10
質問。見えていないはずのものが事故で見えるようになってしまったかもしれません。これってヤバいですか?
答え。ヤバいかもしれません。
保健室のベッドの上でガタガタと震える小山を眺めながら自問自答する。
布団をすっぽりと被って隠れているのは、小池だ。
授業のチャイムをチャンスとばかりに逃げた彼だったが、悲しいかな、真面目すぎて教室に戻ってきたものだからすぐに見つかった。
幸運なことに小峠と男前、そして性悪の眼鏡キューピッド受験生は教室に戻ってこない。もしかしたら重やんファミリーのようにサボっているのかもしれない。そしてさっき眼鏡は小峠についてきていなかったが、俺たちはターゲットのそばにいないとやる事がないのだ。きっとついていったのだろう。小池に絡んでくる雑魚も厄介だが、あの性悪眼鏡が現れなかったのは最大の幸運だった。
自分の机に腰かけている俺を見て、小池は顔を引きつらせた。
教室の入口で立ち止まったまま動かない。目が合うとさっと逸らされた。
自分で立てているし歩けている。体に支障はないようだ。少し安心した。しかし矢は健在で、立派に頭を貫通したままだ。
俺は立ち上がり、小池に近寄った。あからさまにビビっているこいつに、クラスメイトは誰も声をかけない。
「やあ」
なるべく怯えさせないように、と思った末の爽やかな声かけだったが、どうやら無駄だったようだ。手に持っていた持ち物を全部落とした。入口近くの席に座っていた生徒が落とした音に気づいてちらっと彼を見るが、すぐに興味をなくして友人との会話に戻った。
小池はギクシャクとした動きで、自分がばら撒いた道具を拾っていく。俺の足元にまで転がったペンを見て、少し逡巡した後に恐る恐る手を伸ばした。
俺が屈むと、また動きが止まった。覗き込むが、不自然なほど顔をうつむけていて目は合わない。別に暑くもないだろうに額には汗が浮かんでいる。どう話しかけるか迷ったが、オブラートに包むのは止めた。
「俺のこと、見えてるよな?」
そこからの動きは早かった。顔をうつむけたまま、急いでかき集めた道具を持って早歩きで自分の席まで持っていき、机に置いたと思ったらそのまま違う扉から教室を出ていく。
その後を追うと、ついてきていると気づいたらしい。歩くスピードがどんどん上がっていく。
最終的には全力疾走していた。怯えるように何度も背後を振り向きながら、保健室に駆け込んだ。
「せせせせせせ先生!」
扉に「先生不在」と札がかけられていたが彼の目には入らなかったらしい。助けを求める声は無人の部屋に虚しく響いた。
「え!?だ、誰もいない……!?」
焦りながら周囲を見回す。どうやら武器を探しているようだ。そしてたまたまデスクに置かれていたお盆を持ち、胸の前に掲げた。入ってきた扉からじりじりと距離をとる。
「それ、盾のつもりかよ?」
黙って事の成り行きを見つめていたが、思わず声をかけてしまった。まさか背後から声をかけられるとは思っていなかったであろう小池は、思いきり体を震わせたあと、恐る恐る振り向き、
「よっす」
「う、うわあああああ!!!!」
またしても挨拶に失敗し、小池は絶叫した。お盆を俺に向かって投げたがそのまま体をすり抜ける。それを見て更に絹を裂くような悲鳴をあげ、保健室にあったベッドに潜り込んだ。そして冒頭に至る。
「なんまいだぶなんまいだぶ……」
手足もすっぽりと布団の中に隠し、ブツブツと聞こえてくるのは適当なお経だ。俺のことを幽霊だと思っているらしい。
「……あのさぁ」
「ひいい!!」
俺が声の一つでもあげれば大袈裟なほどに怯える。
「俺の事、見えてるんだろ?」
「見えてない見えてない何も見えない!」
「声は聞こえるんだな」
「ひいいい聞こえない!何も聞こえない!!」
「……」
ダメだこりゃ。
俺はでかいため息をついた。それにすらビビる小池。
「言っとくけど、俺、幽霊じゃねえから」
「ひいい!」
「ニンゲンだから」
「え!?……うううう嘘だ!」
「なんでそう思うんだよ?」
「だ、だって誰も君のことを気にしてなかった!」
「生徒だって思ったんじゃねえの?」
「君みたいなヤンキーはいない!」
「はあ?重やんとか小峠とかいるじゃん」
ここで小池が顔だけ布団から出した。目が合う。
上から下まで俺を眺めた後、
「君みたいな眉なし坊主でおぞましいTシャツ着ている奴が生徒なわけないだろ!」
「えっ俺坊主なの!?」
「え!?知らないの!?剃り込みまで入れてるのに!?」
頭を触る。チクチクした肌触り。
「マジじゃん!マジで坊主じゃん!」
大はしゃぎする俺を見て、小池は訝しんだ声を出した。
