秋編

 半袖でも過ごせるってすごいね。

 そんな他愛もない会話から始まった日曜日の午後一時。先ほどまでその言葉通り半袖で過ごしていたわけだが、通話開始直後にくしゃみを連発したため薄手のジャージを羽織ってきたばかりだ。

「ねぇ覚えてる? 私たちが高校の時さ、確か十月末くらいに雪が降って急いでストーブ出してたの」

『なんか季節外れ……っていうかやけに早い雪が降ったのは覚えてる~』

「私あのとき委員会でストーブ出すの駆り出されてたんだよね。は~、今思えば温まりポイント最後の時であった」

『温まりポイントって面白いねぇ。確かに、大学はしっかり暖房入ってるしね~』

「いや温まりポイントって言うのは某絶対絶命ゲームで言われていた名称なんですけど。そうそう、最近関東沈没ってドラマ見てるんだけど崩れゆく街並みがめちゃくちゃ既視感あるなって思ったらどう考えても絶対絶命都市で見慣れてるやつだったわ」

『へぇ~。私ゲーム詳しくないからなぁ』

「知ってる」

『あっでもね、最近Vチューバ―の実況動画見てるんだ。イヴとかやっててさ』

「そっか、イヴは部活で遊んでたから知ってるもんね」

『そうそう。文化祭の打ち上げでやってたやつだから知ってた~』

「まあ結局クリアしてなかった気がするけど」

 懐かしいな、と当時を思い返す。ゲーム好きの先輩方が毎年、文化祭後の打ち上げでTRPGやらホラーゲームやらをやっていたので私たちが三年のときにもホラーゲームをやったのだ。確か一度死んだらプレイヤーが変わるという形で、参加していたのがニ、三人、見学者がニ、三人といったところだっただろうか。部外者も参加可でわいわいとお菓子とジュース片手にやっていたものだから、一体あの場に誰がいたのか詳細には覚えていない。アイラはパソコンの持ち主だったのでその場に居たのは確実だし、当人はホラー耐性が無いため見学していたはずだ。

「ホラゲ面白いよ? 続きやってみれば?」

『いややるのはいいや~』

「ホラゲ実況は見るんだ」

『面白いよねぇ』

「悲鳴がおススメの実況者教えてあげようか? ホラーダメなタイプの人なんだけどホラゲしか実況してないの」

『ほんとは得意とか言わない?』

「言うわけないじゃん。あの悲鳴は本物だよ」

『あの悲鳴は本物って笑えてくるからやめてよぉ~~』

 あはは、と笑い始めた通話の向こう側のアイラに、また始まった、と呆れる。笑いのツボが浅いのでこちらが何も狙っていないタイミングでツボに入って笑い始めるのはよくある話だ。

「まああれだよね、ホラゲ実況ってホラゲの実況を見るっていうか悲鳴を聞くためのものというか」

『ふふふっ、そうだねぇ、はは、やだなんか面白くなってきちゃった』

「危ない人になってるよ。大丈夫? 薬やってない?」

『やってないよぉ~、あはははっ』

「クスリ、ダメゼッタイ」

『懐かしいやつ出してこないでぇ~』

 どんどん笑い声が抑えられなくなっているアイラの声を聞き流す。

 今は文化祭前でちょうど休みの日。文化祭のお陰で今週はすべての講義が休講、あらゆる課題やレポートの締切は来週の講義期間になったので今日はオフにすると決めているのだ。ということで私は今数カ月ぶりに開いていないパソコンを横目に、スマホで通話を繋ぎながらインターネットで検索を掛けていた。目の前の段ボールには、大量のサツマイモ。つまりはそういうことで。

