第76話 アカどものコラボ④(with 政木)

「じゃあ実際にやってみます? 政木さんとの映画館デート」


 林檎の一言に配信は静まった。

 彼女がいきなり言い出したことに、誰も理解ができなかったのだ。


「——えっ、なに言ってんのみかん?」


 そんななか最初に反応したのは夕暮だった。

 困惑という他ない様子だったが、配信者としての本能で反応できたらしい。


「ああ、これはなにも面白くしたいっていう意味だけじゃなくてですね」


 そんな夕暮の反応に林檎は説明口調で返す。


「なんだよ。他にどんな意味があんだよ」

「非常に偶然なんですがね、映画の試写会に呼ばれてまして」

「「「試写会?」」」


 そこにいる一同が同じ疑問を持った。


 映画試写会とは、映画の一般公開に先立って行われる上映会のことである。

 行われる理由は様々であるが、多くの場合は一般公開までに期待感を煽ったり認知度を上げたいというのが狙いだろう。


「私はその中でもいわゆるマスコミ試写会というところに、インフルエンサー的な枠でお呼ばれをいたしまして」

「みかんがインフルエンサー? 病原菌の間違いだろ?」

「月日、インフルエンサーとインフルエンザは違いますからね」

「…………」


 夕暮はその一言で黙ってしまった。

『え、シャレで言ったわけじゃなくて??』『素で間違えていいのは中学生までだろ』『お前の方が病原菌だと思うけどな、主に「studio virtualスタバ」の』などとコメントでもやいのやいのと馬鹿にされている。


「まあそんなことはともかくですね。なんでも私の好きなアニメを実写化するということで、全く興味が湧かなかったんですよ」

「それ言っちゃうんですね……」

「ねえ有馬、あの人そういう案件に全く向いてなくない?」


 林檎の率直に出た感想に、政木と水都が動揺している。


 映画関係者としては林檎の影響力を頼って自分たちの作った映画を認知・宣伝してほしいということなので、映画に興味が湧かないと言ってしまったらその時点でおしまいなのである。


 ただしコメント欄からはイキリたったオタクたちが『アニメの実写化って9割9分が改悪だよな』『実写化に全く興味湧かないのわかる』などと林檎に共感する声をあげていた。


「まあそんなことはどうでもよくて話を戻すんですけど」

「みかんが試写会に呼ばれたって話な」

「そうそう。それで興味が湧かないんで、代わりに二人で行ってきてくださいよ」

「——は?」「え?」


 思わず互いに目を合わせて困惑する夕暮と政木。


「いやいやいや待ってください林檎さん。その試写会への依頼は林檎さんに来たという話だったと思うんですが……」

「これくらい大丈夫でしょう。二人も十分インフルエンサーですから」

「林檎さんが元の原作のファンだから来た、とかでは……?」

「実写化なんてのは原作を知らない人の方が盛り上がれるんですよ」

「そ、そうなんですね……?」


 政木の中ではいまいち腑に落ちなかったが、先ほどからコメント欄でも似たような意見があったのは見えていたのでそういうものなのかと納得する。


「待てよ待てよ待てよみかん」


 今度声を上げたのは夕暮の方だ。


「万が一その試写会ってのに私と政木くんで出るとしよう。その後に未来で起こることはわかるよなみかん?」

「え、なんですか。あなたと政木さんがカップルになるとかですか?」

「お、お前の脳みそはお花畑なのか!」


 そう言いながらもちょっと口元がにやけている夕暮。

 「お前ら付き合ってんだろー!」とからかわれて、否定しながらも嬉しそうな中学生さながらである。


「——そうじゃなくて、炎上だよ炎上! 男性Vtuberと女性Vtuberが二人で映画を見にいくとか、普通に炎上するだろうが!」

「ああ、その心配でしたか」


 しかし夕暮の指摘に、林檎が動じる気配はない。

 どうやらこれも予想済みのようだった。


「それについてなんですがね。たしかに炎上すると思います。今でさえ政木さんの後輩さんが黙っちゃいなさそうですしね」

「当たり前だよ。どうやったらそんなことがまかり通ると思ってるの?」


 林檎が水都の方を見るので、水都は大きく頷く。

 コメントでも『さすがに微妙だよな』『二人きりってのはちょっと』『想像の余地がありすぎるからな』と否定的な雰囲気だった。


 しかし林檎はそちらについても解決策を持っている様子だった。


「ですので、いっそのことそのデートを一つのコンテンツにしてきてください」

「「コンテンツ?」」


 夕暮と政木の疑問に林檎は「はい」と答える。


「最近Vtuberでも結構あるんですよ、実際にロケに行くパターンの動画コンテンツが」

「そうなんですか?」

「ええ。なので実際にお二人のデートも撮影してもらいます。それを私が編集してYouTubeにアップするというわけです」

「な、なるほど……?」


 つまりはこういうことだ。

 二人きりだとどうしてもリスナー側としては嫌な妄想をしてしまう。

 だからその一部始終を動画にしてもらうことでリスナーとしても変な誤解をする可能性を残さないようにしよう、というわけである。


「待ってよ」


 しかしそこに待ったの声がかかる。

 声の主は水都だった。


「そのチャンス、ボクにあってもいいんじゃない?」


 混沌極まる。

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