二日目
「ああ、それは私の孫だな」
朝食の場で昨日の事を尋ねたところ、スタンリーからはそんな言葉が返って来た。
なんでも、少し物覚えが悪く、外に出すことも叶わないような孫。
……全身真っ白な容姿をした孫は、今のご時世どう足掻いてもまともに生きられる目はない。そのため、周囲から隠すように塔の上に幽閉しているのだという。
時折、メイド達を向かわせて相手をしてはいるが──、恐らく、塔の上で寂しい思いをしているだろうと言うことも。
「……そこまで分かってるなら、貴方が相手をしてあげればいいんじゃない?」
「息子夫婦の忘れ形見でな、しかも勘当した息子達の。……私としても、距離感を測りかねているのだよ」
咎めるように言えば、返ってくるのは素っ気ない──、けれどどこか哀しげな言葉。
そんな態度で返されてしまうと、所詮他人であるサラとしては掛ける言葉がなくなってしまう。
「それに私は多忙の身だ。……あれの望むものは与えられるまい。なら、最初から触れぬのもまた、愛なのだろうよ」
「まぁ、貴方がそれでいいならいいけど。……恨まれるわよ、それ」
問い掛けた言葉は、知っているとすげなく返された。
どうせしばらく足止めをされるのだ、そこまで言うなら君に任せよう──。
そんな言葉を渡されてから半刻ほど、サラは尖塔の最上階を目指してメイドの背を追っている。流石に鍵は貸して貰えなかったので、付添人が必要になったからだ。……よもや君が襲うわけでも無かろう?などと言われてしまえば断ることもできなかった。
確かに、聞く感じその孫は【殺人鬼】にとって──、より正確に言えば【
───
人種によらず、年齢によらず、全身が白で構成された、透き通るモノ。
その物珍しさから見せ物になることさえあったというそれは、前時代の悪習をそのまま受け継いでしまったモノの一つでもある。
曰く【大厄災】よりも昔、その白に染まった姿から神の使いのような、希少なモノとされ、場合によっては人肉食の被害対象になることもあったというアルビノ患者。……【殺人鬼】の食性を理解しない者は、同じように使えるだろうと考え、今もなお、『神の使いのように』という部分が欠損したまま、己の安全を買うためにアルビノ患者達を捕まえている、らしい。……無論、それが哀しきすれ違いなのは言うまでもない。
【殺人鬼】の食性を知らぬ彼らに、それを理解しろと言うのも酷な話ではあるのだが。
とはいえ、目覚め方によってはアルビノを好んで
──そういう意味で、今も昔も。白き彼らの安寧は脅かされ続けている、ということなのだった。
「しばしお待ち下さい。準備をして参ります」
鍵を開けてメイドさんが扉の中に消えるのを見届けることしばし。
手持ちぶさたに塔の内部を眺めて見るものの、最上階以外は屋敷内に出るまでずっと階段、というこの塔に見目新しいものは何もない。
……幽閉されている、とは文字通りのことだったか。
そんな感想しかでないのは、意外と長時間の階段が堪えていたのか否か。
などと無体なことを考えて暇を潰していると、
「お待たせしました、サラ様。どうぞお入り下さい」
「あ、はい」
扉が微かに開き、中からメイドさんがこちらを手招きする。……立て付けが悪いのか、はたまた開きすぎると何か不都合があるのか。
さてこれはどちらなのだろうと思いつつ、扉の隙間をするりと抜けて、中に入る。
入ってすぐに気が付くのは、部屋の中に微かに響く、ソプラノの歌声。ついで、部屋の中に散乱する、人形やおもちゃの数々。
目的の彼女は部屋の中心でこちらに背を向け、何やら楽しげに肩を揺らしていた。
……メイドさんは入り口で貞淑に佇んでいる。どうも、こちらに手を貸したり何か口を挟むつもりはないらしい。
信頼されているのか、はたまた警戒されているのか。
それがどちらに対してのものなのかについても少し思案しつつ、サラは中心部の彼女に近付いていく。
そして、その足音に気付いたらしい彼女が、こちらを振り返った。
──精巧な
初めて彼女の顔を見た時、作り物のような美しさとはこういうものを言うのかと納得した。
透き通るような白い髪は長く、彼女の足先よりも長く。
足を前に開いて座っていた彼女を中心として、放射線状に広がっている。
それそのものが一つの芸術品にも見えるような絹糸の前髪の奥に隠れるのは、見た者が満場一致で美しいと断じるような、整った顔立ちだ。
長い睫毛もまた白く、肌の色もまた白い。
とかく白で染められた彼女の中で、一際目を惹く色があった。
──蒼。
彼女の瞳は、本来の
白く、蒼い少女。
それが、サラが彼女に抱いた印象だった。
「……おねぇちゃん、だれ?」
歌を止めた彼女は小さく首を傾け、サラに問う。
その声も仕草までもが可愛らしいものだから、サラは小さく確信した。……まともに生きられる目はないって、そういう意味でもか!
