第4話 聖剣と初代勇者

 光刃の丘に一人の男が訪ねて来たのは、魔王の宣戦布告から十日あまり経った後のことだった。

 動きやすそうな旅装束にマント、たすき掛けしたベルトには剣の収まっていない鞘。


「あれが聖剣か」


 人の良さそうな顔立ちでこちらを見つめる。

 十代後半といった感じか。若者らしく自信満々で活気に溢れた態度だ。


「も、もしかして勇者様ですか!?」


 来訪者の存在に気付いたレーヴァが慌てて家から出て来る。

 男は大きく頷くと、深く息を吸ってから大声を発した。



「我が名はマレス! 神により勇者に選ばれ、魔王を討つべくして立ち上がった! かの聖剣ユラレントが眠る地とはここか!」



 名乗りを上げた勇者はドヤ顔でレーヴァを見る。

 行為自体はいいんだけど声デカすぎてうるせぇわ。レーヴァなんて唖然としてるじゃないか。


「……? 我が名は」

「聞こえてますから! そうです! ここです!」


 反応がないためか、もう一度名乗ろうとしたマレスをレーヴァが必死に止めた。

 どうして初めてここに来る男はこうも声がデカいのか。


「そうか。で、君はここの管理者かな?」

「はい。神官レーヴァといいます。勇者様、お待ちしてました」

「ああ。あれが聖剣ユラレントだね?」

「ええ。選ばれた者のみが引き抜くことを許される伝説の聖剣。勇者様にその資格があるのなら、どうぞお手にとってみてください」


 お、おお……これぞ夢にまで見た光景。

 神官の導きにより勇者が今こそ聖剣を手にし、ここから伝説が始まるという盛大なオープニング。

 ここまで来るのに転生してから200年、かなり長いこと待たされたものだ。


「聖剣よ、今こそ俺に世界を守る力を!!」


 マレスは声高らかに叫び、俺の柄を掴んだ。




 その瞬間、俺の中へマレスの情報が駆け抜けていった。

 元は兵士志望の若者で、そのために身体はある程度鍛えているみたいだ。

 ある日突然、夢の中に神が現れて勇者として導かれた。なるほど、グラムと同じで神託を受けたのか。しかも今回は直接的に勇者として接してきたようだ。

 さてさて、ヒーローとしての内面的な素質は十分にあるかどうか。


(勇者としての使命を果たせば、国からの恩賞が約束される。ならば、行くしかないな!)


 ……国からの恩賜、つまりは金が目的か。


(それに、魔物は世界を蹂躙している。いつか、故郷にも攻めてくるかもしれない。俺が絶対食い止めてやる!)


 けど、ちゃんと世界を救うという意識も持っている。まぁ、少し前までは普通の青年だったから多少俗っぽいところもあるか。

 結論としては、今はまだ英雄として未熟だが、人を助けながら旅をしていくにつれて自覚も出て来るだろうくらいには善人であることが分かった。

 うむ、十分だ。




 マレスは勢いよく俺を引き抜き、同時に魔力の流れる俺の刀身は光り輝き天に雷を放った。


「聖剣様! ついに抜けましたね!」


 傍で見ていたレーヴァが歓喜の声を上げる。管理者の一族として共に過ごしてきたが、俺が抜かれるのを見たのはレーヴァが初めてだ。


「すごい……力が漲ってくるようだ」


 聖剣を手にした勇者は溢れ出る魔力に興奮している様子だ。


(勇者よ)

「っ!? この声は……聖剣の!?」

(我が名は聖剣……ユラレント)


 俺は自分の名前を不服そうに名乗った。やっぱもうちょっとカッコいい名前が欲しかった。


(聖剣の力を手にし、貴様は何を成す?)

「もちろん、魔王を討伐する!」

(よかろう。正義のため、俺を使うがいい!)


 この会話を何度脳内で練習したか。

 聖剣としての威厳を保ちながら、勇者に正義を問う言葉。俺、今最高にヒーローの相方バディやってるよ……!


「勇者様、聖剣様。もう行かれるのですか?」

「ああ。俺はこのまま魔王を倒す旅に出る」


 俺を鞘に納めたマレスは、休む間もなくそのまま旅立とうとしていた。

 そうだ。世界中が俺達を待っている。


「そうですか……どうか、お気をつけて」

(世話になったな、レーヴァ。今までありがとう)

「聖剣ユラレント、ありがたく頂戴する。さらば!」


 去り行く俺達を涙ながらに見送るレーヴァ。

 ずっと一緒だったもんな。別れは寂しいが、これが俺の使命なんだ。悪く思うな。


「さようなら……さようなら! 聖剣様!」


 レーヴァはその姿が見えなくなるまでずっと手を振っていた。




(時にマレス。勇者ヒーローとしての立ち振る舞いを学びたくはないか?)

