私の変人

燈外町 猶

第1話・濡れない女

 自分の才能に気づくのも、一つの才能だと思う。

 その点私は才能があるようで、自身の声と歌唱力に並々ならぬ才能があるのを自覚していた。

 しかし、どんな才能も十全に活かすには努力か運のどちらかが必要で……その二つは、私にとって決定的に足りないものでもあった。

 正直、努力することは恥ずかしくて、運にすがるのもダサいと考えているタイプの人間。

 そんな私という人間はこれからもずっとこんな感じだと思っていたし、バイトで稼いだあぶく銭を使って、適度に才能を振りかざしつつ、七十点の人生を送れればそれでいいと本気で考えていた。

 それが――なんだこのザマは。

「リアさん、ちょっと寝た方が……」

「黙ってて。あと一節……ここさえ何とかなれば……」

 多賀私の恋人が生み出したリズムにぴったり当てはまる言葉を血眼になって探し回り、心が荒れ果てるまで暗渠あんきょを彷徨う日々。

 生半可な世界音楽では彼女を満足させることはできない。

 多賀たがは優しいから演技はしてくれるけど、それが演技だとわからない程私だって鈍感じゃない。

 彼女を独占したいのなら――

 魑魅魍魎が跋扈し、千人に一人と称される新しい才能が次々と生まれ、老いた才能が突然覚醒して世間を席巻するこの、音楽界という魔境で――

 ――私という才能が彼女を圧倒するしかないんだ。


×


 私という人間を紹介するのに、文字数は百もいらない。

 有閒ありまリア。二十歳。大学生。趣味は歌ってみた動画の投稿と、可愛い女とのまぐわい。

「やっぱリアさん歌上手すぎて……!」

「ほんと最高ですぅ!」

「あはは、ありがとう。二人だってすごく上手だよ」

 今日は同じような動画を上げ、同じような再生回数を持つ趣味仲間でカラオケオフ会を楽しんでいた。

 集まっているメンバーは四人で、下から十六歳、十八歳、私、そして一番の年長者は――

(多賀さん、濡れてるな。)

 ――多賀たが 蜜蜂みつばち。二十五歳。

「……大丈夫ですか? 多賀さん」

「あっ、はい、すみません、聴き惚れてしまいまして……」

 私が一曲歌い終われば、周囲の反応といえば沸くばかり。そんな中彼女は瞳を蕩けさせ、頬を紅潮させ、無様に開いた自分の口にも気づかず私を見つめていた。

 間違いない。完全に墜ちてる。

 今日は新進気鋭の歌い手であるナカナカちゃんをお持ち帰りする予定だったけど、ターゲットを多賀さんに修正。たまには年上を堪能するとしよう。

 と、言うわけで改めて視姦……もとい、観察を続ける。

 特徴は控えめな茶髪のボブヘアーと、大き過ぎて重そうな黒縁メガネ。服装はシンプルと無頓着のちょうど中間に見えるグレーのニットと青空色のデニム。

 悪くない。派手な子も好きだがこういったタイプを剥いて暴くのもたまらない。

 そして性格面は重視しない私だけど、空いてる(年下女共の)コップを見かけてはドリンクバーに行ったり、注文の際には先陣を切ったり、運ばれてきたパンケーキを取り分けたり……細かい気配りをしているのも、気を遣う度に浮かべる控えめな笑顔も好印象だ。

「……?」

「あ、ははは」

 おっと危ない。ほんの数ミリ、無意識に舌が動いて唇を濡らしていた。これでも清純派ってことで通ってるんだ、露骨なアピは厳禁厳禁。


×


 カラオケを終えてファミレスでくだらない話に花を咲かせて解散。その後、互いに成人済みということで多賀さんをサシ飲みに誘い、軽くアルコールが回ったところで居酒屋を出た。

