第54話 赤裸々に話す
俺はXに思っていることをほとんどすべて話していた。
いつの間にか梨川御伽のことを好きになってしまったこと。それに気づいてしまった旅行のこと。御伽がある男性俳優と親しくしていたこと。そのことに嫉妬を覚えていたこと。御伽から距離を取りたくてゲーミングハウスに行くと決意したこと。
自分でもあいまいだった感情が、言葉にすればあっさりと体から流れていった。
言いたくないこと、認めたくないこと、色々とあったはずなのに。
Xはそんな俺の無様な告白を、静かに聞いていた。彼女からしてみればほとんど予想通りのことだったんだろう。驚くこともなく、ただ確認しているように相槌を打っていた。
「やっぱダメだったよな。女優と2人きりで暮らすなんてさ。そりゃファンになっちまうし、俺だけしか知らないこととか出てくると勝手に独占欲とかも湧くんだよな」
思えば最初からXはこうなることを想定していた。だから俺が色々と勘違いしないようにいつも的確なアドバイスをしてくれていたんだ。
それでも、馬鹿な俺はまんまと簡単な方へと流れていって、このザマである。
「――まあ」
俺が話を終えると、Xがゆっくりと口を開いた。
「正直、君が彼女に惚れるなんて、無理もないかなって思う」
最初に出てきたのは慰めだ。
「でも、君がそんな普通の人間だったことには、ちょっと失望したかな。もっと特別な人間だと思ってた。それこそ恋愛とかどうでもいい、ずっとゲームだけで満足するような天才だと思ってたから」
だが次にやってきたのは、失望の声。
彼女としても、俺がこんな浅い人間だとは思わなかったんだろう。もしかしたら自分の理想を俺に押し付けていたのかもしれない。
だけど、Xの言おうとしていることはなんとなく分かるからこそ俺は申し訳ない気持ちになったし、俺自身、御伽に恋をしているって気が付いた時には自分に失望をした。
「でもさ、それって私も一緒だったんだよね」
「……? どういうことだ?」
「私も普通の女の子だったよ。君が他の女が好きで、なんて言ってるのを聞いて普通に嫉妬してるもん」
「…………は?」
俺はXが何を言っているのか、よくわからなかった。
だって、それって。お前が俺のこと……。
「私もつまんない女だったよ。ただ一緒にゲームしてるだけなのにね。あーあ、私ってほんと普通の女」
「いや、いや、いやいやいやいやいやちょっとちょっとまて」
「あ、私に告白されて照れちゃった? ダサいね」
「ふ、ふつうびっくりするだろっ」
なんだ? Xが俺のことを好き? 悪い冗談なのか?
突然増えた情報量に頭がパンクする。
そんな俺を見てXはけらけらと笑うと、また真面目な声を作って言う。
「まあ結局さ、みんな普通の人間なのかもね。君も私もそうだったみたいにさ。みんな普通に恋して、普通に自分の趣味に熱中して、普通に仕事とかするんだろうね」
「なんだよいきなり」
「梨川御伽も、案外普通の女なんじゃない?」
「…………どういう意味だ?」
Xは「わかんない?」と言わんばかりに俺にそう言った。
だがちょっと考えても分からないので、おとなしくXに言葉の理由を聞く。
「だからさ。梨川御伽も、突然現れた年下の同居人に恋することだってあるんじゃない? それこそ、普通に、さ」
「…………」
Xの言葉は、たしかに否定しようのないものだった。俺にだって、Xにだってそういう気持ちがあったのだから。彼女にだけないと断言はできない。
でも、俺はその言葉を聞いて自分にチャンスがあるなどとは、どうしても思えなかった。
「ないよ。だってあいつは女優だぜ? 周りには俺よりももっといい男がいっぱいいて、俺なんかより金を持ってる男がいっぱいいる。何も持ってない俺に、彼女が恋なんてするわけがない」
「でも逆に言えば彼女の周りではイケメンが普通なんでしょ? 君みたいな普通の顔の方が好きかもしれないよ? しかも彼女はお金なんて山のようにあるんだから、財産の量で男を選ぶとも思えない」
「そ、それは」
「それに、君は何も持ってない、なんてわけないよ。君は特別だから梨川御伽と一緒に暮らしてるんだし、特別だから彼女もあなたを住まわせてるんだよ」
「そんな、わけが」
Xも俺にとって耳触りの良い言葉だけを並べているだけだ。彼女なりに慰めているだけだ。理性ではそうわかっている。分かっているのに……。
やっぱり彼女を諦めきれない気持ちが残っているのも、また事実だった。
「はあ……。やっぱ俺って馬鹿な男だな」
「いいじゃん。告白してフラれたほうが、分かりやすく関係をリセットして同居がおえられるかもしれないよ?」
「お前さっきと言ってること違うじゃねえか。さっきまで『告白したらいける』って言ってなかったか?」
「適当に嘘ついただけだよ。ほら、さっさとフラれて未練とかなくしてもらったほうが、私としてもやりやすいからさ。これからゲーミングハウスで同居するんだし、よくない?」
「余計なお世話だ」
これが彼女なりの慰めだったんだろう。結局ずるがしこい立ち回りをして、俺に負い目を負わせないようにしている。フラれても私のせい、もし付き合えたとしても私のことは気にしなくていいでしょ、ってやつだ。
「お前、やっぱいい女だな」
「他に好きな女がいるのに口説くの、やめてくれない?」
「違いない」
Xに話してよかった。心からそう思った。
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