第77話 事務所
政木の所属する事務所『トリミングV』では、事務所の規模が大きくなったことに合わせて定期的に配信者とマネージャーの2人でミーティングを開くようになっていた。
「政木さん、大変なことになりましたね……」
「も、申し訳ないです……」
場所は事務所の会議室。
本来は10人弱のスペースがあるこの部屋は、どんよりとした雰囲気になっていた。
「ど、どうなんですか?」
「何がです?」
「いえ、その、こういった、Vtuber同士が実際に会ってどこかに行くっていう動画を撮ることって……頻繁にあったり……?」
政木がおずおずと大津に尋ねる。彼の顔には今回の事態を招いた罪悪感が浮かんでいた。
それに対して大津は疲れた様子で返す。
「同じ事務所内で……ということならあるとは思います。地方自治体や観光地から依頼があって、というケースでよくある話です」
「別の事務所と、というケースっていうのは……」
「ないですね。まったく」
「そうですよね……」
部外者が見たらカップルの別れ話でもしているような様子。
女性の方が深刻そうに口を開く。
「ちなみにうちの事務所としてもこういうことをするのは初めてですので……まあ、少し面倒な問題がたくさんあったということは言っておきます……」
「ははは、ええと、申し訳ありません……」
「いえいえ、全く問題はないですから……」
政木は厄介ごとを持ってきてしまった罪悪感から積極的にしゃべることはできない。
大津は配信者が大きな企画を持ってきた感謝とそれによって生まれた過労から、複雑な感情で言葉に変えるのが難しい。
そんな事情から、二人の会話は全く前に進んでいなかった。
「で、でも本当に面白くなると思います! 政木さんとすごく相性の良い方ですし、それに話題性も十分なので視聴者の方も楽しみにしていると思います!」
そんな重たい空気の中、先に調子を変えたのは大津の方だった。
「そうだといいんですけど……」
「大丈夫ですよ!」
申し訳なさそうにしている政木に対し、大津の方から励ます。
「それにいざとなったら編集の力でなんとでもなります……ぐふふっ、休憩中のときに想像を掻き立てるような細工でもしておきましょうぐふふっ」
「大津さん?」
「おっと、失礼しました」
余談ではあるがVtuberはそのプライベートがほぼ謎に包まれているため、今回のような実写動画で適当に「15時までここを散策しました〜」から「16時にはあっちに向かい始めました」のように空白の1時間を生み出すことで、リスナーたちは勝手に妄想を膨らませる。
『その1時間何してたんだよ』とコメントをする人間や、コメントをしなくてももやっとした気持ちになる人間は多い。ちなみにその情報が役に立つことはない。
「あ、そういえば政木さんに連絡事項がありました」
にやけていた大津が、思い出したように席を立つ。
そして戻ってきた彼女の手には白のチケット入れが握られていた。
「これが試写会のチケットです」
「あれ、試写会のチケットは林檎さんからもらう手筈だったような……?」
「?」
政木の疑問に、大津はさらに疑問で返す。
「おかしいですね……映画の制作会社から頂いたんですが……」
「林檎さんの方から先んじてあちらに連絡してくださったんですかね」
「そうかもしれないですね。とりあえず政木さんに渡しておきます」
「はい」
政木は受け取ったチケット入れの中身を確認する。
そこにはチケットが一枚と、そしてもう一枚、手紙が入っていた。
『試写会が終わったらちょっと時間ちょうだい、腹ぺこ大学生』
「?」
「どうされたんですか政木さん?」
「ああ、いえ……」
手紙の内容に政木は首を捻る。
送り主は書いていないが、妙に聞き馴染みのある単語が書かれていた。
「あれ、どこで聞いたんだっけ……?」
もう少しで思い出せそうな政木にきっかけをもたらしたのは、大津だった。
「そういえばこの映画、鷹橋美月さんが主役なんですね」
「あ」
ミステリアスな女性の顔を、政木は思い出した。
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次回、デートです。
絶対に目を付けられてはいけないVtuberに見つかってしまった 横糸圭 @ke1yokoito
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