『ふ~っ、笑ったわぁ。腹筋疲れちゃう』

「勝手に笑ってたのはアイラだけどね」

『もう、いっちゃんったら釣れないんだから』

「何がよ」

『あっそうだ、だからVチューバ―の人の絶叫まとめ動画送っておくね』

「そういえばそんな話してたね」

 ぴこん、と画面上部に現れた通知をタップする。メッセージに添付されたURLから動画を開くと、まさにその名の通りのダイジェスト集であり、開始三秒で悲鳴が響き渡った。

「なんか……ホラゲ実況ってあれだよね、初見の悲鳴を聞きたい既プレイ勢の楽しみ」

『初見の悲鳴~! 確かにそうだなぁ』

「いいよね初見の人の悲鳴。何事においても」

『そうやって推しが死んだ人の悲鳴を栄養にしてるんでしょお~! 知ってるからね!』

「そうですよ。他人の悲鳴は栄養だからね。てかなに? また推しが死んだの?」

『そおぉぉおおなんだよ! 死んじゃった……』

「アイラが推すと死ぬんだな」

『えっまって私のせい!?』

「アイラのせいでしょ」

『酷いよそんなことないよぉ……作者のせいだってぇ……』

「すみませんでしたそれは正論です」

 不意に出てきた作者のせい、という言葉に思わずスマホを横に置いて深く頭を下げる。そもそも床に直に座っていたので土下座をしたようなものだ。

 とても、心覚えが、ある。

『いっちゃん何したの~』

「……何もしてないし」

『また死ネタの小説書いてたんでしょ』

「書いてないもん! 死ネタじゃなくてめちゃくちゃ平和な世界線のつもりだったの! でも気が付いたら死んじゃっただけだし!」

 殺すつもりはなかったんです、と続けて叫んだ。過失で人を殺してしまった犯人が良くドラマで言っているのと同じじゃないかと言う自覚はあった。それでも確かに殺すつもりはなかったのだ。

「小説書いてたら死んじゃっただけだもん……人ってすぐ死んじゃうんだもん……」

『これだからライブ派は~?』

「そうですねライブ派の人間は良くやらかしていると思いますよ」

『そう簡単に人を殺してほしくないんだけどぉ』

「いや殺人じゃなくても人は死ぬからね? 病気とか、交通事故とか。よくあるじゃん」

『ん~……よくは……ないんじゃないかな……』

「え~、そうかなぁ。忙しい時は一年に三、四人くらい死んだことあるよ。歳が歳ではあったけど」

 親戚やら部落の人間やら、この高齢者社会ではラッシュ時は凄まじいのだ。人間、八十歳を超えたらいつ死んでもおかしくないと思っている。決して殺人でも自殺でも事故でもないことはここに記しておこう。

「まあ創作の中で殺人事件発生するのなんてよくあることだよ」

『それはいっちゃんが探偵ものとか刑事ものが好きだからでしょ~』

「事件が始まらないと話が始まらないからね」

 よっこいしょ、と腰を上げた。シンク下に仕舞われたボウルの中で一番大きいサイズを取り出して、段ボウルからサツマイモを一本、二本、と入れていく。

「最近読んだ料理ものの漫画でさ、スイートポテト作ってたわけよ」

『ん~、あ、そういえばサツマイモいっぱい送られてきたって言ってたねぇ』

「大学芋にしようと思っててさ。でもスイートポテト作ってるの読んだら作りたくなっちゃうじゃん」

『飯テロ的な?』

「そう。でも大学芋の気持ちを捨てきれなくて……おまけに揚げ物するとか面倒じゃん。食べたいけど圧倒的に作るの負担すぎるんだよ」

 全部で六本。その下にあるのは里芋で、確かにそういう時期だったか、とカレンダーを見た。もう秋にあたる時期だから、取れていてもおかしくはない。おかしいのは未だに暖かいこの気温だ。果たして令和ちゃんが気温調整を上手くできる日は来るのだろうか。

