贈り物 開封


「ナイトレイって、本当に凄い精霊術士なんだな」

「本当には余計だ。そもそも王宮の資格を持つ精霊術士は皆優秀だぞ」

「そうじゃなくって、人望とかだよ。師匠からいろいろ聞いたんだ……その、事故のこととか」

 ロミオの言葉に、思わずといった様子でナイトレイが顔を顰めてみせる。

「あいつ、何を弟子に教えてるんだ」

「師匠は悪くない! 無理に聞いたのは僕だった、んだけど……しばらく夢に見そう」

「悪い事は言わない、早く忘れろ」

 ナイトレイの心底真面目なアドバイスに、ロミオは大人しく頷いて項垂れた。男性にとっては洒落にならない話だったのだ。


 ただ、それをサリアスに悟らせる気はどちらにもない。

 この会話をしているのは、彼女がせっせとプレゼントの開封に勤しんでいるからだ。

 あまりの量に「手伝おうか」と二人で問うたところ、サリアスは実に真面目な顔で首を横に振った。

「私のためにこうして用意してくださったものだから、ちゃんと私自身の手で開けたいです」

 この一言に敵うわけもなく、ただ何か起こった時のためにと二人並んで見守っているわけだ。


 そうして約一時間。まだ三分の一にも到達しない開封状況に愕然としつつ、サリアスは疲れてしまった。気づいたナイトレイがベッドに戻したのだけど、体が休まったことで困惑が顕著になった。

 贈られたものはどれもこれも素晴らしいものばかりで、元奴隷という身のサリアスにはあまりにも不相応過ぎるのだ。

 実用性を重視した物が多い辺りは、流石ナイトレイの同僚と言えよう。ただそれが全て高級なアクセサリーやドレス、戦闘服や装備品になっているのはいかがかと思ってしまう。これらは明らかに高額な加工品だ。

 どう受け止めるべきなのか悩みはじめたサリアスだったが、ふと懐かしいような気配を感じ、視線をプレゼントから宙へと向けた。

 そして聞こえたきたのは、透き通った美しい声。


『あら、こんなにたくさん魔石があるなんて素敵ね』

 クスクス、と上品に笑う精霊の姿を見上げ、サリアスは目を丸くして身を乗り出した。

「マーテル様、ですか……!?」

『そうよ。お久しぶりね、サリアス』


 絵画などでは到底表せない、とてつもない美しさを持つマーテルの姿に、サリアスは呆然と見惚れた。

 金から緑へのグラデーションになっている柔らかくもたっぷりとした長い髪。ピッタリとしたドレスの上に、あちこちがヒラヒラと靡く上着を着ている。肌の色は精霊らしく白に近いのに、健康的に見えるのが不思議だ。その頭には美しいティアラと、そこから髪の毛先まで伝う金のチャームが揺れている。

 あまりの美しさに言葉が出てこないサリアスを見て、マーテル様は悪戯の成功を喜ぶように笑ってベッドにフワリと腰掛けた。

 ようやくハッと我に返ったサリアスがどうしてここにと聞こうとすると、その前にマーテルが話し始めた。

『貴女の覚醒の話を聞いたのに、ナイトレイったら、ちっとも呼んでくれないんだから……自分できちゃった』

 悪戯っぽいウインクに、思わず顔が熱くなる。

 モジモジしながら言葉を探していたサリアスだったが、うまい言い方なぞ出来るわけもなく。結局いつも通りの反応をしてしまった。

「お会いできてとっても嬉しいです! 私の想像よりずっとずっと綺麗で、すごくドキドキしてしまってます。ようやくマーテル様の姿を見られて嬉しいです。それと、あの時はありがとうございました」

『うふふっ、いいのよ。貴女が無事で本当によかったってナイトレイとも話してたんだから。また魔力が増え始めてるみたいだけど、まだ心配するような量じゃなさそうね。ところで、この沢山の魔石……いえ、プレゼントかしら? は、どうしたの?』

