冬編
ん~、と暖かい布団に包まれて徐々に覚醒してきた意識の中、私は伸びをした。外は明るく、まあ昼前くらいかなとスマホを付けて時間を確認して変な悲鳴が上がった。
「待って待って待って」
急いで起き上がり、さむ、と近くに置いてあった上着を羽織ってラインを開く。そのまま通話のボタンを押して呼び出し音がしている間に顔を洗っているとアイラの声が聞こえてきた。
『おっはよ~、って事でいいのかな?』
「そうですおはようございマス申し訳ありません」
『いいってことよ~』
「まさか十四時間も寝るなんて思っていないじゃん……」
『え、夜更かししてたとかじゃなくて?』
「昨日は普通に日付越えたくらいに寝たから……アラーム掛けてなかったのは確かだけど昼前には起きると思うじゃん……」
時刻は十四時を少し過ぎたところ。外は明るくどころではなく、日は天を既に越えてしまっている。
『十四時間はすごいねぇ』
「流石に腹が減ったわ……」
何を食べよう、と昨日の残りの冷や飯があるのを確認しながら冷蔵庫のドアを開ける。そういえば先週、実家から野菜が送られてきたところで、まだいくつか使ってない野菜がある。
「水菜……あ、ほうれん草ある。常夜鍋にするか」
『これからお昼?』
「そりゃもちろん」
ボウルに水を溜めながら、袋に入ったほうれん草をその中に入れて水に浸す。次いで手に取った鍋に水を適当に入れる。ほうれん草が泳がないくらいの量、と水道を止めてコンロで火にかける。
じゃぶじゃぶ、とほうれん草を洗い砂が水の中に残らなくなったらまな板の上に乗っける。包丁で食べやすいくらいのサイズに切り、沸騰してきた鍋の中に入れた。チューブの生姜を加えてお玉で軽く混ぜる。まな板と包丁を洗い、丼の器を出して冷や飯をそこにドボン。そうしているうちに火が通った鍋に白だしをお玉に半分程度を加え、冷蔵庫から豚肉を取り出した。一枚ずつ、それを沸騰する鍋に入れていく。しゃぶしゃぶをしている気分だ。
「よし、これで火が通れば完成!」
『今日のレシピは~?』
「常夜鍋。本当は酒で作るんだけど、日本酒無いので水で代用してます。簡単だからアイラもやってみれば?」
『ん~、じょーやなべ? 名前ある料理なんだぁ』
検索検索、という声を聞きながら冷や飯の上に常夜鍋をぶっかける。鍋なので本来ご飯にかけるものではないんだろうが、この方が食べるのも洗い物も手っ取り早くなるのでいつもこれだ。
『へぇ、ウィキがあるよ~』
「え、常夜鍋の?」
『うん。じょうやなべ、じょうよなべ、とこよなべ、とこやなべ……豚肉とほうれん草をさっと煮て、ポン酢で食べる。鍋つゆに味は無いため、調理法としては水炊きの系統に分類される……以上、ウィキペディア、常夜鍋より』
「まって、ポン酢? ポン酢?」
『違うの?』
「ウチ、いっつも白だしだけど……え? 常夜鍋って騙されてた?」
『味付けが違う問題~』
「まあポン酢、そんなに好きじゃないし白だしでいいや」
『ポン酢、私も苦手だなぁ』
「酢ってさ……食べるものじゃなくない? 私、三大無理な匂い、アンモニア、酢酸、アーモンドなんだけど」
『アーモンドって……ニトロベンゼンとか?』
「そうそう。ベンズアルデヒドとかさぁ……この前実験で扱ってたんだけど、目隠ししてニトロベンゼンとベンズアルデヒドとか並べてどれが杏仁豆腐でしょうって遊び楽しそうじゃない? って話が上がってさぁ。楽しそうっていうのには同意するけど怖いわ……」
『何その杏仁豆腐食べられなくなりそうな遊び~』
「そ~なんだよ……私もう杏仁豆腐食べられない……」
『一応確認するんだけど、やってないんだよねぇ?』
「やってないです……」
食事前にする話じゃなかった、と頭を抱えながら匙を取って器を持つ。冷や飯をほぐしながら啜っていると、そうだ、とひとつ料理を思い出す。
「チゲ鍋は冬におすすめ。簡単だし」
『それ本当にチゲ鍋?』
「……たぶん」
『自信ない返答だぁ』
そりゃあ、今まで常夜鍋だと言われて作ってきた料理が違うものだと言われたら自信も無くなる。
「豚肉ともやしをごま油で炒めるの。それで、水入れて、キムチ入れて、煮立ったら味噌を加える」
『それがチゲ鍋?』
「そう。ソノハズデス……。美味しいから、機会あったら作ってみなよ」
『今夜、夕飯当番だけどキムチなかったから出来ないな……。今度買ってこよ~』
「私も今度やろ。しばらくは送られてきた野菜消費だけど」
最後の一滴までぐいっと飲み干して、そのままシンクで洗い物を始める。冷やしておいてもいいが、一回ごとに洗わないと溜めに溜め込むことがあるので今ぐらいは、とすばやく済ませる。
「レポートやらなきゃ」
『お疲れ様~』
「ほんとだよ。でも、あと五回で終わる……ようやくだよ」
『もう後期も半分過ぎたからねぇ』
「そうだよ。もうすぐ十二月だよ? なのにさ、大学のイチョウがまだ緑なんだよね」
『確かに、今年ずっとあったかかったもんねぇ』
「そうだよ。見てよこれ。写真あるよ」
ぽすっ、と音を立てて写真を送る。
落ち葉がコンクリートに落ちる音が耳に障って、ふと見上げた時に気が付いたのだ。ほとんどが端っこが黄色くなっているだけで、半分以上色付いたものは数えるほどであった。冷たい地面には小さく茶色の枯れ落ち葉だけ。イチョウの影も形も無い現状に、静かに驚いてそのままの風景を一枚切り取っていた。
『お~ほんとだ。まだ全然だね』
「例年だったら十一月末くらいでもう散ってなかった? あんまり気にしたことなかったけどさ」
『大丈夫? これ加工してない?』
「何よ突然」
『過度な加工は詐欺だよ~』
「そんな、詐欺ほど加工する予定はありませんし。そもそも色付いてもいないのに彩度限界まで上げても意味ないもん」
『それもそうかぁ』
そうだよ、と返しながらパソコンを立ち上げた。起きてからこの間三十分強。ほぼ毎日パソコンに向き合わなきゃいけないのは辛いが、やらなければ終わらない。チキチキレースでも始めますか、と言えば、頑張れ~と呑気な応援が聞こえてきた。
〈完〉
およそ、だいたいズボラ飯 翡翠 @hisui_17
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