第27話:嘘つきは冒険者の始まり(最終回)

「おい、これはどういうことだ。めが……ジョゼフィーノ様」


 縛り上げられたオレは、目の前に立つ眼鏡メイドを見上げた。

 その顔は冷ややかな笑みを浮かべている。

 ……行き遅れってのは、流石にまずかったか。

 処される?まさかオレこのまま処されちゃう?


「ようこそレダさん、お待ちしてました」


 目が笑ってねえぇぇぇぇぇぇぇ。

 笑顔なのにめっちゃこぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ。


「そ、それはどうも……。

それで、オレは何故このようなことになってやがるのでしょうか?」

「それはもう、貴方の胸にでも聞いていただければ良いかと」


 やっぱり処されるのねオレ。

 お貴族様に無礼なこと言ったばっかりに処されちゃうのねっ。


「そのくらいにしておいてあげなさいな、ジョゼ

いくら不敬だとはいえ、その、こん…きとかいろいろ、その……」

「いえ王女殿下決してそのようなことではっ」


 うわぁ、王女様めっちゃ気にしてるよ、悲しそうな顔してるよ。


「ご安心くださいっ。王女殿下は私がいつまでもお守りしますっ!」

「えっ……あぁ……うん、ありがとうマックス」


 女騎士は予想通り駄目な子だった!!


「あのぉ……すんません。オレが変なこと言ったばっかりに」

「いえ、もう……いいですわ」


 全然良さそうじゃない!

 空気最悪じゃん、ここ魔界らしいけどな!


 そう、オレは今魔界にいた。

 何故わかるかって?

 そりゃ、周り見渡せばいかにも魔界って感じの景色が広がってるしさ。

 変な匂いもするし、変な叫び声もそこかしこで聞こえるし。

 勇者隊とその向こうにいるお連れの皆さんよく平気だよねこんなトコにいて。

 それはともかく。


「あのーさっきも言いましたけど、お三方……だけじゃなく公爵ご令嬢様も枢機卿のお孫様もすっごい美人じゃないですか。

 公爵ご令嬢も言ってましたけど、とっとと魔王でも何でも倒して箔つけて戻ったら、わりとその後の人生ウハウハになりません?

 王族貴族の方々のご結婚に美醜なんか関係ないとか聞きますけど、それでもどうにでもなりませんかね。

 ほら、眼鏡——じゃなくてジョゼフィーノ様の魔術とか勇者支援機構とか、それあったらそれこそ王家乗っ取りでも何でもし放題?みたいな、あはははっははぁ……」


 この際とばかりに、思ってること全部言ってみた。

 あとは野となれ山となれだ。

 オレは上目遣いに王女様たちを見た。

 チラっ。


「貴様っ、不敬にも程があるぞ!」


 案の定、真っ先に反応したのはポンコツ女騎士。

 お前なんかポンコツだけで充分だが、エリカと区別がつかなくなりそうだから我慢しておいてやる。


「ま、まあマックス、お待ちなさい」

「しかし、王女殿下っ」


 おや、王女様が止めてくれた。


「ねえジョゼ」

「はい王女殿下。ここで始末しますか?」


 眼鏡もやはり物騒だなオイ。


「それは駄目でしょう。何のために呼んだのか分からないではありませんか」

「冗談です、王女殿下」


 ダウト!

 絶対に、ダウト!その目、殺る気満々だよねっ。


「始末したい気も分からなくはありませんがね……。

それで、ジョゼ。先程の案どうかしら?」

「先程の案、とは?」

「先程、レダ——Bランクの戯言にあったでしょう?」

「……なるほど。悪くはないかと」


 ……え?

 ヤバくね?

 オレの、それこそ戯言に何か得る物あったの?

 どこに?聞きたくないけど、どの辺に????


「それはそうと王女殿下。そろそろかと」

「そう。ではBランクの出番ですわね」

「立ちなさいレダさん、来ますわよ」

「来るって、何が……?」

「あ、来ましたわ。ジョゼ」

「はい。『フルプロテクション』」


 オレ以外の勇者隊全員に、防御魔法が飛んだ。


「え、オレは?」


と呟いた時歪んだ空に何か光が見えた。

次の瞬間、その何かは目の前に何かが突っ込んできた。

オレはそれが触れる瞬間、ようやく何であるのか分かった。


レェェェェェェェェダァァァァァァァァァァァァァッッッ——————!!!!!!


