第5話 聖剣と勇者制度

 マレスが死んでからどれほど経ったかもう覚えていない。

 勇者の死はすぐにレーヴァから街、国、そして隣国に伝えられた。信じて送り出したはずの勇者が、ぬかるみに足を滑らせて死んだなんて報告を受けた隣国の王の心境は察する。

 それからというもの、人間たちの様子はもう悲惨だったらしい。新たな勇者が選出されるのを祈るもの、魔王に勝ち目はないと自暴自棄になるもの、死ぬ前にいい思いをしたいと暴挙に出るもの。

 人間たちが勇者を失ったのを知ってか知らずか、魔物の進軍は進んでいて戦闘手段を持たない一般市民は村や町の外に出ることすら叶わなくなった。

 冒険者ギルドには魔物の討伐がグッと増えたが、同時に未帰還者も後を絶たず、まさに戦乱の様相を示していた。


「聖剣様、大丈夫ですか?」


 レーヴァがお供え物の饅頭を持ってやってくる。

 あれから、レーヴァが街に行く回数も減っている。ここならば結界があるので街中より安全だから、と俺が言い付けたのだ。


「まだ、勇者様のことを気になさってるのですか?」

(……あんなあっけない終わり方をするとはな)


 俺の200年がたった20分で終わったのだ。そりゃあ聖剣でもヘコむ。


「で、でもまた神様が勇者様を選んでくださりますよ!」

(どうだかなぁ。グラム──お前の祖先を俺に寄越した時も100年ぐらい後だったし)


 俺はそもそもその神って奴を見てすらいない。聖剣を人間に作らせたのも、聖剣の管理者や勇者に神託を告げたのも神って奴なんだろうけど、一体何を考えてるのか。

 勇者が岩に頭打って死ぬのも神の想定通りなのか?


「そ、そういえば王様が新しい制度を導入するそうですよ!」

(それで?)


 人間の決めた制度なんて、聖剣の俺に関係ないだろう。

 レーヴァは少し困った顔をするが、そのまま話を続ける。


「「勇者制度」というもので、勇者としての活躍を見込めるものに予算や物資の支給をするという制度だそうです」


 勇者制度ぉ? なんだそれ、みすみす勇者を死なせた俺への当て付けか。


「これで冒険者たちの士気が上がれば、魔物を退治してくれるかもしれませんし、もしかしたら本物の勇者様も現れるかも!」

(……あのなぁ。そんなんで勇者がノコノコ出て来るわけないだろ)


 そんな制度で生み出された形式だけの勇者になんか俺を引き抜けるわけないだろう。

 マレスは神託を受けた真正の勇者だった。性格はまだまだ未熟だったけど、素質は確かだった。そんじょそこらの自称勇者に代わりが務まるとは思えない。


「でもでも、聖剣様前から仰ってたじゃないですか。勇者とは、ヒーローとはなんたるか! 人助けをしてなんぼの存在だって!」

(……ああ)

「世界を救うために立ち上がるなら、それはもう勇者じゃないんですか? あとは聖剣様が認めれば抜けるんですし、本物の勇者が生まれるかもしれないんですよ!?」


 ……それもそうだ。

 マレスのように神に選ばれたのではなくても、一般人から立派なヒーローとして立ち上がった存在は数多くいる!

 親愛なる隣人だって蜘蛛に噛まれるまでは冴えないオタクだったじゃないか!


(要はハート。正義を燃やし、愛と平和に心血を注げる者!)

「そうです! 勇ましい者と書いて勇者、です!」


 どうしてそんな初歩的なことを忘れていたのだろう。


(レーヴァ! 俺は待つぞ! 真なる勇者を!)

「はい!」


 そうだ。神が選んで失敗したなら、俺が選べばいいんだ。

 勇者制度で自称勇者が増えようと、俺なら真の勇者を見出せる。聖剣として、ヒーローオタクとして。




 数日後、早速勇者を名乗る者が光刃の丘を尋ねてきた。

 サラサラの金髪と滑らかにたなびく上質のマント、高価そうな金色の鎧から貴族出のボンボンであることが伺える。

 その後ろには執事らしき爺さんと馬車、見るからに金で雇われたであろう荒くれ者たちが待機している。


「あ、あなたは……?」

「やぁお嬢さん。僕はバックス。国を代表する勇者さ。お近づきの印に」


 レーヴァに馴れ馴れしく近付き、バックスは彼女の手の甲にキスをする。ウォエッ。

 どうやら香水の匂いがキツいらしく、レーヴァも嫌悪感に顔を歪ませる。


「ど、どうも……私は神官レーヴァです」

「レーヴァ! 美しい名だ。さて、ここに聖剣があると聞いたんだけど」

「はい、あちらに」


 ゲッ、こっち見た。

 バックスはこちらを一瞥すると、気のない表情を浮かべてサッと視線をレーヴァに移した。


「アレ、いくらで譲ってもらえるのかな?」

「……はい?」


 ──は?


