9
絵を描いている小池の隣に座り、俺は壊れた道具達を弄りまくっていた。
「う~ん……」
折れた矢を逆方向に反らせてみる。
矢尻のハートを地面と接地させると、倒れずに上を向いた。
地面にほふくし観察してみた。まっすぐとは言わないまでも、多少湾曲しているけれど大丈夫じゃないか?という状態までには戻せていた。耐久性は保証できないが。
まずまずの出来に喜びがらもう一本を手に取る。
やはりテープか何かで補強したいところだ。現世の物は使えないから、ここもやはりアドバイザーに持ってきてもらえないかそれとなく聞くしかないだろう。
眼鏡は触らずにそっとしておくことにした。ただでさえヒビが入っているのだ。これ以上悪化させたくない。
矢を触って反らしてとしている俺の隣で、小池はひたすら鉛筆を動かしていた。
気になってたまに覗く度に絵はどんどんと完成に近づいていた。色がつかないのが残念だが、それでも見事なものだ。
小池はちらちらと腕時計で時間を確認している。授業が終わりそうなのか、動かす手も急ぎ始めていて、俺もつられてソワソワしてくる。
そして、
「……ふう」
「お!終わったのか?完成したのか?」
小池が息を吐きながら鉛筆を置いた。画板ごと紙を自分の目線まで持ち上げて眺め始めた。
何の花なのかはさっぱりわからないし、絵に関しても俺は疎いようで上手く言葉にできない。でも、綺麗な絵なのはわかった。
満足そうな小池を見て、俺も何故か嬉しくなった。
「よう、完成したのか?」
ーその言葉をかけられた途端、小池の顔から表情が消えた。
小池はギクシャクとした動きで、絵をおろして守るように抱き締めた。
俺は訳がわからず、後ろを振り向き声の相手を見た。
男は二人いた。茶髪でだらしない格好をしている奴と、金髪の奴。
だが、俺は茶髪の男をちゃんと見る余裕もなく金髪の男に釘付けになった。
とんでもないレベルの男前だったからだ。
「え!?あれ!?……うえぇ!?」
金色なのにさらさらとした痛みのない髪に、真っ直ぐに伸びた鼻梁。意思の強さを伺わせる鋭い眼光は泣き黒子の存在で迫力が緩和され、逆にアダルトな雰囲気が割増されている。顔面から溢れる色気とオーラが強すぎて、顔面戦闘力を測ろうとしてもきっとスカウターが壊れるだろう。
慌てて近寄り、幻覚かと思って思わず目をこするが、男前の男前レベルは消えなかった。
「なんだこいつ……なんだこいつ!?」
動揺しながらもう一人の茶髪を見る。男前を見たせいで感覚が一瞬で麻痺してしまった。茶髪が地味に見えるというか、そもそも男前のオーラで存在が消えかかっている。
しかし茶髪は茶髪で俺にとっては重要人物だった。
「あ!」
小池を発見したときと同じような既視感を彼から感じ、ポケットから二次試験の用紙を取り出した。写真を見て、次に目の前の男を見る。そしてもう一度写真を見る。
穴だらけの耳に、染めているであろう茶髪。着崩しすぎて原型のない制服。
本来ならば鋭いはずの目は、今は悪意のあるにやつきで歪めながら小池を見ていた。
「こ、小峠!」
思わず指を指してしまったが、当然誰も反応しない。
二人ははずんずん近づいてきて、小峠が小池の肩に腕を回した。小峠の方が身長も高く体格がいい。萎縮して更に小さくなっている小池の手元を覗きこみ、胸に抱いていた紙を簡単に奪った。
「か、返してよ……」
「おー!上手えじゃん。さっすがー」
思ったより性格が悪そうな男は、絵をそう評価した。褒めているのたろうが、馬鹿にしたような口調のため褒めているように聞こえない。隣りにいた男前に絵を見せるが、彼は絵に興味ないのか一瞥しただけで終わった。
小池が返してもらおうとするが、小峠は長い腕を高く上げ、ただでさえ身長差がある小池の手が届かないようにした。
「え〜?終わったやつは交換しよって言ったじゃん?」
「僕は嫌だって言ったよ!」
「は?」
さっきの重やんの時も思ったが、小池はパシられたり絵を奪われたりいいようにされているが、結構言い返している。もしかしたら見た目より気が強いのかもしれない。
しかし。
「あ゙?なんか言ったか?」
凄まれて首をすくめた。言葉も出てこないのか、そのまま黙ってしまった。その様子を見て、小峠は追い打ちのように舌打ちをした。
「調子のんなよカスが」
小池は顔を上げる勇気すらなくなった。
それとは対照的に、俺の方が腹立ってきていた。
小池にも小峠にも、そして誰か知らない男前にも、全員に腹が立っていた。
重やんファミリーに絡まれている時から思っていたが、口で言い返せるのにどうしてそれだけで諦めるのだ。小峠はどうかわからないが、重やんなんかの雑魚は前歯をペンチでぶち抜いてやったら泣いて謝ってくるだろう。わからせてやればいいのだ。何をやらかしたのかわからないが入学したばかりで不良に目をつけられている。このままじゃ三年間が台無しになるのにそれでいいのか。