 里芋は後で、とサツマイモだけを流しで洗い始める。

「それでさ、簡単な作り方とか無いかな~って検索してたんだけど、調べるのが面倒になっちゃってさ。食べるの自分だから自分が美味しければいいじゃん」

『え~、私も食べたい!』

「じゃあおいで~。今夜までに来ないと食べちゃうけど」

『無理じゃん~。はぁ、また遊びに行きたいなぁ』

「遊びにっていうか、私の料理食べに来てるようなもんじゃん」

『人が作ってくれた料理って美味しいんだよ? 知ってた?』

「普段作る側だからちょっと良く分からん……。今度はアイラが作ってよ」

『え~、あーちゃんが作ってくれるよ』

「ライスの作る料理かぁ……。ご飯炊くのかな?」

『もぉ~、あーちゃんのことライスって呼ぶのいっちゃんくらいだからね? というかライスってやっぱり米のライスだったんだ?』

「そう確か……あれ? 多分そうだったはず」

『言い出しっぺが忘れてる~』

「あ、あれだよ。浅田で田んぼだから米だな~って思ってライスになったんだ」

『連想ゲームでもしてたの?』

「まあ結果連想ゲームになったんだね……アイラがそうだったから」

『私のアイラ呼びは、中学の英語の先生からだよ~』

「上島で、アイランド?」

『そーそー。なんかそれが定着しちゃって、中学でもクラスでずっとアイラ呼びだったから高校でもそれでいっかぁと思って』

 最初の自己紹介で自ら、アイラって呼んでくださいと言っていたのは今でもよく覚えている。

『いっちゃんもなんか、名前付けようよ~』

「連想ゲームで?」

『そう~。伊藤……は難しいね』

「今更すぎない? 誰も使わないよそれ」

『お黙りなさいッ』

「突然何キャラですか」

『伊藤……いと……糸? えっ、糸って何? ロープ?』

「糸とロープは違くないか」

『なんかちがうなぁ~』

「何一つ合ってないからね」

 しっかりと土を洗い落としてまな板を出した。大学芋は暖かいうちに食べるのに限る。ということで一本だけをとりあえず横三等分に切り分ける。それを縦に薄く切っていき、最後に荒い千切りのつもりでスティック状にサツマイモを切った。

 切り終えてからちょっと多かったか、と首を傾げるが、まだ時間は昼。おやつには余ったら夕飯に食べればいいだろう。

『名前にしよ名前の方』

 フライパンを出して、ひたひたになるくらい油を入れる。揚げ物が面倒くさいときに簡略化する手段その一、揚げ焼きにするの術だ。

『希実だからぁ……のぞみ? ホープ?』

「確かにホープではあるね」

『ホープ! あなた、ホープっていうのね!』

「安直すぎない?」

『アイランドもライスも変わらないと思うけどぉ』

 ガスコンロの火を付け、フライパンが温まるのをかざした手で確認する。もうちょっと温まってからの方がいいな、と一旦スマホを手に取った。開くのは午前中に読んでいた、スイートポテトが出てくる漫画のページで。

『いいよ、いっちゃんは今日からトトロね』

「何が良いんだか良く分からないのですが」

『え~じゃあ何が良い?』

「なんか主旨変わってない?」

 気のせい気のせい、と話を濁したアイラに呆れながら、十分温まったフライパンに切ったサツマイモを入れていく。水分がぱちぱちとはねた。

「あ、ごめん。火使ってるから煩いかも」

『結局大学芋~?』

「いや、両方作る」

『どっちも作るんか~い』

「今は簡易スティック大学芋」

『今日は名前付いてる料理だ~』

 普段は適当に作っているので、料理の名前なんて気にしないし気にする余裕もないが、今日は食べたくて作っているのでもちろん名前が付いたものだ。

 ジュワジュワ、と小さい泡が立ちながら淡い黄色が鮮やかな色に変わっていくのを何となく眺める。サイズを気にせずに切っていたので小さく切れてしまったものはもう火が通ったらしく、ぷっくりとその皮が空気によって浮き上がってるのを見つける。気が付けば最初に入れたはずの油の量が大分減ってきていて、カロリーがすごそうだなとは思いながら見知らぬふりをした。