「大丈夫ですか、リアさん」

「すみません……多賀さんと一緒だと楽しすぎて……飲み過ぎちゃいました……」

 無論、酒で酔ったことなんて一度もないが、こうして肩を貸してもらい、相手が私に抱いている好感度や信頼度を測るためには不可欠の前座だ。

「おうち帰れそうですか?」

「ここからは遠くないので……たぶん。タクシー止めてもらっていいですか?」

 それからはいつも通りの手順。

 タクシーが自宅マンションに着くと、一層具合悪そうな演技をして、部屋まで運んでもらう。

 ベッドに倒れ込んだあと冷蔵庫から水をとって欲しいと頼み、善意で差し出してくれたそれを無視して、欲情に塗れた手で彼女の腕を掴みこちらへと引きずり込んだ。

「……り、リアさん……」

「……嫌?」

「や、じゃ、ないですけど……」

 勝った。

 最近溜まってからなぁ、多賀さんには悪いけど三日に一晩私に会わないと気が狂う体になってもらおう。


×


 おかしい。

 なんだこれ、どうなってんだ。

「多賀さん、一目惚れだったんですよ、曲もずっと好きでした……」

「うれしいです……」

 指を絡めてまじまじと見つめて言葉責めをしても、唾液が枯れるまで愛撫しても……まるで濡れない。

「それって……私と付き合ってくださるって……ことですか?」

 こっちが必死になればなるほど、相手も必死にもがくのが常なのに……まるで昼下がりのお茶会みたいなテンションで話す多賀さん。

 やや面倒な方向に舵が切られた気もするが、溢れ出した情動を抑え込むのは不可能だ。

「もちろんです」

「なら……リアさん、あなたの才能を私が独占してもいいですか?」

 そんな瞳をベッドでされるのは屈辱だ。

 才能なんてどうでもいいでしょう、今はただ肉欲に溺れなさいよ。そんなどこででもできる世間話の方が重要視されるとか……むかつく。

「いいですよ。だからもっと、今はこっちに集中して」

 その余裕ぶった顔をぐちゃぐちゃに乱して絶対やる。

「…………はい」

「…………」

「…………」



 しかしその後も私の思い描いた流れにはならず……とうとう心が折れた私は、なるべく余裕を残しつつも情けない声を上げた。押してダメなら引いてみろ。次は憐憫を煽っていく。

「えと……気持ちよく、ない?」

 そりゃあまあ、女同士だ。

 適正のあるなしは存在する。だけれどそれは男女間だってある問題だし、文字通り私の手にかかればどんな女も骨の髄まで堕とす自信があった。

 けれど……多賀さんの体は全く反応を見せない。この私がこんなに献身的にやってんだぞ……? 不感症か? 女に抵抗が? でもそれならそもそもこんな状況には……。

「リアさん、すみません、なかなか言い出せなかったんですが……」

 息も絶え絶えな私の頬に手をあてがって、おずおずと、申し訳無さそうに多賀さんは続けた。

「私、歌とか……曲じゃないと……その、感じないんです……」

「…………へ?」

 可愛い顔して何を口走ってるんだこの二十五歳は? なんて言った?

「高校生くらいの時からかな……イケないどころか……その……」

「普通のこういうのじゃ……気持ちよくないってこと……?」

「すみません……たくさんしていただいたのに……」

 謝られてこんなに虚しいことがあるなんて……。

 ! いや待て。じゃああの時……カラオケで私を見ていたのは……蕩けた顔してたってことは……! 惚れたとか墜ちたとかじゃなくて……。

「私の歌に……声に反応してたってこと……?」

 私が視線に気づいていたことは知らなかったらしく、赤面した顔を両手で覆った多賀さん。

「…………はい」

 なんっ……………………だそりゃ。そんな特殊性癖ありか? いや無しだろ。……はぁ……でも確かに……ちょっと上手く行き過ぎではあったか。

 しょうがない。引き際を弁えない女にはなりたくないし、ここらでやめておくか。はぁぁあああああ、くっそ……この私が生殺しって……。

「そっか……ごめんなさい、無理にしちゃって。痛くなかった?」

「は、はい。大丈夫です。でもあのリアさん、せっかく二人ともこんな格好ですので……続けていただければ……」

 確かに裸の女が二人。やることは一つしかないとはいえ、このまま続けたって私のプライドがずたずたになっていく一方だ。彼女の優しさはありがたいが……無理なことには挑まない。

「多賀さんがつらいでしょう? 無理しないでいいよ」

「いえ、ですのであの……」

「! ……まさか」

 この女……優しさで言ったんじゃない。

「はい、その……歌いながら……シていただければ……」

 恐ろしいほど、自身の欲望に忠実な提案をしてきやがった。

「……………………」

 ……まじか。

 大人しい顔してとんでもない変態……もとい、変人の恋人になってしまったことを、私はようやく、

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