オレはエリカの体当たりを食らい、エリカと共に吹き飛んだ。

ごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろ………べしゃ。


「レダっ、会いたかった!!!!」

「うるせえ死ぬわ加減しろ馬鹿勇者!!!」

「だって、レダの匂いしたし、早く会いたかったしっ」

「だからって、物には限度が……おい、それはなんだよ」

「えへへぇ、ちょっと張り切り過ぎちゃった」


 エリカの左腕が、肩からすっかり無くなっていた。

 彼女は、ちょっとだけ照れていた。


「それ……治せないのか」

「ん-、治す魔力もったいないなーって。片腕でもどうにでもなってたし」

「勘弁してくれよ。何とかならないのか勇者隊で」

「はい。『リジェネレーション』」


 眼鏡メイドの魔術が瞬時にエリカの腕を再生した。


「ありがとージョゼフィーノさん♪」

「どういたしまして」

「ティアも、レダ連れてきてくれたんだね、ありがとね!」

「お構いなく」


 とうとう様も取れたか。

 いろいろあったんだろうなあ。

 それはともかく、だ。


「あらためて、どういうことか教えてくれませんかね、王女様」

「……Bランク——でなくてレダに話してもよろしくて?エリカ」

「嫌だけどぉ……いいよ」




「——で、魔界にきてからエリカがおかしくなった、と。

オレに早く会いたいが為に、魔王どころか魔界まで壊しはじめた。

そういう事ですかね、王女様」

「理解が早くて助かりますわBランク」

「魔界の処理は魔王討伐後、古の手順に従って行わねばならないとされています。

何より我々も巻き込まれて消滅、それだけならばまだしも、最悪魔界のみ消滅、魔王があちら側へ顕現する可能性もあるかと」

 

 眼鏡が冷静に引き継いで、眼鏡をくいっとした。


「えへへへぇ……」


 誰も褒めてねえぞエリカ。


「故にB——レダには人質としてこちらに呼んだ訳ですわ」


 さらっと物騒なこと言うなよ王女様、聞いてねえよそんなこと……。


 魔界に来て、更に絶好調になった勇者エリカ。

 快進撃を続け、第4、第3魔王まで倒したまでは良かった。

 残るは第2魔王と大魔王のみ。

 だが、その後レダに会いたいと駄々を捏ねはじめ、最後は勇者隊を放って単身魔王軍に突入。

 魔王軍どころか魔界そのものを破壊しつつ第2魔王を撃破して現在に至ると。

 ……なんだそりゃ。


「さあ、人質は人質らしくエリカ様を説得なさい、レダ」

「あのなあ王女様……」

「ティアなんてどうでもいいでしょあたしの事見てよっ、ねえ。

ん、レダなんで縛られてるの?まいっかー、レダ褒めて褒めてー♪」


 エリカがオレに絡みつき、頭を擦りつけてきた。

 可愛いが、なんかキャラ変わってね?


「……馬鹿だろお前」

「っ、何でよ!頑張ったのよあたしっ、レダのために!!!」


 呆れ顔のオレに、頬を膨らまして反論するエリカ。

 オレは溜息をひとつ。


「いくらなんでもやりすぎだ。気持ちは分かってやりたいが、勇者隊置き去りにして、その上魔界まで壊してどうすんだよ……」

「だって、だって会いたかったのよっ、レダに」

「それにしたって1年や2年て訳じゃねえだろうが。

今更一週間や10日伸びたところで——」

「そんなに待てないよっ、レダいなくなっちゃうかもしれないじゃないっ!!」

「ちょ、待て。待ってるって言ったよな、オレ」

「言ってくれたけどっ、言ってくれたけどどうなるかわからないじゃないの!

それにあたし、どうにもならないのっ!