 砂糖に醤油、計量カップに適当に水を入れてコンロ脇に置いておく。まだもう少しは火を通す必要があるが、それが終わったら必要なものだ。

 そこまでして漸く、私は気が付くのだった。

「あ、黒ゴマが無い」

『あ~、大学芋用に?』

「そう。普段、実家だと常備されてるし何なら作ってるからな……完全に忘れていた……」

 調味料が足りるかどうか、何ならスイートポテトを作りたいと思って牛乳とバターはきちんと買ってきたというのにゴマを忘れるとはなんたる屈辱。

『作ってるって、畑でって意味?』

「そう。まぁ毎年じゃないんだけどね。一昨年くらいは作ってたな」

 野菜を取りに畑に行ったときに、祖母がからっからに乾燥して茶色になったゴマのさやを見せてくれた記憶がある。

「今度帰ったときにひったくって来るか」

『ちょっと言い方~』

 それはさておき、のんびりと話をしている内に、フライパンのサツマイモに大分火が通ったらしい。やはりスティック状にして火が通りやすくすることで時短を図るのはアリだな、と思いながら菜箸で軽くかき混ぜた。一本、小ぶりの欠片を口に入れる。今さっきまで熱されていたため当たり前のように熱いが、ほくほくと黄金に輝く身は甘味を主張していてそのまま全部食べてしまいたいという想いが脳裏を掠めた。フライドポテト(サツマイモバージョン)も十分美味しそうではないか。

「うん、イイ感じだ」

『ん~、私も何か食べたくなってきちゃった』

「昼ご飯は?」

『実は食べてないんだよぉ』

「それは食べなさい」

『そ~だよねぇ……ちょっと移動する~』

 カタ、と通話の向こうで物音がするのを聞き流しながら、油が見えなくなったサツマイモの上に砂糖を大盛りで二杯、醤油をひとさし、水適当量を加えて砂糖を溶かしていく。サツマイモ全部が絡むように大きく混ぜ合わせ、ふつふつと大きな気泡が出来るのを観察した。

『パンでいっかぁ~』

「チーズ掛けよ。あとケチャップ」

『ピザトースト?』

「美味しいよね」

『分かる~。でも今チーズ無いや』

「残念」

『んん~、はちみつでいっかぁ』

 なるほどアイラははちみつ派だったか。脳裏をよぎる黄色いクマさんを見て見ぬふりをしながらガスコンロの火を消して皿に移した。

「大学芋出来たぞ~。フライパンひとつで出来る! これは良いわ」

『私にも食べさせて~』

「だから無理だって」

 いつものやり取りを繰り返しながら一本つまんだ。上白糖のしっとりとした甘さに、サツマイモの自然な甘さと食感が絡まり合って丁度いい。味見をしなかった割に出来は優秀だ。

 やっぱり料理はいい加減が丁度良い加減、と実家で良く聞いた言葉を思い出しながら無心でスティック大学芋を口に放り投げる。どうやら食べきれるかどうかなんて心配は不要だったらしい。

