねぇが、コイツがあればギルドでもデカい顔が出来るってもんだ。勇者のネームバリューで金もザクザク稼げるだろうし、女もより取り見取り。戦闘なんざ筋肉でなんとかなるし、腰に差すだけなら楽勝だぜ」
この男も、聖剣を金稼ぎの道具としてしか考えていない。魔王を討伐する気もなければ、搾取する側に回ることのみを意識している。そして、なにかあれば暴力で解決。
コイツは勇者ではない。
「ば、バカな!? 俺のパワーがこんな剣に負けるわけが! ふんぬぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」
いくら両手に力を込めようと、お前では聖なる力を使いこなせない。
筋肉にものを言わせるだけの憐れな男は、ついに俺を1ミリも動かせず座り込んでしまった。
「あの、もう気は済んだでしょうか?」
「そんなはずはない……俺のパワーが負けるはずはないんだ!」
マッソーは諦めが悪い様子で、今度は俺ではなく台座の方を掴み出す。
「何をするおつもりですか!? やめてください!」
「うるせぇ! 剣が抜けないならこの台座ごともらっていくまでだ! 街に降りてから台座さえ壊せば聖剣は俺のものだ!」
制止するレーヴァの言葉も聞かず、マッソーは俺を台座ごと持ち上げようとする。
なるほど。その手があったか。
(レーヴァ、離れろ)
が、ルール違反だ。
バチバチバチィィィッ!!
「ぐわああああああああ!?」
俺はマッソーの身体に電撃をお見舞いしてやった。
マッソーは口からは黒い煙を吐き、白目を向いたまま膝を付く。ムキムキボディも魔法耐性は低かったようで、一瞬で黒焦げになってしまった。
「な、なにが……?」
「聖剣様からの罰です! これ以上勝手な真似をするようであれば、また雷が落ちますよ?」
「ひっ」
レーヴァからの忠告に怯え切ったマッソーは、そのままスタコラと退散していってしまった。流石、あの筋肉。体力だけはあったみたいだ。
「申し訳ありません。聖剣様のお手を煩わせてしまって」
(気にするな。今のは奴が悪い)
マッソーを制止しきれなかったことに頭を下げるレーヴァ。いい子だなぁ。
その後、次の挑戦者が現れるまでレーヴァは台座が壊れてないか確認していた。因みにこの台座も強力な魔法がかかっているので物理攻撃ではビクともしないらしい。聖剣豆知識。
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