今年の夏は始まったばかりだ

容赦なく照りつける太陽、天高く伸びる入道雲、うるさい蝉共、ムワッとした空気、テレビから聞こえて来る甲子園の実況、たまに吹く風を彩る風鈴の音色、頬に張り付く髪。


そして畳の床に置かれた扇風機の前で横になる私。


私が住んでいるような山奥のど田舎にはコンビニやマクドなどと言った涼める場所どころかショッピングモールも無い。


あるのは大自然だけである。


やる事も無ければ行く所もなく、夏休みの宿題は三日で終わった。


友達の家に行くにしても一番近くて山一つ向こうで、行く気にすらならない。


YouTube観ようにもギガなどとっくに食い潰している為重過ぎて話にならないし、ネット回線は引いていないのでWi-Fiも使えない。


八方塞がり、後は煮るなり焼くなりお好きにどうぞ状態である。


それでも小学生の頃は川に行っては泳ぎ、山に行ってはカブトムシなんかを獲ったりして日が暮れるまで遊んでいたのだが、高校生にもなれば行かなくなった。


ただこうして畳の床で寝転がり、一日が過ぎていくのを待つだけである。


たまの楽しみと言えば親の買い物に付き合う時くらいのものというのも、貴重な女子高生の時間を費やしているように思えて来る。


彼氏がいたら、いや、近い歳の異性が近所にいたのならばまた違ったのだろうか?


しかし悲しい事にこの村には私の他に六歳下の小学生の妹と、小学生の男児しかいない。


同年代の異性が身近に居る妹が羨まし過ぎる。


どうせ今頃川か山かで二人でイチャコラ遊んでいるのだろう。


そんな感じで大人気なくも妹に嫉妬しながら持て余した時間を潰していたその時、庭から車が砂利の上を通る、親の車よりも低い音が聞こえて来る。


来たっ!


その音が聞こえるだけで鼓動が激しくなるのが嫌でも分かる。


その鼓動の激しさは年々強くなる一方だ。


「ごめんください」


そう言って玄関から声をかけて来るのは、予想通り私の六つ上のお兄ちゃんである。


お兄ちゃんと言っても本当のお兄ちゃんじゃなくて隣の家の一人息子で小さい頃に良くお兄ちゃんお兄ちゃんと後ろをくっついて遊んだものである。


お兄ちゃんは高校を卒業と同時に東京の大学へ行き、そのまま東京で就職した為滅多に帰ってこない。


年に一回帰って来れば良い方だ。


「とー(玄関)開いちょーきん、勝手に入りやー」

「全く、無防備な」

「ええがええが。どうせ周りは老人だけやきん、万が一襲われても逆にしばいたるわ」

「そういう事じゃなくてだな、泥棒とか──」

「それよりも何ね?会う度に標準語になってくし、雰囲気も都会人ぽくなりよってからに生意気な」

「別にええじゃろ」

「何か気持ち悪い」

「おまえは相変わらずの減らず口やんな」


そう言ってお兄ちゃんは私の頭をぐりぐりと乱暴に撫でて来る。


本当は、私やこの村の事を忘れて行っているように思えて嫌なのだが、羞恥心が勝って正反対の言葉を言ってしまう。


因みに和式の部屋は外から丸見えである為私は不動の構えである。


「それよりも年頃の娘が何ちゅー格好しとんね」

「ええーがええーが。誰も見ぃーひん」


そう思うのなら少しは私の事異性として見てくれたってええやんか。


そんな事を寝そべりながら思うものの、思うだけ。


私が六歳下の妹達を子供だと思うように、お兄ちゃんも六歳下の私は子供でしか無い事くらい痛い程理解しているから。


「そんで、急ぅーにどーしたが?」

「ああ、久しぶりにドカンと纏まった休みが貰えてな、ここ数年墓参りも行ってなかったし良い機会だから帰ろうと思ってな。そんで東京のお土産持ってきたから───」

「ほんまぁっ!!やったやったっ!!東京のお土産やっ!!」

「ちょっ!おま見えてるっ!!見えてるからっ!!」


四つん這いになって獣のように玄関へ向かったのが悪かったのだろう。


胸元が空いて丸見えだったようだ。


花より団子。


こんなんだから未だに私は子供扱いをされるのだろう。


そう思い、羞恥心よりも情けなさで一気にテンションが下がる。


きっとお兄ちゃんも残念な娘を見るような表情をしているのだろう。


そう思い恐る恐るお兄ちゃんの顔を覗くと、そこには顔を真っ赤にしてそっぽを向くお兄ちゃんの姿があった。


お土産も心なしかお父さんお母さんが好きそうな物より、どちらかというと私が好きそうな生菓子類が多く入っているでは無いか。


私はお土産と顔を真っ赤にしたお兄ちゃんを交互に見る。


コレは、ひょっとして、期待しても良いのではなかろうか?


今年の夏は始まったばかりだ。

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