自殺禁止法がある意味を考えよう

ちびまるフォイ

自殺したがる人への対策

自殺率80%を超えたあたりから自殺禁止法が導入された。

それでも毎年1000万人以上が自殺している。


そして今もビルの屋上でひとりの男が飛び降りようとしていた。


「死んでやる……こんなくそったれな人生終わらせてやる!」


「あ」


一世一代の大決断をしようというところに、お弁当をもった男がやってきた。

ちょっと天気がよかったので屋上でランチでもと考えていたのが裏目に出た。


「ちょ、ちょっと! まさかあんた死ぬ気か!」


「止めるんじゃねぇ! 俺の人生はここで終わるんだ!」


「あんた自殺禁止法を知らないわけじゃないだろ!

 死んだら残された人にめっちゃペナルティ借金が出るんだぞ!」


「俺には家族なんていない! 友達も恋人も!

 死んだって誰も困らないんだ!」


「僕が困るわ!! 自殺禁止法では自殺者の周囲の目撃者にペナルティも出るんだよ! いい迷惑だ!」


「ほっといてくれ! 俺は死んでやるんだ!」


「ちくしょう死なせてたまるか! なんで僕がお前の勝手な自殺のせいで借金背負わされなきゃいけないんだーー!!」


飛び降りようとする男を引っ張ってもみ合いになっているうちに、

止めようとしたはずの男が足をすべらせて落ちてしまった。


「あ」


幸いにも、たまたま飛んできたカラスの大群にぶつかり落下スピードを減衰させた。

地面に落ちたときには怪我をせずに済んだ。


「た、助かった……」


地面に大の字で倒れていると、通りかかった通行人が驚きのあまり叫んだ。


「きゃーー!! 自殺よーー!!」


女性の甲高い悲鳴により警察が駆けつけて自殺禁止法違反で逮捕された。

何度も聴取を繰り返したが話す内容は代わり映えしない。


「だから何度も言ってるでしょう! 僕は死ぬつもりなんてなかったんです!」


「うそをつけ! 自殺する気もないのに屋上に行くわけ無いだろう!」


「ああもうなんでそうなるかなぁ!!」


自分を突き落としてしまった男は自殺する気まんまんだったので、

自殺する前の準備を丁寧にしていたために、自分の自殺する状況証拠になってしまった。

どこまでも迷惑きわまりない。


「とにかく禁止されている自殺をしたお前には命の大切さの理解が足りてない。

 自殺したことで残された人がどう思うかを考えられるようにセーフティをかけたからな」


「僕は自殺なんてしてません! 事故だったんです!」


「自殺で死にきれなかった人間はいつも同じことを言う。

 死ねなかった恥ずかしさをごまかそうとしても無駄だ」


「自殺する人間が明日の予定をたてるわけ無いでしょう!? ほら!」


「本当に自殺したい人間はまわりにそれを悟らせない。

 その予定もカムフラージュのためだってわかってるぞ」


自殺警察はけして自分の判断を曲げなかった。

なにを出しても、どう言っても自分は自殺するつもりだったと言われてしまう。


「とにかく、自殺禁止法にのっとりお前には自殺ペナルティを課す」


「そんな!! なんで信じてくれないんですか!」


「信じるも信じないもない。自殺に類する行動を取った段階で違反なんだ」


自殺禁止法の罰金がドンと肩にのしかかった。

石油王もないかぎりぽんと払える金額ではない。


「こうなったら自殺じゃないと証明して、チャラにするしかない!!」


決意を固めると別人のように毎日を謳歌するようになった。


苦手だった人付き合いも積極的に行うようになり、

スケジュールには予定がびっしり。

自分がいかにキラキラしている人生を送っているかをSNSで投稿を繰り返す。


自殺警察はカムフラージュだなんだと言っていたが、

ここまで力を入れて人生を楽しんでるアピールする必要はないはず。

誰もがうらやむ充実した人生を送っている人が自殺するはずない。



……のはずだった。


数日もすぎれば、自殺しないアピールをしている自分と本来の自分とのギャップが広がっていく。


別に行きたくもない話題のカフェに行ったり、

陽キャアピールのために必要以上にこだわった写真を撮り散らす。


そんな外向けの自分に誰もがうらやましがり、更に自分から離れた要求をしてくる。


「次はどんなキラキラした生活を見せてくれるんですか!?」

「私もあなたみたいに充実した人生を送りたいです!」

「応援してます! もっと人生を楽しんでください!!」


それはポジティブな脅迫になって日に日に自分を追い詰めていった。

でも辞めてしまえば罰金をチャラにできない。


しだいに自分がなんのために生きてどうしたいのかもわからなくなってきた。


本当にやりたいことは自分のキャラ的にできない。

このまま一生「陽キャ」を演じ続ける人生はどんな拷問よりも辛い。


気がついたころにはいつかのビルの屋上に立っていた。


「……もう生きていたって仕方ない」


生きていても自分らしく生活することはできない。

ただ辛く苦しい日々を生きているだけになんの意味があるのか。


自殺禁止法によるペナルティも自分が死んだ後なんだからもはやどうでも良かった。

どっかの誰かが不幸を被ってくれればいい。


かつての自分のような人間が来ないようにビルの屋上はしっかり施錠して邪魔が入らないようにした。

鳥たちに邪魔されないように追い払いも済ませてある。


「よし、死ぬぞ……」


屋上から一歩踏み出して地面へ真っ逆さま。

確実に死ねる速度と距離になぜか安堵した。

これでやっとこの辛い日々から解放される……。



「きゃーー!! 自殺よーー!!」


女性の甲高い悲鳴が聞こえた。


「……聞こえた?」


死んでいるはずなのに耳が聞こえる。

体を起こすとビルの屋上から落ちたはずが地面にぶつかっても生きていた。


「どうなってるんだ。確実に死ぬ高さだろ……」


あっけに取られていると、女性の悲鳴を聞きつけた自殺警察がやってきた。


「やはりあなたは自殺したんだな……やはり残される人の気持ちを理解していなかったようだ」


「どうして……どうして僕は死んでないんですか」


「たしかにお前は死んだ。でもお前にはセーフティをかけているといっただろ。さあ早く実家に帰れ」


「実家に?」



「……今頃、連帯死亡人の両親がお前の代わりに死んでいるはずだからな」

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