レダに、会いたくて会いたくて触れたくてっ……変になりそうなのよ!!」

「お、おい……」

「わかんないのよ自分がっ、なんでレダの事こんなに好きなのか、わかんない!」

「……そりゃぁ……」

「レダの魔力がどうとか、そんなのどうにもならないじゃないの!」

「そうだな。どうにもならないか……」

「でも、レダはどうなの?レダの中にあたしの魔力なんか無いわよねっ。

そのレダは、あたしの事どう思ってるのよぉ……」


 エリカの声が、次第に小さくなっていった。

 涙が、ぼろぼろと零れ落ちた。

 小さな肩が震えていた。

 オレは深く息を吸って、吐いた。


「なあ、エリカ。オレはお前のことが嫌いじゃねえ。

けど、それとお前の好きが同じかどうかは、よくわからねえよ」

「ん」

「でだ、エリカは前に、オレの事を詐欺師呼ばわりしたよな」

「あったね、そんなこと」

「それで、詐欺師は詐欺師らしく、嘘を吐くもんだ。

だから今からオレは、お前に嘘を吐く

お前は……騙されてくれ」


 エリカは涙でぐしゃぐしゃになった顔で見上げてきた。

 そして、すびっと鼻を啜り上げ。


「……ん、騙して。お願い」

「愛してるよ、エリカ。だから、行ってこい」

「ん」

「それでよ、あっち戻ったらこの嘘を本当にしよう、二人で」

「ん、最後にぎゅっとして」

「おうよ。その前にこれなんとかしてくれ」


 エリカが触れると、オレを縛っていた縄は一瞬で塵になった。

 人質の意味ねえだろこれじゃぁ……。

 相手勇者様だしなあ。

 オレはエリカの背に手を回し、折れるほどきつく抱きしめた。

 折れるどころか丸太抱いてるみてえに微動だにしねえわ、とは口に出さず。

 小枝ぐらいしかないのにな。


「あのー、お二人さん」


 公爵令嬢の声がした。

 振り向くと、手に石板持ったままジト目で睨んでる。

 オレはエリカを抱く手を緩めたが、彼女の方が放してくれない。


「……クラリス様、何でしょうか?」

「いい加減、行くならとっとと行ってきてくれない?エリカ様。

 暁の支援続けるの結構大変なんですけどぉ?」


 ……すまん、すっかり忘れてたわ!!

 オレは、抱きついたままのエリカの頭を撫でた。


「忘れてたが、オレの仲間もわりと大ピンチなんだ、お前のせいで」

「え……?」

「だからな、とっとと大魔王如き倒してきてくれ。

魔界壊さない程度に手加減して」

「……しょうがないわね」


 エリカがオレから離れて勇者隊の方を向いた。


「エリカ様、支援は?」

「要らない。全然余裕、任せて」

「では、ここでのんびりお茶でもしてお待ちしておりますわ」

「待ってて、お茶が冷める前に帰ってくるから」

「エリカちゃんっ……あたしも、エリカちゃんのこと大好きだからねっ」


 君もブレないね、リリィ嬢も。


「ありがと。レダも、リリィちゃんも、どっちも特別。大好きよ。

クラリスも、ありがとうね。じゃあ、行ってくる」


 次の瞬間、エリカは光のように飛んで行った。

 巻き上がる爆風に巻き込まれ、オレだけが吹き飛ばされた。

 そういやオレだけプロテクション掛かってなかったなーとか思いながら。

 勇者隊の、リリィ嬢を除いた面々が、いい気味だって顔してる気がした。


 ……解せぬ。


 オレは、土埃を払いながら立ち上がった。


「なあ王女様、不敬を覚悟で聞いときたいことがあるんですがね」

「なんですかBランク」

「勇者隊の皆さんは、勇者様の…エリカの素顔はご存じで?」


 オレの問いに、王女様が溜息を吐いた。

 後ろに控える眼鏡は苦笑い、女騎士は何のことだという顔。

 ……大丈夫か女騎士。


「当たり前ではありませんか。何年一緒にいるお思いで?」


 王女様は、ふんっと鼻を鳴らした。


「さっきの泣き顔ひっどかったわねー。とても見れたもんじゃいわ」


 公爵令嬢様はニヤニヤと笑った。


「けど……悪くはない、わね。レダも、そう思うでしょ?」


 と続けた。


「ああ、悪くない。わりと……可愛いしな」

「そうですっ、エリカちゃんはとっても可愛いんですっ」


 オレがそう答えると、リリィ嬢が喰いついてきた。

 本当にブレないなあ、リリィ嬢。




 その後、勇者エリカは、本当にお茶が冷める前に大魔王を倒して帰ってきた。

 勇者、マジパねえな。



++++++++++


爽やかな秋晴れの空の下。

ひとりの老人がいた。

彼の周りには沢山の子供達が座り、彼の話を待っていた。

彼が話すのは、胸躍る冒険譚の数々。

子供達はは皆、瞳を輝かせていた。

今日の話は何だろう、と。

彼は口を開くと、ゆっくりと話し始めた。


おじいちゃんは昔、勇者を助けたんだよ。

とっても強くて、可愛い女の子だったんだ。


とても楽しそうに。



















「……ってのはどうよ?」

「それ、誰が信じると思うのよ」

「駄目かーやっぱり」

「あたしが勇者だったって言うくらい無理があるわね」

「そりゃそうか」

「詐欺師にはなれないわね」

「オレは冒険者だしな。騙すなら、ひとりだけでいい」

「ん、知ってるわ」

「お前は今日も可愛いなあ」

「ん、それも知ってる」


 どこかの国のどこかの街

 ひとりの男と、その隣に寄り添うひとりの女。

 どちらも冒険者風の身なりをしていた。

 女は、男と出会った頃の面影を残しつつも、今では年相応の魅力が溢れている。

 彼女が笑うと、彼もまた、笑った。

 楽しそうに、幸せそうに。




「おーい、そろそろ出発するよ。レダ、セリカ」


二人の前方には5人の男女、そのリーダーらしき爽やかな男が声を上げた。


「おし、行くか」

「ん」


 男と、その隣に寄り添う女は互いに小さく頷くと、前方を歩く5人の男女に向かって足を速めた。



 春を迎えた空は、どこまでも青かった。


 

 





【おわり】

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晴れ、ところにより勇者 じょん @cap_ori

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