第32話

 モカが僕の手を握ってきた。

 知らない人が増えての緊張と、僕と同じ顔の男の子が現れたことに驚いてる。驚いてるのはお兄さんも同じみたいで僕と結城君を交互に見てる。結城君が怒ってるのもある意味驚きの反応かも。僕しかいないと思ってたのに、佐野君と知らない男の子までいるんだから。


「結城君、怒らせてごめん。隠し事はいけないって思ったんだ。嘘みたいなことでも、ちゃんと話せばわかってもらえると思うし」

「何? 隠し事って?」

「佐野君、びっくりするかな。……僕達は」

「待て日向、少し落ちつけよ」


 結城君の呆れたような声。落ちつくも何も結城君が怒ってるから。笑いだしたお兄さんと不安げに僕を見上げるモカ。


「君達、洋菓子屋に行く前にひと息つこうか。喫茶店に入ってもいいし、自販機でジュースを買うのもいい。僕が奢らせてもらうよ、翼君がお世話になってるお礼にね」


 翼君?

 どうして弟を君づけで呼ぶんだろう。

 お兄さんに背中を押されるまま僕達と並んだ結城君。『じゃあ、行こっか』佐野君のひとことで僕達は歩きだした。






 喫茶店に入ってからの驚きと笑いに包まれたひと時は、忘れることのない宝物になった。たぶん、ミントに出会わなければ今の僕はいなかったし、今の僕がいる未来を過去の僕は想像すら出来てなかったんだから。


 ジュースとデザートを前に話せるだけのことを話し合った。魔法使いのことと結城君が隠し続けた秘密。財閥の御曹司だなんて夢にも思わなかった。


「おっお兄さんじゃなかったの?」


 佐野君を1番に驚かせたのは佐伯悠太さんの正体みたいだ。

 屋敷に仕える執事。

 結城君は何も言ってなかったし、僕は佐野君が言うままお兄さんだと信じてた。


「結城君ってば、ほんと秘密主義なんだから」

「それだけじゃないんだ。翼君は君達を友達だって言いたがらない」

「ちょっと、悠太さん」

「どうして? 結城君って照れ屋なの?」

「なっ‼︎」


 顔を赤らめる結城君の横で、佐伯さんは楽しそうに笑っている。執事ってことは、屋敷の中では違う服を着てるのかな。名前はわからないけど洒落た格好の……似合ってるんだろうな、見てみたいかも。


「特別扱いを……されたくないだけだ」

「特別って?」

「だからっ、僕の機嫌を取ったり」

「怒らせるよりいいと思うけど。ね? 日向君」

「佐野はわからないんだよ。普通にいられることがどれだけ」

「結城君みたいな育ちがいい人も、普通に生活してるでしょ?」

「この、わからずや‼︎」

「えぇっ⁉︎」


 佐野君って何があっても怒らないんだろうな。佐倉さんがどんなに暴走しても笑って許してくれる気がする。佐倉さん……佐野君の気持ちに気づいてくれればいいのに。

 そうだ三上君に協力するんだった。


「そろそろ行こうよ。三上屋の和菓子もモカに見せてあげたいし」


『そうだね』と席を立った佐野君と、佐伯さんに肩を押されうなずいた結城君。


「僕は会計を済ませるから。みんな外に出てていいよ」


 いい人だな佐伯さん。

 僕もいつかは……佐伯さんみたいになりたい。さりげない優しさがあったかい人に。






「1度だけ来夢に行ったことがある」


 僕の隣で結城君がぽつり。


「ミントが何者か、日向と話してから気になってた。僕が行った時には店にいなかったけど」

「魔法の世界に帰ってたんだよ。目的はたぶん……ごめん、なんでもない」


 モカの前でお母さんのことは言えない。

 やっと話してくれて笑うようになったのに。


「魔法の世界かあ、行ってみたいよね。修学旅行とか楽しそう」

「佐野君、修学旅行より佐倉さんとデート」

「えぇっ‼︎ 無理だよ、話しかけるだけで緊張するのに。でも1回だけ一緒に学校に行ったんだ。肩を並べて歩いて……あれ? なんで一緒に行けたんだろ」


 三上君に操られてたなんて絶対に言えない。

 それにしても三上君。

 佐野君に暗示をかけたり、結城君の気を引くために和菓子屋を作ったり……ここまでして謝りたいこと、魔法の世界でココに何をしたんだろう。


「ケーキの味は悪くなかった。魔法の世界で作ってるなんて思いもしなかったな」

「材料は人間界で仕入れてるんだって。入り口を利用して魔法の世界に運んでる」

「水溜まりが入り口って、魔法使いらしいものが他にないのか」

「金色に光っててすごく綺麗なんだ。来夢の常連になれば見せてもらえるんじゃない?」

「……ふん」


 そっぽを向いた結城君とうしろから聞こえる佐伯さんの笑い声。

 モカも笑ってる。

 楽しい雰囲気が伝わってるのかな。

 そうだ、モカがミントの息子だっていつ話せばいいんだろう。


「ありがとうございました。また来てくださいね」


 ココの弾む声が聞こえる。見えてきた来夢と隣にある三上屋。モカが駆け出し、入り口に立つココに近づいていく。


「モカ君‼︎ 今日は鍵を使わなかったの? 大地君と、あれれ?」


 僕達を見てココは目を丸くする。


「この前来てくれた子だ。背が高いお兄さんも。驚いたな、大地君の友達だったんだ」

「うん、あのさココ」

「気のせいですか? モカと聞こえたような」


 ミントが出てきた。

 どうしよう、モカが喋ったことで大喜びだしここで抱きつかれでもしたら。


「大地君、来てくれたん……ですか」


 ミントは目をこすり首をかしげるような仕草を見せた。


「ココ、僕は疲れてるんでしょうか。大地君がふたりに見えるんですが」


 結城君の僕と同じ顔は、ミントには予想外だったらしい。混乱させといてもいいけど、ココを三上屋に連れていくにはミントの了承を得なきゃいけない。


「ミント、同じクラスの結城君と佐野君だよ。結城君、彼が店主のミント……結城君?」


 ミントを見たまま固まってる。どうしたんだろう?


「結城君?」

「……た」

「え?」

「三上に見せられた夢。ココと一緒に現れた男は……ミントだったんだ」


 どんな夢だったんだろう。夢まで見せるなんて、三上君は本当にココに謝りたいんだな。


「大地君、なんの話?」

「ココ、僕達と一緒に来てくれないかな。隣の和菓子屋なんだけど」

「どうして?」

「その……ココと一緒に行きたくて」

「和菓子屋さんかぁ、不思議なのよね。ちょっと前までは空き地だったのに」

「急いで建てたみたいだよ、ココに用があって」

「大地君ったら、なんの冗談?」


 クスクスと笑いだしたココ。お店がすぐに出来るなんて誰も信じないし、店を作った人が自分に用があるなんて思うはずがない。


「ごめんね、今はお店から出れないの。仲間達が新しい商品を持ってくるんだ。お店に並べたり試食の準備が」

「ココ、準備ならご心配なく」


 ミントが近づいてきた。横にいるのは佐伯さんだ。


「この方が準備を手伝ってくれるそうですよ。大地君達は何か理由があって来たようです」

「でもミント様」

「彼は屋敷の執事を務めているそうです。驚きましたね、大地君のそっくりさんはだそうですよ」


 おぼっさま?

 坊ちゃんと様を組み合わせておぼっさま?

 ミントってば、こんな時にふざけだした。

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