第2話 聖剣と聖職者

 久しぶりに見た人間の姿は口髭を蓄えた中年の男だった。円柱の帽子と紺色のローブを纏っており、十字架を思わせる装飾を身に着けていた。恐らく聖職者と思われる。

 男は長旅の疲れからかヨロヨロとこちらに近付いてくると、祈るように両手を握り締めて俺を拝み出した。


「神からのお告げは本当だった……こんな神々しい場所に聖剣が眠っていると……! 猛獣に追いかけ回され崖から落ちそうになって命からがらここまで来た甲斐があったというもの!」


 どうやらこの聖職者は何度か死にかけながら俺を探してきたみたいだ。なんだか、俺が殺しかけたみたいだな。

 泣いて喜ぶ聖職者が気の毒に思えて来たので、聞こえないだろうが一言労ってやることにする。


(あー、ご苦労だったな)

「っ!? い、今の声は……? 誰かいるのですか!?」


 俺が声をかけてやると、男は目を見開いて辺りを見回す。

 え? 聞こえたの? その辺の野生動物には全く聞こえなかったのに?


(俺の声が聞こえるのか?)

「ええ聞こえますともー! ここに人は住んでないと思っていましたが、聖剣の守り人なのですかー!?」

(うるせぇ!)


 どうやら俺が遠くから語り掛けてると思ってる様子で、男はやたらと大声で返してくる。目の前にいるんだから大声出さなくても聞こえるわ!


(俺なら目の前にいる)

「……えっ?」


 聖職者は周囲を探すが、生き物の姿は見当たらない。

 いやまぁ、普通の人間は剣が喋ってるとは思わないわな。


(ここ、ここ。目の前に突き刺さってる)

「ま、まさか……聖剣の声!?」


 疲れてるくせにやたらと大声で喋るな、この聖職者。

 あんまり叫ぶから、頭上を飛んでいた巨大鳥が男に気付いて降りてきてしまったじゃないか。

 仕方ないので、巨鳥に当たらないように雷を落とすことで怯ませて立ち去らせる。


「い、今のは雷の魔法!? じゃあ、やはりこの声は」

(いかにも。聖剣の意志だ)


 あーあ、やぱり名前を決めておくべきだった。こういう時に無名の聖剣じゃ締まらないもんなぁ。

 とにかく、聖剣としての力も軽く見せられたので威厳マシマシで雰囲気を保たせておくことにした。


「せ、聖剣……様……?」


 が、今ので聖職者の脳がキャパオーバーしたらしく、その場で綺麗に倒れてしまった。


(お、おーい。アストラル体じゃ触れないんだぞ。起きろー)


 物に触れない精神体では男の看病をすることも出来ず、しばらくの間突き刺さった聖剣の前で気絶する聖職者というシュールな光景が続くことになった。




「も、申し訳ありません。私としたことが、聖剣様の前で恥ずかしい姿を晒してしまって」

(構わぬ)


 気が付いた聖職者は水を飲んで落ち着きを取り戻したようだ。やっとこれで話が進む。


「申し遅れましたが、私はグラムというものです。ここの領国で神官を務めていました」


 やはり見た目通りの神官だった。

 それにしてもグラム、か。剣の名前でそんなのがあった気がするけどこの世界じゃ人名なんだな。俺の方が剣なんだけど。


「聖剣様、是非とも名をお教えください」

(へっ、名前? 由良錬徒……あっ!?)


 油断してた俺は、うっかり人間だった頃の名前を名乗ってしまった。気付いた時には既に遅い。


「ユラレント。「雷の聖剣ユラレント」様! 実に凛々しいお名前!」


 ああああああああーーーーーーーーーっ!?

 聖剣としてのカッコいい名前を名乗るはずが、あまり強くなさそうになってしまった!

 しかも、ご丁寧にメモまでしてやがる!


(……あの、やっぱり名前変えても)

「なんでしょうか、ユラレント様?」

(……もういいです)


 グラムの中ではユラレントとして定着してしまったらしい。

 雷の聖剣なのにこんなゆらゆられんとした名前嫌だ……。


(……それで、神のお告げとか言っていたが?)