「え?」


 いよいよ勇者と聖剣が旅立つ。となれば、俺がすることは勇者のサポート。すなわち、理想的なヒーローとして教育してやることだ。

 その辺の若者が持ってるような正義感では悪意に怯える無辜の民を救うことはできない。なればこそ、勇者には人々を救う強い信念を持ってもらわないといけない。


(例えば、街中で困っている人がいたらお前ならどうする?)

「うーん……まずいくら出せるか聞きますかね?」


 コイツゥ……雷落としてやろうか?


(勇者ともあろうものが何故先に報酬のことを考えるのだ! 助けてやらんか!)

「えぇ……でも、勇者もタダではできませんし」

(報酬なら魔物退治でも貰えるし国王から恩賜を貰えるんだろう! 人助けぐらい無償でしろ!)


 民衆に最初にたかろうとするヒーローなんて見たくねぇわ。

 マレスは王からの恩賜のことを出されて困惑した表情を浮かべた。


「で、でも程度によりません?」

(……まぁそれは確かに)

「馬の蹄鉄が外れたとか、道が分からないとか俺にも出来ないことあるし、そもそもこれ雑用だし」


 あ……まぁ、うん。ヒーローも便利屋じゃないし。


「命の危険とかなら……助けにいきますけど、それ以外でちょっと手伝いするだけなら報酬貰うのはおかしくないでしょ?」

(一理ある)


 なかなか冴えてるな、この勇者。


「じゃ、聖剣様の勇者講座はまた宿にでも寄ってからってことで」

(む……そうだな)


 宿か……思えば、丘から出たことなかったんだよな。アストラル体の移動範囲も森の出口までだし。

 毎度レーヴァ達の話を聞くだけだったが、どんな街並みなんだろうか。


「聖剣様、改めてよろしく」

(ああ。よろしく頼む)


 勇者マレスと共に、これから先この世界のどんな光景を見ていくのか。楽しみで仕方がない。

 俺達の旅は始まったばかり──。




(あ、そこ昨日の雨でぬかるんでるぞ)


 ツルッ。




 ──い?


 いいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃいいいぃぃぃぃ!?




 何が起こったのか。

 マレスは気付かないうちにぬかるみに足を滑らせていた。昨日はかなり強い雨が降っていたので、森の中はところどころ滑りやすくなっていたのだ。

 更に不運なことに、滑らせた先は急な坂となっていて俺達は転がり落ちていってしまった。

 いつのまにか鞘から飛び出していた俺はアストラル体を出し、マレスの姿を探す。


(マレス!? おい、どこだ!?)


 ほどなくして勇者の姿は見つかった。

 頭を岩に打ち付け、血を流して倒れているという憐れな姿で。


(う、嘘だろ……? だって、冒険は始まったばかりじゃないか。なぁ、マレス)


 俺の呼びかけにもマレスは反応せず、同行の開いた瞳は光を失っている。


(こんなのって、嘘だぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?!?)


 最早誰にも聞こえない絶叫の中で、俺の姿はその場から消失した。




 嘘だ……こんなのってあんまりだ……。


「えっ!? 聖剣様!? どうして元の場所に!?」


 気付いた時には、俺の本体は封印の台座に突き刺さった状態に戻っていた。

 さっき涙の別れをしたはずのレーヴァも当然いて、目を見開いてこちらに寄って来る。


(レーヴァ……勇者が、足を滑らせて死んだ……)

「え、ええええぇぇぇぇっ!?」


 ありのまま、俺はレーヴァに伝える。

 彼女を連れて勇者の下に戻って見れば、血の匂いを嗅いで現れた狼らに囲まれており、見るも無残な光景が広がっていた。

 吐きそうになってるレーヴァには酷だが、とにかく狼を雷魔法で一掃したあとで遺体は小屋の近くに手厚く埋葬してやった。


 こうして、神に選ばれた勇者の冒険はあっけなく幕を下ろした。

 この一件で分かったことと言えば、勇者はRPGのように死んだあと復活なんかしないということと、所持者が死ぬと俺は光刃の丘に強制送還されるということだけだった。

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