浮遊層に住むなら、重力どれだけ必要?

ちびまるフォイ

重力差別

重力税により人々は二分された。


お金のない人たちは強い重力をしかれて常に地上を歩いていた。


お金のある人たちは弱い重力で暮らしていた。

徒歩10分の道のりも、ジャンプ数回でたどり着くことができる。


「ははは。貧乏人ども、悔しかったらお金を稼ぐんだな」


半無重力の快適さを自慢するようにお金のある人達は過ごしていた。

けれど、ある日お金のない人たちがお金目的に襲撃する事件が起きた。


「金があるのがそんなに偉いのかよ! 死ね!」


「うわぁぁ! や、やめてくれーー!」


お金があろうがなかろうが同じ人間であることは同じ。

バットでめった打ちにされたお金持ちは死んでしまった。


この事件をきっかけにお金持ち達は貧乏な人におびえはじめた。


「あ……あいつらは何をしてくるかわからない……」


「これからは弱い重力を見せつけないほうがいいんじゃないか?」


「バカ言え。必死にお金を稼いでお金もちになったのに、

 なんで貧乏人どもにおびえて遠慮しなくちゃいけないんだ!!」


そこで、お金持ち達は自分たちが安心して暮らせる楽園を作ることにした。

お金を出し合い、空に浮かぶ島「浮遊層」を作り上げた。


お金持ち達は地上を離れ浮遊層で暮らすようになった。


「いい眺めだ。地上の貧乏人どもがよく見える」


「この島なら貧乏人があがってくることがないから安心だ」


重力が弱いお金持ちならひとジャンプで浮遊層にたどり着くことができる。

けれど貧困層の人たちは浮遊層へ登ることはできない。


完全に生活圏が二分された。



浮遊層ができてからしばらく経った。



貧困層の人たちは太陽を隠す大きな空の島を見上げることはあっても、

お金持ちの人たちはわざわざ島のへりに行って地上を見ることはなかった。


それだけに地上で何が起きているか知ることもなかった。


「ゴホゴホッ……」


「おい、大丈夫か? カゼか?」


「いやそうじゃないんだけどせきが止まらないんだ……。それに空気も悪い気がする」


浮遊層では多くの人たちが咳き込むようになっていた。

原因を見つけるために空気の成分を調べると多くの有害物質が含まれていた。


慌てて地上の様子を見ると、地上では工場がいくつもできて有害な煙を出し続けていた。


「あの貧乏人ども! 浮遊層への嫌がらせで有害ガスを出してやがる!!」


工場を稼働させてなにを作っているのかは知らないが、

より空に近い浮遊層へのあてつけで空に向かって有毒ガスを出し続けるなんて人殺しそのもの。


この事実を知った浮遊層にすむ人たちはブチギレた。


「あいつら人間じゃない! 俺たちが何したっていうんだ!」


「もっと重力税を強くしよう! 地面に這いつくばらせて、謝らせるんだ!」


「それだけじゃ甘い。もっと痛い目を見せよう!」


世界の意思決定の多くは浮遊層で行われる。

重力税を強めるかどうかも浮遊層の島の中で決められる。


有毒ガスを出し続けた貧困層への報復としてさらに強い重力税がしかれた。

地上に住まうすべての人間はもう立っていられなくなり、地面を這いずって過ごすことになった。


さらに、浮遊層で出たゴミや排泄物は処理せずに地上へと降り注がれるようになった。


地上の人たちは頭上から降ってくる汚物とゴミだらけの地面を這いずり、

体からは悪臭が消えなくなってしまった。


「いい気味だ。反省したら重力を少し緩和してやろう」


いくらかの時間がすぎると有毒ガスの排出量も前より減っていった。

浮遊層の人たちは地上の人たちが反省したものかと思っていた。

実際にはそうではなかった。


「おい、今日はフカヒレのキャビアのせトリュフ風ツバメの巣スープじゃなかったのか?」


「ご主人さま、申し訳ございません。ただいま食材が非常に手に入りづらい状態でして」


「なぜだ? 金ならいくらでも出すぞ」


「そういう問題ではなく、地上にそもそも漁をする人がいないのです。

 貧困層は汚物とゴミにより命を落とすものが増えて、食材や物資が滞っているのです」


「なんだと!?」


有毒ガスが出ないのは貧困層の人たちが反省して自粛したわけではなく、

単に劣悪となった地上の環境に適応できずに死んでしまって工場が稼働しなくなっただけだった。


地上は悪臭と死臭がまざりあうこの世の地獄になっていたことなど、

浮遊層に住む人達は知るよしもなかった。


「どうする。このままでは我々の生活も難しくなるぞ」


「私いやよ! あんな汚らしい地上へいくなんて!」


「しかし浮遊層だけですべての生活物資や食事をまかなうのは無理だ」


「それじゃ地上をいったんキレイにしよう。キレイにしてから地上へ行けばいい!」


浮遊層の人たちは協力して大雨を降らせる装置を作り上げた。

空に近いところで装置を使えばひっきりなしに雨を降らせることができる。


「雨を降らせ続けて地上をいったんすべて水に飲み込ませるんだ。

 そうして水を流せば全部洗浄されて、我々も地上へ降りられるはずだ」


「いいアイデアね! はやくはじめましょう!」


浮遊層の人たちは装置のスイッチを入れた。

止まることのない大雨が地上へと降り注ぐ。


強い重力で立ち上がることもできない地上の人たちは、

地上から10cmほど溜まった雨水におぼれて命を落としていく。


「もっとどんどん降らせろ! 地上のすべてを押し流すんだ!」


浮遊層の島にまで水が達するほど雨を降らせた。

このまま水をひかせては元通りになってしまうので、今度は重力のバランスを傾けた。

海に近い方の重力を強くして傾きを作り、水を海の方へと流していく。


雨水に飲まれた貧困層の人たちやゴミ、汚物などはすべて海へ海へと流れていった。


「もう少しでゴミのなくなった地上へ降りられるぞ!」


浮遊層の人たちは久しぶりに降りられる地上へ期待感が高まっていた。

ふるさとへの帰郷するのを楽しみに待つような気分だったとき。


浮遊層がぐらりと急に傾いた。


「うわ!? な、なんだ!? 地震!?」


「そんなわけないでしょ! 浮いてるのよ!」


「じゃあなんで島が傾くんだ!?」


浮遊層の人たちはみるみる傾く島に恐怖した。

しがみつけなかった人から順に島の外へと滑り落ちていく。


水没した地上へと落ちた浮遊層の人たちは、落ちて初めて島が傾く原因を知った。


「なんだあの塔は……!?」


浮遊層の島の真下には地上から作られていた高い塔が建設されていた。

島に住んでいたらけして見えない死角。


地上の人間たちが工場を大量に稼働させていたのも、

浮遊層へと突き刺さるバベルの塔を建設するためだったことを知る。


そんなバベルの塔も大雨と傾けられた重力による水の流れでたわみ、

それに引っ張られて富裕層の島も傾いていた。


そのことを浮遊層にしがみつく人たちはまだ知らない。


「ますます傾いてる! 誰か助けてくれーー!」


「島が! 島が地上に落ちてしまう!!」


塔のしなりに耐えきれず、傾いた富裕層は地上に溜まった雨水の海へと落ちた。

そしてそのまま、重力が生み出す強烈な水の流れに逆らえずに貧困層と同じ海へと押し流された。



島を失い、太陽の光が届くようになった地上では水が時間とともに引いていき

残ったのは緑おいしげる自然豊かな大地となった。

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