「……自分の姿見たことないの?」
「いやあ、俺、鏡に映らないしなぁ」
「やっぱ幽霊じゃん!やっぱ幽霊じゃん!!うわー!!」
亀のクビのように再び布団の中に引っ込んだ。
「いやいや、誤解だ!」
「どこが誤解なんだ!人間じゃないじゃないか!」
「そ、それはごめん、嘘ついた」
警戒心を解こうと嘘をついたが、まさか自分の容姿がそこまで学校にそぐわないとは思わなかった。
「あのな、確かにお前以外には見えてないけど、俺、幽霊じゃないんだよ。」
「嘘ばっかり!嘘ばっかり!」
「嘘じゃないんだってば。今までお前にも見えてなかったんだけど、ちょっと事故っちゃってさあ。たぶんお前だけ俺のこと見えるようになってんだよ」
「じ、事故!?」
「……」
頭に矢が刺さってからこの変な状態が続いている。おそらくこれが原因だ。
しかもそのせいで小池が俺の事を見えるようになっているという、この事実も試験として大丈夫なのかわからない。事故とはいえターゲットに視認されて会話もできるとか、反則レベルな気がする。試験官はまだこの事態を知らないのか、放っておいて問題ないと判断したのか、接触等はいまだにない。後者であって欲しいが、前者であった場合はピンチだ。矢は小池の頭に刺さったままだから見つかるのも時間の問題ということになる。
俺としては、事実が発覚するまえに隠蔽したい。つまり引っこ抜いてなかったことにしたい。
本当はこっそり誰にもバレずに事を解決したかったが、小池に視認されている今、こいつに事情を説明しなくてはいけないと思う。
そう思って接触したのだが、話しかけただけでこの有様だ。怯えきっている状況で正直に打ち明けていいものだろうか。頭に矢が貫通していると知ったらビビり野郎はショック死しないだろうか。
そもそも冷静に考えると、この頭に刺さった矢を抜いて大丈夫なのかもわからないのだ。
今はピンピンしているが、デリケートな部分なので引っこ抜くときにどこか傷つけて今後の生活に支障をきたしたりしないだろうか。
下手したら死……なんていうのは絶対に避けたい。
かといって早く抜かないとどんどん悪化する可能性もある。
今更不安になって黙ってしまった俺に、小池は布団から顔だけ出した。
「ねえなんで黙るの!?事故って何!?なんで僕幽霊が見えるようになっちゃったの!?治るの!?」
「だから幽霊じゃねえって……。あのさ、話すと長くなるし一部ショッキングな事実もあるんだけど、」
「ショッキングって何!?」
「あ~……と、その……」
「そんなに言いにくい事が起こったの!?何!?
え、僕もしかして死ぬ!?」
「あ……」
言いよどんだ挙句に視線を彷徨わせた俺を見て、ただでさえ青かった小池の顔が蒼白になった。
「うぐうううううう……!」
布団に引っ込むことなく、その場にうずくまって嗚咽を漏らす。
「いや、いやいやまだ死ぬって決まったわけじゃないから!」
「それってでも死ぬ可能性もあるってこと?」
「え〜と……」
「もしかして君って死神?」
「は!?」
初めてそんな事を言われ、思わず目を丸くする。
幽霊でも死神でもなく、キューピッド候補だ。この三つの選択肢の中では一番いい気がするが、正体を告げたとして果たして信じてもらえるだろうか。しかもキューピッドが矢を頭に刺してきたとかクソったれすぎる。何が恋の成就だ。やっている事がただの殺人未遂で笑えない。
小池は悩む俺をよそに、涙と鼻水を垂らした顔を上げたと思ったら、保健室にあった紙とペンを手に取って震える手で何かを書き始めた。
「何書いてるんだ?」
「遺書……」
「イショ?」
イショ……いしょ……遺書?
「遺書!?」
「変なチンピラに殺されるぐらいなら自分で死ぬ……!」
小池はそう叫ぶと養護教諭のデスクにあったペン立てからカッターを抜いた。
「ちょ……!?なんでそこの思い切りがいいんだよ!?それだったらまず俺を倒そうとしろよ!」
「さっきお盆すり抜けてたじゃないか!無理だ!
それに学校も嫌な奴らに目をつけられて楽しくなんかないし、友達もいないし……もういい!死ぬ!君に殺される前に自分で死ぬ!」
「待て待て待て待て!違う!俺は死神じゃない!お前は死なない!死なない!俺が死なせない!」
涙で濡れた小池がこっちを向く。ようやく目が合った。
縋るような目で見つめられ、俺は咄嗟に叫んだ。
「お、俺はお前の守護霊だ!お前を守るために来たんだ!」
あなたの恋を叶え隊 コウキ @ponponpi-k0
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