第3話 聖剣と神官少女

 光刃の丘に神官が住み着いてから100年が過ぎた。

 話す相手は出来たし、汚れてた台座も綺麗にしてもらえるしで俺にとってはいいことばかりではあったが、相変わらず突き刺さったままだ。剣としての切れ味とかどうなのだろうと思ったが、神に与えられた魔力によって刀身は風化や劣化が起きない仕組みになってるらしい。聖剣豆知識調べ。


「聖剣様。おはようございます!」


 今日も佇む俺のもとへ、バケツ一杯の水と布巾を持った神官の少女がやってくる。

 紺色のローブに円柱の帽子。水色の髪は陽の光を浴びて澄んだ川の水のように輝く。

 グラムのひ孫、名をレーヴァと言う。


(おはようレーヴァ。今日もいい天気だ)

「はい! では、今日の清掃始めますね!」


 グラムの血を引く聖職者、ということでレーヴァにも俺の声が聞こえていた。それに性格もアイツらしく素直で元気だ。姿はグラムに似なくて本当によかったなぁ。

 グラムの一族とはずっと一緒にいたから、レーヴァも俺にとっては娘か孫のように思っている。可愛くてとてもいい子だ。


「どうしました?」

(いや、あんなに小さかったレーヴァももう16か……大きくなったなぁ)

「当然です! ちゃんと成長してるんですよ! 街に降りても綺麗になったねって声かけてもらえるんですから!」


 そうそう。俺の存在が知られたことで恩恵を受けようと丘の近くに街が出来たのだ。

 恩恵っつっても俺の結界は森までだから意味はないけど、地主が聖剣をダシに商売して儲けた結果発展したようなのでしっかりと意味はあった。

 因みにレーヴァの両親は王国の方で聖職者に戻ってるのでここにはレーヴァ一人で暮らしている。


(ほーん)

「なんですかその反応。彼氏の存在とか疑わないんですか?」

(自分で言うな)


 まったく心配してないわけではない。レーヴァは可愛く育ったし、街の人間にも人気があるのも知ってる。


(わざわざ俺が出なくても街の人間が黙ってないだろ)

「うぐ……」


 むしろ、人気がありすぎるのだ。レーヴァのような少女が幼い頃から真面目に神職に勤めて、誰にでも分け隔てなく接していれば、街中のアイドルになることなど訳ないことだ。

 もし、軽率にナンパなんてしようなら魚屋のあんちゃんに三枚卸しにされるか肉屋の親父に挽き肉にされるだろう。


「コホン。聖剣様こそ、そろそろ勇者様が来るかもしれないのに呑気にしてていいんですか?」

(……そうらしいな)


 旗色が悪くなったからか、レーヴァが話を切り替える。

 隣国で、以前より魔物の発生が増してきているという噂が風の便りで流れてきた。そのせいで、行商や旅人らが襲撃されて犠牲者が後を絶たない。

 魔物の増加は魔王が現れる前兆だ。それが事実だとすれば、きっと勇者も仕わされるに違いない。


「こっちの国でも魔物による被害が報告されてて、ギルドに退治依頼がくるほどです。これはきっと魔王の仕業に違いありません」

(そうだな。その被害がその辺に生息してる野生動物のものでなければ、な。それに魔物も多くはないが前から存在してる。全部を魔王の仕業にするのはまだ早い)


 魔物は魔王に隷属している種がほとんどだが、奴らの住処としている世界からこちら側に流れて来る種もいる。主に小鬼ゴブリンとかだ。

 それに狼だとかの原生生物がキャラバンを襲う事例だってあるし、全てを鵜呑みにして魔王を警戒するなんて無駄にも程がある。


「やけに冷めてますね」

(そりゃあ、200年も待ってるからな。魔王からの宣戦布告でも来ない限りは何でもかんでも信じないようにしてるんだ)


 長い間、勇者を待ち続けているんだ。突拍子もない噂話に期待なんて持てるはずもない。

 俺の冷めた反応につまらなそうなレーヴァは、いつのまにか掃除を終えていた。


「いつもだったら俺の理想の勇者はーとか、カッコいい活躍がー、とか話し出すのに」

(うぐぐ……)


 痛いところを突いてくるな。


(だって勇者だぞ? 勇ましい者だぞ? 生半可じゃない覚悟と正義を燃やすヒーローが来ることをどれだけ夢見てると思ってるんだ! いつかはマントを翻し、魔物に襲われる人々を颯爽と救う。そんな英雄の手に収まっていたいじゃないか! 聖剣としては!)