「はい。話せば長くなるのですが」


 すっかり気分が落ち込んでしまった俺に、グラムはここまでの身の上話を聞かせ始めた。俺には時間はいくらでもあるし、何より他人からの話を聞くなんて100年ぶりくらいだ。


 要約すると、夢で神様から聖剣の伝説と場所を聞かされて、探し出すよう言われた。当然、夢の話なので信じる者はおらず、グラムは渋々一人でこの丘までやってくることになった。

 ところが、道中で獣に襲われて道に迷った挙句何度も命を危険に晒して、ひと月ほど彷徨ってからようやく件の聖剣の元まで辿り着いた、ということだ。

 因みに、森の外からここまでは一日まっすぐ歩き続ければ着けるはずだ。道はないし猛獣が出るとはいえ、どんな迷い方してきたんだ。


「おかげで食料も底をついて水も今のが最後……けど、それもユラレント様に出会えたことで報われます」

(お、おう。最後にしてはがぶ飲みしてたけど、大変だったな)


 涙脆いグラムに少し引く俺だが、ここまでの話で得たものは大きかった。

 まず、神託を受けるほどの人物ならば、俺の声が聞こえるということ。神聖さか魔力の質かはまだ分からないが、俺が選ぶべき勇者にも俺の声が聞こえそうだな。会話ができる相手がいるのはいいことだ。

 次に、今の世界はまだ平和だが、そろそろ魔王が現れそうだということ。折角用意した聖剣も、誰にも知られることなく使われないんじゃ意味がない。神が神官を寄越したのはつまり、そういうことだ。


(で、お前が俺を引き抜くのか?)

「え? はっはっは、ご冗談を。私は戦闘はからっきしですので勇者ではありません」


 だろうな。猛獣にビビってひと月も森で迷子になるくらいだし。

 引き抜かれないことが分かった俺は、アストラル体を出して森の外まで案内することにした。また迷われて今度こそ死なれても困るし。


「おぉ、ユラレント様はそんなこともできるのですか」

(この姿も見えるんだな。じゃあ、案内するから国に帰って俺のことを伝えてくれ)

「え? 帰りませんよ?」

(……は?)


 外に連れ出そうとするが、グラムはキョトンと俺を見て言い放つ。


「もちろん国に戻りはしますが、その前にここに私の家を作ります」

(い、家?)

「はい。ユラレント様の管理者としてここに住まわせて頂きますので、よろしくお願いします」


 グラムはぶっとんだ発言と共に、背負ってた荷物から様々な工具を取り出してきた。

 いやいやいや、通りでやたらとデカい鞄背負ってるなとは思ってたけど。


(待て、話を勝手に)

「あ、これもお告げの内に入ってました」

(いやそうじゃなくて)


 こうして、この光刃の丘に一人の神官が住むことになった。

 同時に、俺は数少ない話し相手を得ることになったのであった。


「それと私、こう見えて元大工ですので。そこらの樹から材料拝借しますね」


 異色の経歴の持ち主だった。




 神官グラムが光刃の丘に移り住むようになり、俺の周辺は賑やかになっていった。

 まず、家を作るのに俺がサポートしてやる羽目になったのだ。と言っても、俺じゃ木材は運べないから森の中の道案内と猛獣を追い払う役目だ。崇めてるはずの聖剣をボディーガードに使うなんて、グラムという男は意外と図太い一面もある。

 家が完成すると、グラムは国に一度戻って俺のことを伝える使命を果たした。奴がいない間はまた退屈な時間を過ごすだけだったが、今度は家の番犬の役割を押し付けて行きやがった。お前は聖剣の意志をなんだと思っているんだ。


「聖剣様ー! ユラレント様ー! グラムが戻りました!」


 そうしてかなり時間が経ってからグラムは帰ってきた。


「紹介します! 女房です!」

「主人がお世話になってます……これであってるかしら? 伝わってる?」


 ちゃっかり結婚してやがった。

 グラムの妻は神性がないらしく俺の声やアストラル体は見聞きできないが、夫の言うことを信じるよくできた女だった。


「夫婦共々お世話になります」

(あぁ……もう好きにしてくれ。というか、お前が俺のお世話するんじゃないのか……?)


 グラムの強引さに思わず呆れ果ててしまう俺だが、人とやり取りができることにどこか嬉しさを覚えたのも事実だった。

 聖職者一家は俺の管理者としての仕事は忠実に務めた。それに、グラムの血を引くものは皆俺のことを認知できていた。


 それでも、まだ魔王も勇者も現れなかった。

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