第55話 告白

 その日、隼くんに「話がある」と呼び出しを受けた。呼び出しと言っても家の中でだけど。


 隼くんがこの家を出るという話をして以来、なんとなく顔を合わせづらかった。だから隼くんから直接会って話そうと言われたとき、驚きと共に「ああ、この時が来てしまったんだな」と思った。


 感覚で言うとテストが返される時みたいな感じかな。いや、でもちょっぴり違うかも……。


「悪かったな。寝る前に呼んで」

「いや、大丈夫……」


 机を挟んで真っ正面に座っている隼くんの顔を見ると、どこか覚悟を決めた顔のように見えた。

 それがちょっと寂しかった。


「明日、だね。隼くんが家を出ていくのは」

「そうだな」


 これが隼くんと会う最後の機会になると、直感で思った。


 私と隼くんは同居していること以外なんの関係性もない。仕事の同僚でもなければクラスメイトでもない。ただの赤の他人。


「ごめんね? なんかケーキとか買ってくるとよかったね。気が利かない女でごめん」

「別に祝うことでもないだろうが。御伽からしたら、その、厄介者がいなくなる記念かもしれないが……」

「いや、そんなことない!」


 別に聞き流せばよかったのに、そこで強く否定しちゃう私。


「そ、そんなことない……からっ」


 でも言葉にしようとするとなぜだか声が震えちゃう。だから私は声を小さくして隼くんにそれを悟られないようにした。

 こういうところは女優をやっててよかったと思う。


 声を絞りながら、私は隼くんに言わなければいけないことを言った。


「本当に隼くんを邪魔だと思ったことは一度もないよ。むしろ、一緒に住むようになってからの時間は本当に楽しかった。うん、本当に……」


 一度は隼くん家の家庭問題に口を出したこともあった。逆に隼くんから健康について心配されたこともあったっけ。


 それに隼くんが近くで一生懸命頑張ってる姿を見ることもできた。私が頑張ってる姿を見せられたかは分からないけど……。


 とにかく充実した時間だったことはうそじゃない。

 そしてそれは隼くんにとってもそうだったと思いたい……とか言っちゃう。


「本当にありがとう。隼くんと会えてよかったと思ってる。あのとき声をかけてよかったって本当に思ってるから。後悔なんて一生しない」


 本心をまっすぐに伝えると、隼くんは少し安心したような顔をした。

 たぶん隼くんはそういうことを気にしてると思ったから、言ってよかった。


 ——うん。これで終わりにしよう。


「じゃあ忘れ物ないかもう一度確認しとこっ! 寝る前に最後のかくに……」


 これ以上隼くんの顔を見てると泣いちゃいそうだったから、逃げるように席を立つ。


 そして彼に背を向けた瞬間だった。


「——好きだ」


 彼にそう言われて、思わず振り返ったのは。






 言っちゃった。言っちゃったんですけど。


 やば、え、はずっ‼︎ 世の男子、みんなこんなこと経験してんのかよ……! 顔から火が出そうなんだが……。


「え?」


 御伽は目を丸くしてこちらを見てくる。

 そりゃそうだ。寝耳に水どころの騒ぎじゃない。同居人の高校生が告白してくるとか、寝耳に爆弾みたいなもんだ。


 でもここまで来たら止まらない。というか止まれない。


「お、御伽のことが……好きって言ったんだ」


 いやあダサい‼︎ もはや死にたくなるほどダサい。若干噛んでるし、語尾も煮え切らないというかなんというか……。


「え?」

「いや、だからな……お前のことがす、す、」

「え?」

「まだ言い切ってないわ!」


 いくら突然のこととはいえ、御伽も驚きすぎだと思う。

 驚く気持ちはわかるけど、何度も言うのは予想以上にメンタルがやられる。あとなんか傷つく。


 御伽は目の前でフリーズしている。もうかれこれ数十秒は目がまばたきをしていない。間抜けなラッコみたいな顔をしている。


 痺れを切らした俺は、彼女に近づいてそのまま抱きついた。


「え、え、え」

「だからお前のことが好きだって言ったんだよ。いい加減聞き取ってくれ…」


 世界一しょうもない告白をしている自信がある。告白だけでフラれる理由になるレベルだと思う。

 それこそドラマの撮影とかでなんどもロマンチックな告白をされてきたであろう御伽からしたら、思わず笑ってしまうほどかもしれない。


 でもこれでいいんだと、俺は勝手にそう思った。これが等身大の自分だ。器が小さくて、ゲーム以外何もできなくて、お金も地位も何もない。背伸びをしても、御伽には並べっこない。


 だからこそいつも通り。ダサい自分でいいと心から思えた。


「何もない俺だけど、絶対に幸せにします。付き合ってください」


 抱きしめていた手を離し、頭を下げた。頭を下げるようなものじゃないと思ったけど、頭を下げた。


 これでフラれるなら後悔はない。もちろん数ヶ月は傷ついて女と話せなくなるだろうけど、それでも後から「告白しなければよかった」とは絶対に思わないと言い切れる。

 Xからもらった勇気は、前に進むための勇気だ。


「……?」


 だがどうしたことか。御伽からは返事がない。


 シミュレーション通りならここでOKされるかNG出されるかのどっちかだと思ったんだが……。


 そう思い、恐る恐る顔を上げてみると、そこには。


「……え?」


 いまだに状況を読み込めていない御伽の姿があった。

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超人気女優が拾ったのは、高校生の神ゲーマーだった 横糸圭 @ke1yokoito

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