「わかりましたから。200年ここにいるのにそういう具体的なイメージはどこから出て来るんですか」


 暇さえあれば、俺はレーヴァに理想のヒーロー像を熱く語っていた。

 この世界にバイクはないけど馬ならいるからそういった乗り物に乗って駆け付けるヒーローとかも憧れるなぁ。


(巨大化魔法とか使えないかな? 覚醒せよ! 勇者オリジン! とか)

「巨大化して何と戦うつもりですか。ゴーレムでも私の3倍くらいの高さしかありませんよ」


 いいじゃないか、夢見たって。聖剣だもの。


「それじゃ、街に買い物に行きますね。何か欲しいお供え物はありますか?」

(……聖剣まんじゅう)

「分かりました。じゃあいつもどおり、外までお願いしますね」


 そう言ってレーヴァは身支度を整えに家へ戻った。

 彼女も戦闘スキルは持ち合わせていないので、森の外までの送り迎えは俺の仕事になっている。

 と言っても、もう道も大分舗装されて迷わなくなってきたし、獣が嫌がるような匂いのハーブだって街で売っている。俺が一々雷を撃つ必要もなくなっていているのだ。


(……本当に魔王が現れたら)


 否定しておいてなんだが、俺は魔物の増加について聖剣内の知識と合わせて思考を巡らせていた。

 魔王が現れるとすれば、斥候が来るはずだ。それも小鬼なんかじゃ務まらないくらい知能の高い奴が必要だ。仮に物資を運ぶ商人らを集中して狙わせているとしたら。拠点である城下町の兵糧が薄くなったところへ本隊を送り込む作戦を魔物が企ててるとしたら。


(いよいよ、出番か)


 期待はしてない。が、ある程度までの予測は立てておいた方がいいからな。




 街に出たレーヴァが戻ってくるのは、いつも日が半分まで沈んだ時だ。

 森の外で迎えに来た俺はジッと彼女が大荷物を背負ってくるのを待っている。こういう無駄に体力があるところはグラムそっくりだ。

 だが、今日はいつもよりもレーヴァの戻りが遅かった。まーた街の人間に捕まって長話でもさせられてるのか。


「せ、聖剣様ー!」


 そんなことを考えていると、血相を変えて走って来るレーヴァの姿が見えた。

 確か出る時に一週間分の食料と新しい服を買うとか言ってなかったか? よく走れるな。


(おかえり。どうした? 急がなくても俺ならここで)

「ま、ま、まっ!」

(待ってるってば)


 待ってください、と言おうとしていると思ったが、レーヴァの様子はそんな呑気なものではなかった。


「魔王が、宣戦布告を!」


 日が完全に沈み、空が夜の闇に包まれる。

 俺はその中で、心の何処かで待ち望みつつ、願ってはいけないものが来てしまったことを知った。


 レーヴァの息が整うまで待ち、家までの道中でその経緯を聞くこととなった。


 まず、隣国の漁村が魔王軍によって滅ぼされた。

 連日の魔物騒ぎのせいで商人が寄り付かなくなり、物資が少なくなってきたところへ襲撃を喰らったという。戦えそうな男達は漁に出たタイミングだったので、村はあっけなく地図から消えてしまった。

 次に、その知らせを受けた隣国の王が、魔王から宣戦布告の文を貰ったとのことだ。これから人間含む様々な種族を滅ぼし世界全土を手中に入れるべく、進軍を開始すると。

 俺達のいる側の国にはまだ被害は少ないが、魔物が流れて来ることはまず間違いない。


(ってことは、エルフやリザードマン……他種族の王にも同じ文が来てるだろうな)

「ついに、ですね」


 お互いに神妙な面持ちになる。200年。来るべき時が来たと言えるだろう。




 そして、勇者を名乗る若者がここへ来るのにそう時間はかからなかった。

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