「お父さんの同僚の方々から、覚醒のお祝いにと頂いたものです。でも私なんかが、こんなに凄いものを貰っていいんでしょうか……」

 段々と言葉の勢いがなくなっていくサリアスに首を傾げたマーテルは、しかしナイトレイが優しく娘の頭を撫でる様子に目を丸くした。

「貰っていいに決まってるだろう。それよりもマーテル、なぜお前がここにいるんだ? 呼んだ覚えがないが」

 暫く驚いて固まっていたマーテルだったが、その言葉にツンと拗ねた様子で腕を組んだ。

『貴方が中々呼ばないから、自分でここに来たのよ。サリアスが私を見たがっていたの忘れてたんでしょう、もう! 私もお祝いを準備してたのに!』


 場の空気が和んだからか、それまでポカーンと放心していたロミオが大声を上げた。

「ま、マーテル、って、大精霊マーテル!?」

『あら、この子は?』

「私のお友達の、ロミオです。精霊術士になる為にいつも頑張っているんです」

 まあ、と口元を上品に手で覆ったマーテルがフワリと飛んでロミオの顔を覗き込む。突然の接近に驚いたロミオは素早く後退し、ガバッと頭を下げた。

「は、初めまして! ロミオ・ラム・アルトリスです! リアの友達です!」

『サリアスのお友達なのね。私はマーテル、封印の精霊よ。この子の檻は私が作ったものなの』

 その言葉にえっと驚いて、ロミオはジッとサリアスを眺めはじめて、その視線にサリアスは言いようのない緊張を感じた。

 しかしマイペースなマーテルはそれを気にすることなくサリアスの元へ戻ると、ニコリと笑う。

『お友達ができたのね。ねえ、私も貴女をリアって呼んでもいいかしら?』

「はい、もちろんですマーテル様」

 目を輝かせ、とても嬉しそうに笑うサリアス。その様子を見ていたロミオが呆然と呟く。

「本当だ、同じ力を感じる。それに人間の言葉を喋ってる……! 師匠に聞いていた通りだ……!」

 サリアスと同じように目をキラキラと輝かせながら、ロミオはマーテルを見つめている。


 しかしサリアスは封印の精霊という言葉がよくわからず、話がよくわからない。それを察してくれたのか、すかさずナイトレイが説明した。

「リア、精霊はこの世界にたくさんいるが、得意とする術は個々によって違うというのは知っているな?」

「はい。だから契約する精霊をよく考えて決めなければならなくて……でも抜け穴はあって、上位の精霊と契約すれば、他の精霊の術も使えると本で学びました」

 学んだことをそのまま伝えると、ナイトレイは優しく微笑み頷く。その隣でニコニコしているマーテルはなんだか嬉しそうに見えた。


「その通りだ。上位の精霊というのは大きく三つにわかれている。上級精霊、大精霊、そして精霊王。最も強い力を持つのは精霊王だ。大精霊はその次、上級精霊はその次と言った順に俺たちは分けて呼んでいる」

『その中で大精霊と呼ばれてるのが私。大精霊は、上級精霊って呼ばれてる子達とは違う、ちょっと特殊な術が得意なの。私の場合は封印だけど、他にも共鳴とか幻覚とか色々あるわ』


 共鳴、幻覚といった術は初めて聞く術だ。

「そんな術があるんですね。初めてお聞きしました。じゃあ上級精霊はどんな術を使うんですか?」

「上級精霊までの精霊と精霊王は、火、水、土、風、光、闇、そして星の七元素に関連する属性の術に特化している。精霊王は一つの属性に一体、合計七体存在しているが、彼等も同じ様に自分の属性の術のみを使う。わかるか?」

「はい」

 わかりやすい説明に大きく頷いた。

 サリアスは主に本を読んで勉強をしているが、その中には元素のことも記述されていた。

 カトレーナが契約している精霊、ウェンディは、水の属性を持つ上級精霊だということも教えてもらったのもある。

 けどそれならば上下関係が曖昧になるなと、サリアスは首を傾げた。

「あの、序列……等はどうなるのでしょう? 抜け穴が使えるのは、上級精霊か精霊王と契約した術士のみということになるのですか?」

『それについては私達の中でもあまり明確な区分けはしていないわ。普通の精霊から大精霊が生まれたりもするしね。だから序列というよりは派閥って感じかしら? 私は火の精霊王イフリート様の傘下にいるから、ナイトレイの呼び出しにも応じることができるの』

「誰かと契約をしていてもですか?」

『ええ、そうよ。私はまだ契約をしていないけど、ナイトレイの他にも何人かの召喚に応じるわ。契約していても、自分の派閥のトップから要請があれば召喚に応じるの。ただし、術を使っている最中はダメだけどね。あくまで最優先は契約者だから』


「そうなんですね。詳しく教えてくださって、ありがとうございますマーテル様」

 深々と頭を下げるサリアスの頭を優しく撫でて、マーテルは美しく微笑んだ。


 

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