実用 京口話教本 大淵幸治

ノエル

ヘンに傷つかないための、京生活初めてさん必読の書

評者は他の書評家たちのように、この投稿サイトの仕様を知らない。なので、本来、引用文であるべきところも、グレーがかった囲みで明示することができない。誰かその方法を教えていただける方がいないものかと……。


さて、そんなワケで、その引用らしき雰囲気を出すために、改行をもってそれに充てようと思う。


著者は、その序文(はじめに――)で、次のように言う。

 どの国にも国民性というものがあり、どの県にも県民性というものがある。もちろん、われらが京都においてもそれはある。

 だが、われらが京都のそれは、他のそれと一線を画している――。強いていうなら「京民性」とでも呼べばいいのだろうか。まさにオンリーワンの人種。もっと正確を期すなら、ア・ピープル・オブ・ア・カインド(一種類のうちの一人種)が醸し出す、独特のイメージが京民性ということになるだろう。

つまり、県民性に相当する概念が京においては当てはまらず、「京民性」としか言いようのないジン種が、著者のいう「京都ジン」を形成しているというのである。したがって、その使用するところの言語においても特異な言語生理的特徴を有しており、それを著者は「京都ジンの言語生理」と呼ぶ。


誰しも、人の話し方に好悪の感情をもつが、特に京都ジンにおいては、婉曲に風した表現を好み、敢えて表沙汰にしない矜持に支えられて生存しているかに見える。


ただ、この著者のいう「京口語」は、「早うに○○おしやす。そやないと、××に間に合わしまへんえ」といった、いわゆるお上品な「京ことば」のそれではなく、むしろその対極にある一般庶民がコロキアルに用いる、いたってフツーのことば遣い、つまり日用レベルの常套語であり、相手の心をおもんぱかった気遣いのなせる業なのである。


著者は言う。

 京ことばは、字面でみるほど柔らかくはない。

 耳に流れてくる優雅さとはおよそ似つかわしくないトゲがある。京都ジンの用いる言語は、まさに清楚に魅せたバラである。だが、わが京都ジンはそれで一向、日常に支障がない。その巧妙かつ恐ろしい言語戦略を駆使して、はんなり優雅な物腰で「よそさん」を泳がしてきた。

そして、

 京生活ビギナーたる読者は日を経ずして、本書に登場する言語戦略のどれかに遭遇するであろう。そして「ああ、これが例のオッサンがいっていたあの戦略か――」と心底から納得してくれるに違いない。

――と。


そこには、京都ジンが先祖代々受け継いできた庶民生活の知恵がふんだんに蓄えられており、右も左もわからない京生活ビギナーには、大いに役立つフレーズがちりばめられている。


ただし、世上よくある英会話本に違わず、この本に出てくる会話にも等級がある。


著者の解説によれば、

 ●=上級者レベル

 上級者レベルとは、京での家系が四~五代続く生粋の京都ジンを相手に古風な京ことばを用いた会話を苦も無くこなせるだけでなく、相手を傷つけない程度の冗談を軽く言い合ったりすることができる会話力を有する者をいう。特に奥ゆかしい京ことばを使って交渉ごとや難易度の高い遣り取り、駆け引きが容易に行える者。


 ◆=中級者レベル

 中級者レベルとは、京ことばの初級者レベル~上級者レベル未満の語彙を習得し、その語彙のもつ意味を探りながら、一般京都ジンを相手に日常会話をこなすことができる者をいう。柔らかい言葉遣いや物腰を使い、類推力を駆使することによって意思の伝達が行えるようであれば、中級者レベルの域に達していると見ていい。


 ▲=初級者レベル

 初級者レベルとは、入門者レベル以上の日常語彙を習得し、京都ジンとの会話で日常生活における最低限の意思疎通を図ることができる者をいう。簡単なフレーズまたはショートセンテンスを耳にしたとき、その意味を人に訊ねずとも理解できるレベル。


 △=入門者レベル

 生まれて初めて京生活を行うこととなった他府県人、または関東以東または以北および九州などの言語圏出身者で、京の地に住まいしてひと月足らずの者をいう。ただし、旅行者や短期間滞在者はこれに含まない。学生など京に永住するつもりはないが、京会話を学ぼうとする者はこれを入門者レベルとする。

――となるのである。


さて、賢明なる読者諸兄におかれては、どれほどの力量をお持ちなのか、お遊びがてら一度試して見られてはいかがだろうか。


出典 https://www.honzuki.jp/book/294423/review/255317/

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