「だって僕、勇者だよ? 聖剣の1本や2本必要でしょ?」

「いや、でもお金で売れるものでは」


 あー、うん。もういいわ。


(さっさとこっち来させろ)

「えっ? あ、はい。バックス様、こちらへ」


 レーヴァに指示を飛ばし、バックスをこちらに来させる。

 コイツ、聖剣を金で買い取ろうとしたな?

 そして、俺の声は当然のように聞こえていない。

 この時点でもはや勇者の資格はないが、一応コイツの内面だけは見てやる。


「聖剣を引き抜ければ勇者としての資格を得られます。どうぞ」

「あー、そういう。だったらそこの力自慢にでも」

「勇者様自身でないと抜けない仕組みになってます。どうぞ!」

「えー、でも僕そこまで力ないし」

「どうぞ!!」


 レーヴァも一刻も早くこのボンボンを追っ払いたいようで、さっさと触れと言わんばかりに推し進めていく。

 バックスは肩を竦めながら俺の柄を握り締め、勢いよく引き抜こうとした。


「ふんんんんんっ!」


 端正な顔立ちを歪めるバックスだが、非常に残念な話だが、抜けない。

 聖剣はピクリとも動かず、バックスの情けない唸り声が丘に響くのみであった。


「はぁ、はぁ。ちょっと、抜けないよこれ!」

「では残念ですね。さようなら」


 抜けなかったことを認識して、さっさと帰れと言わんばかりに手を降るレーヴァ。満面の笑みだが、目が笑っていない。


「ぼ、僕をコケにしやがったな? おい!」

「ん? なんですかい、雇主さん」


 だが、バックスは逆上し、後ろに控えていた連中に声をかける。


「聖剣を抜け! 何がなんでもだ!」

「はいよ。おうおめぇら! 仕事だ!」


 バックスの声掛けで、荒くれものどもが動き出す。選ばれなかったからって力づくで引き抜くつもりだな。

 レーヴァは呆れた表情でその光景を見つめるのみだ。


「この際だ、折ってもいいぞ! 後で腕利きの鍛冶屋に直させる!」

「だってよ」

「折っていいなら楽勝だな」


 おいおいおい、聖剣相手に追っていいは身勝手すぎないか?

 レーヴァも管理者として、今の発言には頭にきたようでバックスに食ってかかる。


「ちょっとあなた! 聖剣様をなんだと思ってるの!?」

「はぁ? 神官ごときが僕に指図? いいか、聖剣なんて所詮僕を引き立たせるだけの飾りに過ぎないんだよ。戦闘なら金で雇った奴らがやってくれるし、あの剣は僕に箔を付けるだけで十分役に立つの」


 ほう。つまりお前は勇者をやるつもりすらないと。欲しいのは勇者の肩書のみだと。


「それにお前も、僕の手に掛かれば神官から奴隷に落とすことだってできるんだぞ?」


 もう限界だ。


 バックスがレーヴァに手を掛けようとした瞬間、凄まじい雷鳴が轟いた。

 雷は荒くれ者たちとバックスを瞬く間に黒焦げにし、その場に倒れ伏させる。咄嗟に目を塞いだレーヴァが顔を上げると、辺り一面にボロ雑巾と化した男達が転がっていた。


「坊ちゃま!」


 唯一無事だった執事が声を上げるが、バックスはチリチリになった金髪とボロボロの服装のまま情けない面で気絶していた。荒くれ者ども含め、殺されないだけマシだな。


「……こほん。さて、聖剣様の怒りを買ったようですが、どうしますか?」


 レーヴァは呆然としたままの執事に声をかける。

 今の雷撃が聖剣によるものだと理解した執事は怯えた表情を浮かべると、気絶したままのバックスと荒くれ者らを馬車の荷台に放り、一目散に逃げて行った。


「聖剣様、ありがとうございます」

(どういたしまして)


 全てが終わると、レーヴァは俺に笑顔で礼を言った。

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