リンコと、AKと、わたし ①

 小池リンコとは幼馴染だ。

 小さいころから一緒に遊び、一緒に学校へ行き、互いの家に遊びに行ったりする仲だ。

 リンコの家は一軒家で、わたしがそれを羨ましがると、今度はリンコがわたしのマンションの部屋を羨ましがる。

 互いの母親や父親をほめ、自身の両親を貶す。

 そんな感じで、いつも一緒に過ごしてきた。


 高校も同じところで、クラスが変わってもいつもどおり。

 互いに帰宅部。


 青春という言葉が大嫌いな二人だった。




 ある日、河原で銃を見つけた。


 学校の帰り道、リンコと二人で歩いていたときだ。

 草むらからニョキッと生えたように銃があったのだ。


「これ、モデルガン?」

「さあ」


 わたしは、それを持ち上げた。

 見た目通り、ずっしりと重い。

 リンコは、似た形の、一回り小さい方を持ち上げた。

 こっちのものより軽そうだ。


「こッちのはそッちより小さいよ。なンか、かわいい」


 得意げに銃を振り回すリンコ。


「あ、それいいなー。ちょっと持たせて」

「ンじゃ、そッちも」


 わたしとリンコはお互いの銃を交換した。

 重さを確かめたり、揺さぶったり、銃口を覗いたりしてみる。


「あー、なんかこっちの方がいい、かわいい」

「なンか、大きい方が古いよね。木の部分とか黒ずンでるし」

「シックな感じ?」

「そンな感じ」


 リンコは大きい方をわたしに差し出した。

 わたしも小さい方を気に入っていたが、しょうがないので再度交換しなおした。


「……うン。やっぱりこッちがアタシ、好きだなぁ」

「わたしもそっちがいい」

「だよねー」

 

 シャキン。

 ふいに、リンコがその銃をわたしに向けて見せた。


「……どう、フウコ?」

「うわ、カッコいい」

「でしょ?」


 わたしもリンコに向かって銃を構えてみる。

 ジャキン。


「こんな感じ?」

「あー、いいわー。多分、そッちの方が様になるよ。ちょッとこッち持ッてみて」


 リンコは小さい方をわたしに持たせる。

 わたしは同じように構える。

 シャキン。


「……うン、やっぱ大きい方が断然いい。迫力が違うわ。映画館とスマホの画面くらい違う」

「そんなに?」

「ちょっと、今度アタシやる」


 そうやって私たちは、銃を構え、ポージングをして遊んだ。

 西日が川の水面を照らし、緩やかな風が時折吹いていた。

 犬の散歩をしている人や、ランニングコースを走る人や、わたし達と同じく帰り道を歩く学生がいたが、私たちは川岸近くで、草木の背もまあまあ高いから、あまり気付かれていないようだ。


「ステンバーイ、ステンバーイ……」

「シューヒム!」

「バァーン!」


 遊びは映画再現に変わり、ひたすら演じてみた。

 リンコはアクション映画を好んで見ていたので、この手のシチュエーションをよく知っていた。ネタには困らない。

 わたしもよく付き合って鑑賞したから、ある程度心得があった。


「R・P・G!」

「シィット!」

「シュウウウン、ドン!」

「メディイイック!」


 目に見えない爆風を浴びて、わたしは盛大に吹っ飛ぶ。

 リンコはわたしを抱きかかえ、その悲劇を天に嘆いた。


「……なんかこれって、すごいバカみたい」

「何言ッてンの? すごいバカでしょ」


 あらかたの場面を楽しみ終え、お互い達成感を十分覚えたころ。


「ところでさ、何か違和感あるのよね」

「なンのこと?」

「これって映画だと悪党が持ってない?」

「そーだよ? よくテロリストが持ッてるやつだよこれ。大抵、ヤラレ役の鉄砲」

「あー、だからかー」

「でも、これ確か実際はすごい性能らしいよ? サミュエルがなンかの映画で言ッてた」

「サミュエルが? ……じゃあ間違いないわ」


 わたしはまじまじと銃を見つめる。

 厳つい姿と、確かな重み。

 これが人を殺める兵器だということが、ひしひしと伝わる。

 まあ、モデルガンだろうけど。


「どーする、これ?」

「持ッてッちゃおうよ。野ざらしで置いてあッたンだし。忘れる方が悪いッて」

「だよね」

「アタシ、こッちー」


 リンコは小さく可愛い方を手にした。ギュッと抱え込む。


「あー、ずるいそれー」

「早い者勝ちですー」


 しょうがないので、わたしは大きい方を持って帰ることになった。

 学生カバンに無理やり突っ込んだので、銃口が大胆にはみ出ていた。

 隠すのは早々にあきらめていたので、とりあえずはいいだろう。


「入れ物、考えないとね」

「ギターケースとか?」

「持ってる?」

「普通のならある。ミサイルが出るのは持ッてないけど」


 わたし達はそれをもって草むらを後にした。


 夕闇が徐々に広がり、夜はもうすぐだった。

 学校指定のジャージに付いた葉っぱをぱっぱと払いながら、ランニングコースに沿って歩く。


 すると、正面から一つの人影が歩いてくるのが見えた。

 ずんぐりとした出で立ちで、おじさんが履くようなズボンと、おじさんが着るような黒いジャンパーを羽織っている。

 リードを片手に持ち、先行する小さなイヌに引っ張られているようだ。


 ん、イヌじゃない?


 よく見ると、それはイヌではなかった。

 顔の真ん中を黒くした、シルクのような体毛を持つシャムネコだ。

 とても堂々と、飼い主よりも気品のある歩き方をしていた。


 わたしはあまりネコの散歩を見たことがないから、少し驚いた。

 こっちに近づいてきている。


「ちょっとリンコ」

「なに?」


 リンコは気付いていないようだ。

 いや、関心がないだけ?


「こっち行こ」

「えー、待ッてー」


 わたしとリンコは土手を駆けあがり、男を避けようとした。


 すると、男が声を掛けてきた。


「おーい、おまーさんら。ちょいと待ってくんしゃいね?」


 男の風体からは想像できない、妙に甲高い声。

 言葉のイントネーションも変だ。

 どこかの方言が混じっているのか。

 少なくともこの地方のものではなさそうだ。


 男の顔は、ベヘリットをボコボコに殴って腫らしたようだった。

 あまり関わらない方がいいタイプかもしれない。


 直感的にやな感じと捉えたわたしは、そのまま無視して去ろうとしたが、男がまた、わたし達を呼び止めた。


「それ、AKじゃろね? ちょっと撃っちみーひんけ?」

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あるホモ・サピエンスたちの日常 もと はじめ @iiisss

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