「……アイラもこっち来れば?」

『大学、通いじゃなくて下宿にする話は何度か出てるんだけどねぇ。費用とか生活とか考えると下宿のメリットがあんまりないんだよねぇ』

 いっちゃんは料理も上手だからいいけど、と言われてなるほど生活力の問題かと無言で頷いた。

「一人暮らしだと時間自由に使えるとか……メリットは色々あるけど、自分で生活しなきゃいけないからね。でもいつまでも実家暮らしってわけじゃないでしょ」

『そぉこなんだよ~。就職したら流石に一人暮らしだしさぁ』

「まあどうにかなるでしょ。アイラ、別に出来ないわけじゃないし」

 むしろ心配なのはライスの方なのだが、私たちが心配したところでどうにかなる問題でもないので今話す内容ではない。

『だからさぁ、ルームシェアしよ?』

「唐突だな」

『え~そういう話の流れだったよぉ』

「私、大学院行くつもりだからしばらくこっちだよ。ルームシェアするには距離が難しいでしょ」

『もう、冗談で良いからいいよっていってよ~』

「了承する必要性を感じないんだが……」

『正論ばっかりだとつまらなくなっちゃうよ?』

「いっつも私の発言にウケてるアイラには言われたくないですね」

『あれ……ほんとだ』

「突然正気に返らないで」

 会話が支離滅裂である。

 まあそんなアイラの相手はさておき、とフライパンをシンクで冷やしながら次の作業を始める。大学芋などはサツマイモの皮を剥く必要性は無いが、スイートポテトとなるとそうはいかない。

 サツマイモの両端を切り落として皮を厚めに切る。スイートポテトだとなめらかな方がいいので、スジも切り落とした方が食べやすいだろう。一センチ程度に切ってからいちょう切りにし、水を溜めたボウルに入れていく。二本目を切り始めるとパンを食べ終わったらしいアイラが通話に戻ってくる。

『何やるんだっけなぁ~』

「課題とかは? 今日は無いの?」

『あるけど締切今日でも明日でもないしねぇ。昨日本買って来たから読もうかな~』

「何買ってきたの?」

『ラノベ~。いっちゃん知らないと思うよ』

「じゃあいいや」

『いっちゃんはレポート大丈夫なの?』

「今週は講義休みで課題もレポートも休み。でも来週レポート二本締切が同時に来る。面白いね」

『それは……面白いの?』

「いや正直頭おかしいと思うレポート同時に二本締切とかやめてほしい」

『切実……』

 三本目のサツマイモを切り終えて、流石にこれ以上作るのはやめておくかと洗ってあった残りの二本は段ボウルに逆戻りだ。

「いい加減、作る量を間違えたくない……いやでも消費したくて作ってるから一人分の量って考えで作ってるわけではないんだけどさ」

『大変そう~』

「大変だよ。実家から送られてくる野菜の量がさ、一人暮らしで消費する量じゃないんだって」

 耐熱ボウルにサツマイモを移してラップをふんわりとかけてレンジに入れる。どれくらいかな、と五百ワットでとりあえず十分を押して加熱を始める。

『食費は浮きそう~』

「確かに野菜買わないのは安上りなのかな。野菜買ったことないので分からないけど」

『そっかぁ。私も実家暮らしだから一人分は分からないな~』

 この間に洗い物でもするか、とまな板と包丁、先ほどのフライパンを洗って大学芋をつまむ。うまい、と叫びそうになるが、いや、甘いからどっちかというと白髪目隠し野郎が頭を掠めるなと思いながらもバターを取り出して二十グラムくらい切り分ける。砂糖、牛乳にフォークを机に出した頃にレンジが時間を告げる。

 熱気に気を付けながらラップを剥がし、机の上に置いたボウルをタオルで押さえながらサツマイモをフォークで潰していく。マッシャーがあればいいんだろうが、一人暮らしの家にそんなものは無い。自分が食べるだけだからフォークで潰すくらいで充分だ。寧ろ食感残った方が好きなタイプだし、と雑に潰してバターを加える。軽く混ぜて溶けてきてるのを確認し、ある程度溶けて馴染ませてから砂糖を山盛りで三回入れる。次いで牛乳を適量入れて全体を混ぜ合わせる。牛乳が少ないかな、と一匙分追加してよく混ぜ、成形できる程度の固さになったのを確認してアルミのカップを棚から取り出した。スイートポテトのために買ってきたものだ。

 通話の向こうが静かなのは小説を読み始めているからだろう。

 アルミカップを何枚か取り出し、スプーンで良い感じの量に分けて整えていく。カップの上に乗せて、トースター用の鉄板に並べていく。黙々と作業を続けてサツマイモ三本分を全てアルミカップに乗せたものの、流石に一回では焼きが終わらない量だ。第一便ということで鉄板に並んだそれらの上に解いた卵黄をスプーンで塗っていく。普段だったら面倒だとかいってやらない作業だが、今日はそういう気分なので卵黄も使っていい感じに焼きたい。出来たらつぶったーに投稿しよ、と思いながら塗り終え、トースターで四分程度焼く。

