最終話 

 来たことには理由がある。

 僕達の背中を押してくれたと思ったのにミントってば。空気……冷え込んじゃったけど。


「少しでいいの? 大地君」


 ミントのおふざけに慣れっこなココ。聞こえないふりをしてるのか、なんでもない顔で僕に聞いてきた。


「手伝ってもらえるのは嬉しいけど、私にとってはみんな大切なお客様だもの。だから離れるのは少しだけ。それでいい?」

「ありがとうココ。じゃあ、行こう」


 佐野君を先頭に三上屋に向かう。振り向いて見えた話し笑いあうミントと佐伯さん。あのふたりには寒い空気なんて関係ないんだろうな。


「驚いたな、結城君のことをおぼっさまだなんて」

「ごめん、佐野君。ミントはいつもあんな調子なんだ」

「なんで謝るの? 面白いのに」


 来夢と対照的な雰囲気の和菓子店。

 三上屋の前に立ち息を吸い込んだ。こんなに緊張するの、結城君と初めて会った時以来だな。開けられたままの店の入口。陳列台に並ぶいっぱいの和菓子。


「お菓子……いっぱいだね」


 モカが嬉しそうに笑う。


「ごめんモカ、お菓子を見るのちょっと待ってて。こんにちは、三上君いますか?」


 カウンターに立つ女の人が僕達を見て笑いかけてきた。優しそうな人……三上君のお母さんかな。


「同じクラスの日向っていいます。一緒にいるのは結城君と佐野君、それから来夢の」

「日向君、来てくれたんだ」


 三上君が店の奥から顔を出した。

 ココを見て『あっ』という顔をする。

 

「こんにちは、日向君の友達なの? 驚いたな三上屋さんにいるなんて」

「うん……えっと」


 声がうわずってる。

 大丈夫かな、すごく緊張してるみたいだ。


「あのっ……ココ」

「驚いた、君私を知ってるの? もしかして、来夢に来たことある?」

「その、僕は……ココに」

「何してるんだ三上‼︎」


 結城君の声が店内に響く。

 苛立たしげな声に驚いたのか、モカが僕にしがみついた。


「元の姿はどうした? 仮の姿で何が伝わるんだ?」


 固く口を閉じたままうつむいた三上君。

 ココの顔から笑顔が消えた。


「何? 仮の姿ってどういうこと?」

「本当の姿はどうした? 仮の姿じゃ彼女は何もわからない」


「……うっ」


 三上君の顔が変わっていく。

 赤みを帯びたオレンジの髪の……


「どうして? ……あの子っ」


 震えだしたココの声。

 魔法の世界で何があったのかわからない。だけど三上君とココを包む雰囲気がやけに重く感じる。


「……ごめんっ!!」


 頭を下げた三上君。叫ぶような大声が僕達を弾き包んだ。教室で見る三上君と全然違う。


「謝っても、謝りきれない。ごめん……ごめん‼︎ 言い訳にしかならないけど……ずっと謝りたかった」


 困ったようにうつむいたココを、モカは心配そうに見上げている。店内を包む甘い匂いと重い沈黙。


「ココ……ココ」


 静かな店内に響きだしたのはモカの声だ。


「ココ……大丈夫?」


 ぴくりと揺れるココの体と、震えうつむいたままの三上君。


「大丈夫? ココ……大丈夫?」


 モカに応えるように『うん』と呟いたココ。


「大地君が今日来たのは」

「三上君から相談があったんだ。ココに謝りたいって、話を聞いたのは結城君だけど」

「そうなんだ」

「三上君色々考えたみたい。僕に話しかけようとしたり、三上屋を作ったのもココに謝れればいいなって思いからだって」

「そんな、お店が潰れちゃったら……私どうすればいいの? 謝っても謝りきれないじゃない」


 モカの手を取って、ココは店内を歩きだした。


「三上君……でいいよね?」


 三上君から離れた場所で話しかける。


「お店始めてよかったと思ってる? このお店……好き?」

「うん。思ってたより大変だけど……楽しいよ。学校が休みの日は和菓子作りの勉強してる。始めたばかりで大変だけど、いつかは……好きになれると思う」

「だったら潰れちゃだめだよね。好きな場所は大事にしなくちゃ。……隣同士のお店、一緒にがんばっていこうね」


 三上君の顔に浮かぶ驚きが笑顔に変わっていく。

 ぎこちなさと喜びを絡ませながら。


「さて、来夢に戻らないと。新しい商品楽しみなんだ、お客様に喜んでもらえると思うとワクワクしてくるの」






 ココを先頭に、三上君を連れて戻った来夢。

 店に入った僕達を出迎えたのはミントと佐伯さん。そして魔法の世界の住人達だ。来夢の見張りを担当するピケと、商品を運んできた少年イオン。商品のアイデアを出したエリスという少女。

 ミントのおふざけで、店を閉めた中始まった商品の陳列。商品は虹の卵と名づけられた卵の形のゼリー。


「白身はヨーグルト風味のゼリーなの。中のゼリーは全部で7色、なんの色が出るかは食べてみなくちゃわかりません」

「エリスのアイデアばっちりだよ‼︎ さっき味見したけど苺味で」

「イオンったら‼︎ 最初の味見はミント様が。勝手に食べちゃだめじゃない‼︎」

「怒らないでよエリス。……味見に順番なんてないのにな」


 イオンがガックリと肩を落とす中、ココが配ってくれたのはひよこの形をしたクッキーだ。エリスのアイデアで虹の卵の隣に置かれるもの。

 ぴよっこ便りという名前がつけられている。


「美味しいなこれ。ぴよっこ便りって名前……三上屋でも使わせてもらおうかな」

「まずは店主さんに許可をもらわないとね」


 佐野君と話す三上君に近づいたピケ。


「三上屋の息子君、まさかとは思うけどトンネルなんて掘ってないよね?」


 顔色を悪くする三上君を前に、ズレた眼鏡をかけ直したピケ。


「僕の見張りのセンスを舐めないでくれるかな? ……と言いたい所だけど、トンネルを見つけたのはミント様なんだ。ミント様を怒らせたらトンネル塞がれちゃうかもね?」


 佐伯さんと結城君が話してる。

 こっそり近づいて聞こえたのは来夢のこと。屋敷でも焼けるものは何かを話してた。もしかして……結城君スイーツが好きなのかな?


「……あれ? ミント」


 賑やかな店内、いるはずのミントがいない。

 モカを預かるのはいつまでかを聞かなきゃいけないのに。


 みんなから離れ、ドアを開けると外に立つミントが見えた。



 黄昏時と呼ばれるひと時。

 金色の空を見上げる横顔。

 風になびく銀色の長い髪。



 誰かを待っているような、寂しげな空気がミントを包んでいる。




「お父さんっ‼︎」


 可愛らしく弾む声にミントは微笑む。


 穏やかに……優しく。



 しゃがみ込み、駆け寄ったモカをミントが抱きしめた時。


 一瞬。


 ふたりのそばに見えた女性ひとの姿。



 ——大地君、ふたりをよろしくね。


 夢に現れた……綺麗な……



 いつかは

 きっと……帰って来る。






 ひとつの想いが僕の中を巡る。

 イマドキの魔法。

 幸せや喜びが地球を巡り宇宙そらを染めた先に奇跡が待っている。



 だから羽ばたかせよう。


 高らかに。




 未来への翼を。

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イマドキ幻想曲〈ファンタジア〉 月野璃子 @myu2568

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