そして小峠だ。ダサい。ダサダサのダサだ。顔だけかコイツ。顔だってこの黙って成り行きを見ている男前の足元にも及ばないレベルだ。小池のような地味男の何が気に入らないのか、低レベルな嫌がらせをしている。勝てる相手とわかっていてこんなダサい事をしているのか。外見を遊ばせてイケてる風に魅せているが中身は小学生のクソガキから成長していない。
そしてこの謎の男前。こいつは二人の動向に全く興味ないのか余所を向いてでかいあくびをしている。お前は何でここにいるのだ。小峠の金魚のフンか。
「あーあ、ムカついたわ」
わざとらしくでかいため息をついたダサ小峠は、なんと手にしていた紙を裂いた。声もなくそれを見る小池。俺は何もできない。何かできるのはお前しかいない。小池、やってやれ。鼻の骨をへし折って呼吸困難にしてやれ。
俺の思いが通じたのか、小池が小峠を睨んだ。それを見て、自分が喧嘩を売ってきたくせにその態度が気に入らなかったのか、小峠が青筋を立ててドスをきかせてきた。
「んだ?その目ぇ?」
胸ぐらを掴まれ、力まかせに引き寄せられて小池の踵が浮く。それでも小池は睨むのをやめない。いいぞ、間合いに入ってる。パンチしろ。目潰ししてもいい。病院送りにしてやれ。
思わず拳を握って応援する俺。睨み合う小池と小峠。そしてオーラだけすごい男前。
四者の間に緊迫した空気が流れる。小池もキレたのか引かない。
「は〜い。そろそろチャイム鳴るので皆さん戻ってきてください〜」
その雰囲気を破ったのは教師の声だった。
グラウンドに一番近い窓が突然開いたと思ったら、ぱんぱんと手を鳴らしながらそう言った。
教師が開けた窓からこっちは死角になっていて気づかれなかったが、それでも小峠の頭を冷やすことには成功したらしい。舌打ちしながらも、小池の胸元から乱暴に手を離した。しかし小池は違った。よろめきながらも、それでも小峠を睨むのを止めなかった。
「なに睨んでんだ?あ?」
それが気に入らなかったらしい小峠がまた絡んでくる。しつこい男だ。
どうせ力になれないからと黙って見ていたが、イライラが限界突破した。
「絵を破ったのはお前だろ!ホスト引き連れて調子のってんのはテメーの方だろうが!小池ごときをニ対一で囲んでイキがってるなんちゃって不良ちゃんがよお。一人じゃ怖いからついてきてもらったのか?もしかして授業も一人じゃできないから小池にやってとらおうと思ったのか?致命的に高校生に向いてないから帰ってママに膝枕でもしてもらえよバブちゃん」
言いながら小峠に近づきメンチを切る。俺が見えてなくて良かったな。見えていたらバブちゃんのお前はビビッて失禁していただろう。
小池を睨む小峠を睨む俺、という三角関係のような図ができてしまった。これは止めた奴が負けだ。またしても一触即発の雰囲気が漂う。
しかしこの場面もすぐに壊れた。そして壊したのは、なんと男前だった。
今の今まで我関せずという態度で完全に空気だったのだが、小峠に近寄り何か耳打ちした。小峠の至近距離にいた俺だったが、それでも何を言っているのか聞き取れなかった。しかし、耳打ちされた瞬間に小峠の目の色が変わるのがわかった。
鬼のような形相になったかと思うと、小池の腹を思い切り蹴ったのだ。
「何しやがんだ!」
小池は吹っ飛び、地面に突っ伏している。思わず駆け寄って、犯人である男前と小池を睨んだ。
小峠と男前は冷めた目で俺らを見下した。そして馬鹿にしたように鼻で笑った挙げ句に、わざと絵を踏みつけながら去っていった。
「おい!謝れよバカ!ふざけんな!」
俺が叫んだところで、悔しいかな二人の耳には届かない。
怒りで震えていたが、隣の小池のうめき声で正気に返った。意味がないとわかっていても声をかけてしまう。
「おい……大丈夫か?」
「あ、うん……」
え、と思ったのは一瞬だった。
地面に突っ伏していた小池が起き上がり、俺の方を向いた。
目が合い、お互いが息を呑んだ。
言葉なく小池の頭を見つめる。いや、目を逸らすことができない。
小池の右のこめかみから、左のこめかみを貫通して矢が刺さっていた。
こいつが倒れた場所にようやく気づいた。眼鏡や弓、そして矢が一本散らばっている。
地面に落ちていたもう一本の矢は、完全に折れて真っ二つになっていた。
俺が道具を広げていたところだ。
矢を直して上に向けて置いていた。それが倒れた瞬間に刺さったのか。
声もなく呆然と刺さった矢を見ていると、小池がわなわなと震えだした。
「あっだだだだだ大丈夫です!」
俺から顔を背け、あわあわと自分の授業の道具を集め始めた。
落ち武者みたいになっているが、どうやら命に別状はないらしい。
しかし。
「し、失礼します!」
俺に勢いよく顔を下げると、ダッシュで走って行った。
先ほど腹を蹴られたとは思えない俊敏さだ。
俺はショックで動けなかった。小池が落ち武者スタイルになったのも一因だが、それよりも大きい理由が、
「……俺が見えるのか?」
答えるように授業終了のチャイムが鳴り響いた。
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