 待っている間に残りにも卵黄を塗り、残った卵黄と卵白は夕飯に親子丼でもしようかな、と冷蔵庫に鶏むね肉があるのを思い出しながら片づけをする。

 片付けも終わり、どうしようかなとスマホを開いた瞬間チーン、と高い音がした。

「トースター鳴ったな。お、良い感じの焼き加減だわ~」

『できた?』

「うん。とりあえず第二便トースターに入れてくるわ」

『いってら~』

 天板から大きめの平皿にがさがさとアルミカップを移動させ、まだ焼いていないカップを次々と並べていく。それをトースターに入れ、次は内部が温まっているからとりあえず三分、とひねりを回してから机へ戻る。

「おし、写真撮ろ。珍しく映えよ映え。お菓子作る系女子って感じ?」

『多分、普通は自分でお菓子作る系女子とか言わないと思う』

「ド正論をどうもありがとう」

 悲しくなっちゃうなぁ、と冗談を言いながら背景に映るコップやらティッシュ箱やら諸々を退ける。普段自分しか居ないので、机の上は自分が良く使う半分を除いて物置と化しているようなものだ。今日はスイートポテト作りで机の上を使う予定が合ったので昼に少し片づけたが、それでもネットに上げる写真に物が写り込むのは少々いただけない。

「こんな感じで……おし、撮れたぞ。端っこはモザイクかけておけばいいや」

『モザイクかけるの』

「ちょっとだけ写り込みが……」

『あ~ね』

「役者さんたちの間で良く使われてるモザイクのアプリ、入れたんだよね」

『桜の花びらの?』

「そうそう」

『あれいいよねぇ』

「まああんまり使う機会がないんですけど」

 写真をネットに上げる用事もないので使う機会なんてほとんどない。数か月に一度、開くか開かないかという使用頻度になるだろう。

「写真っていうか、私たちがつぶったーに投げるのってスクショだしね……」

『確かに~。ガチャ爆死した画面とか?』

「せめてガチャ成功したと言ってくれ……」

『ガチャに勝ったことない癖にぃ』

「いいじゃんここでの会話くらい勝った気でいたいんだよ」

『どういう~? まあ気持ちは分からなくもないけどぉ』

「ま、とりあえず投稿したわ」

『グループの方にも上げといてよ~。あーちゃんと一緒に食べたいコールするから』

「分かったから……」

 メッセージアプリを開いて写真だけをいつものグループに送信する。

 ひとつ、焼き立てあつあつほかほかのスイートポテトを手に取って齧ると、大学芋とは圧倒的に異なる滑らかさとそれに応じた甘さ、その奥からほんのりと顔を覗かせるバターの香りがまろやかな味を生み出している。調べていて気が付いたのだが、スイートポテトにバターを入れないレシピもあるらしいが私は断然バター入れる派だ。

 だって美味しいんだもん、と思いながら味わっていると、ピコピコと通知が煩くなる。先ほど写真を送ったグループラインだ。ライスからの反応と、宣言通りアイラからも食べたい、という内容の中身のないメッセージがどんどん入ってくる。

「てか通話でも言ってメッセージでも主張してくるな。もう」

『言うだけならいいじゃん~』

「魂だけ飛ばしておいでって言ってるじゃん」

『魂だけなら千里の道をも越えられるって?』

「そう。分かってるじゃん」

『いや無理だから~。っていうかさ、それ結局魂だけ飛ばしても料理とか食べられないんじゃなかった?』

「……そういえばそうだったな」

『意味ないよぉ~!』

「まあまあ、今度実家帰る予定があるからその時に気が向いたらね」

『そうだ、会う予定立てるって話だったねぇ』

 それでいつ帰ってくるんだっけ、というアイラに私は手帳を開いた。


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