見た者が十中八九魅了される少女。
そりゃあ、こんなの外には出せない。出しようがない。出した途端に色々と凄まじいことになって終わりである。
これほどまでに無策で外に出した時の展望が想像しやすい子もいないだろう、なんて感想が漏れてくるほどだ。
ふと背後に視線を向ければ、先程まで貞淑に佇んでいたはずのメイドさんが悶えている。
……メイドよ、お前もか。
これ、信用ならないのはメイドさんの方だったんじゃ、と疑いつつ視線を戻す。
──不思議そうにこちらを見上げる彼女と目があって思わず呻いた。
やめてくださいそんな綺麗な目で見ないで色々焼ける。……なんてことをサラが思ったかどうかはわからないが、彼女は一先ず深呼吸して体勢を建て直した。
それから、聖女スマイルで自身を武装し軽く挨拶をする。
「私はサラ。巡礼の旅を続けるしがない聖職者です。宜しくね」
「ほぇー、せいしょくしゃ?うんとね、アーリャ、それよくしらない……」
言葉の意味が分からなかったらしく、しゅんとなる少女。……何故だか凄まじい罪悪感に襲われるが、説明のしようがないのでとりあえず放置。
代わりに、彼女の名前を聞くことで興味をそらすことにする。
「お姉ちゃんの名前は教えたから、貴方の名前を教えて欲しいな?」
「うん?えっとね、アーリャはね、アルヴィナっていうんだよ!」
白いフリルのついた袖をパタパタさせながら、彼女は満面の笑みで言う。……背後で誰かが倒れた気がするが放置。
──アルヴィナ。
確か、ユシアの古い言葉で白だとか純粋だとかいう意味だったか。
わざわざ
「……そう考えると、愛してはいるのかな」
「……?」
彼女の隣に座りながら小さくぼやけば、当の彼女はよくわからないのかまた首を傾げている。
その姿に「なんでもないよ」と返して、彼女の頭に手を置き、優しく撫でてやる。
最初びっくりしたような顔をしていたアルヴィナは、やがて気持ち良さそうに目を細めた。心地良さそうに唇から漏れる鼻唄がこれまた可愛らしい。……背後で何かが跳び跳ねる音が聞こえた気がしたが気にしない。
「よし、サラお姉ちゃんと遊ぼっか?」
「ふぇ?え?え?あそんでくれるの?アーリャとあそんでくれるの?!」
撫でるのを止めて、彼女に小さく笑ってあげれば。
最初は離れた手を名残惜しそうに見ていたものの、徐々に笑みが浮かび、目が爛々と光輝いていく。
……喜び過ぎでは?と思わなくもないが、背後で
……遊んでやれよと言うのも無責任かなぁ、なんて。
全身で喜びを表現するアルヴィナの様子を見ながら嘆息するサラなのだった。
部屋の中でできる遊びなんて大したものではないが、それでもアルヴィナは大喜びで一つ一つの遊びを楽しんでいた。
あまりに楽しそうに遊ぶものだから、サラもついつい本気で相手をしてしまった。
──なので、気が付いたら外が真っ暗だったのは別に誰のせいでもない、と思う。
「……えー、かえっちゃうのー?」
「んー、流石にここで寝泊まりはさせてくれないんじゃないかなー」
分かりやすく落胆するアルヴィナに頬を掻くサラ。
……流石にこの部屋で一晩を明かすのは憚られる。お付きのはずのメイドさんがそのまま冥土に行きそうになっているので、早急に戻るべきというのも無くはないのだが。
それ以上に、あまり深入りするものではないと自身の勘が告げているのもあった。
……ずっと一緒には居られない以上、どこかに線引きは必要だ。それが夜まで遊ぶことというのはどうなのかと思わないでもないが。それでも、別れというものは必要だろう。──そして、再会の約束も。
「明日もまた来るから。ね?」
「………またきてくれる?」
不安げな彼女の頭に手を置いて撫でてやると、泣きそうな顔をしていた彼女は唇をきゅっと引き締めて涙を我慢していた。
なので彼女に一つ、約束の挨拶を教えてあげることにする。
「じゃあ、約束っ」
「……?なに……?」
右手の小指を立てて、彼女の顔の前に持ってくる。
アルヴィナの右手も同じように小指だけを立たせて、互いの小指を絡めるように組む。
それから、約束の言葉を紡いだ。
「嘘付いたら針千本のーます、指切ったっ」
「え?え?」
困惑するアルヴィナに微笑みを返し、説明してやる。
これは、約束の儀式。
これを行ったのなら、交わした約束は絶対に破ってはいけないのだと。
「私の地元で、大昔流行ったらしいんだよね。……でもうん、針千本って無茶苦茶だよね。一本でも無理があると思うよ私」
まぁ、無理だからこそ破らないんだろうけど。なんて事を言うサラと、自身の小指に視線を交互させるアルヴィナ。……なんだか、とてもぽかぽかするような気がして。
「うん!やくそくー!」
「……はい、約束」
小指だけを立てて右手を突き出す彼女に、サラは微笑みと、同じように小指を立てた右手を顔の横にそっと添えて応えるのだった。
おやすみー、というアルヴィナの声にお休みと返して、後ろ手に戸を閉める。
いつの間にやら元の貞淑さに戻ったメイドさんが手早く扉に鍵を掛けて、行きと同じように階段を先導し始めた。──その背中に声を掛ける。
「……いいんですか?」
「……私共は、アルヴィナ様の安全を御守りするだけですから」
……頑なな人だなぁ、なんて感想を口内に留めつつ、階下に向けて階段を下るサラなのであった。
飼殺の檻・九と一つの呪いの話 @arkfear
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