時間の問題

私はこの学園のヒエラルキートップである男性、上野が嫌いだ。


ただイケメン、高身長、運動神経が良い、話し上手というだけで何の努力もせずピラミッドの頂点に居座っているのが気に食わない。


嫉妬であるという事は十二分に理解している。


だけれども、人並みに生きるにはコツコツと好きでもない物を継続しなければならない私からすれば憎いと思う事くらい許してくれたっていいではないか。


人間皆平等とは言うけれども、ただ生まれただけで勝ち組がいるのもまた事実であり、その人達と私とでは人生におけるしなければならない努力の総量はどう考えても平等ではない事くらい理解している。


だから私は上野が嫌いだ。


私の容姿は勝ち組ではないから化粧の努力も人一倍。


学校は化粧禁止だからばれないようにする知識や技術も必要。


頭も良くないから人一倍勉強しなければならないし、話す事も苦手で上手く会話ができない為、空気を壊さないように、常に笑顔になるよう気を付け、場の空気を読む努力をする。


これでようやっと人並みだと私は思いたい。


ここまでやってまだ人並み以下だと言われたら、私は恐らく立ち直れない自信がある。


そんなある日、いつもつるんでいるグループの、私を見つめる目線がおかしい事に気付くも気付かないふりをしていつものようにニコニコしてやり過ごそうとする。


「小百合っていつもニコニコしてるよね?何で?」

「えっと、あの……その、えへへ。そ、そうかな?」

「そうだよ?だって───」


その時バッキという音が教室に響く。


「───ほら。シャーペンを折られても笑ってるじゃん。何なの?自分の意志無いの?ロボットかよ、気持ち悪い」

「ご、ごめんなさい」

「悪いと思っているならニコニコ笑ってんじゃねぇーよっ!この泥棒猫がっ

!」


意味が分からない。


何が悪いのかも分からない。


泥棒猫と言われる理由も分からない。


ただ、私の積み上げて来た努力は無駄だったんだという事だけは理解できた。


それでも彼女の口は止まる事をしらず、喚き続ける。


そして彼女の話を聞くにつれてある程度の事は分かった。


昨日彼女は上野に告白して、好きな人がいるからと振られたのだが、その好きな人というのが私だと言ったのだそうだ。


そして、私が裏で糸を引いているという被害妄想から私を今攻撃している、と。


なんだそりゃ。


「お前たちは小百合のどこを見てるんだ?」

「へ?」

「う、上野君……」


そんな時、他のクラスメイトですら誰一人止めようとしてくれる人が現れない中、上野だけが動き、私達へと声をかけてくれる。


しかし、事の発端はコイツだ。


信用ならないと身構える私と、それとは対照的に他の、私に罵声を浴びせていた女生徒は恋する乙女のようになる。


「お前たちは小百合より高いテストの点数を取った事あるか?小百合のように一度も人の悪口を言わないような事ができるか?小百合のように遅刻も欠席もせず毎日学校へ来ているのか?明らかに校則違反のケバイ化粧ではなく、小百合のようにばれないように自分を引き立たせる化粧ができるか?小百合のように、小百合のように、小百合のように───」

「小百合小百合ってなんなのよっ!!こんな不細工より私を───」

「───それだけ小百合はお前達よりも努力をしているって事の裏返しだろ。努力していない奴よりも努力している奴の方が美しく見えるのは至極当然、ましてや振られた理由を他人のせいにしていじめても良いやという考えに思い至るお前達よりかはよっぽど美しいんだよっ!!」


そう上野が叫んだ瞬間、クラスの時間が確かに止まった事だけは覚えている。


その日以降、彼女達とは疎遠になるものの、空気を読む必要も無くなりそれはそれで寂しくもあるものの陰でいじめられるような事も無く快適な生活を過ごせている。


それもこれも全て上野のお陰だという事は理解しているつもりだ。


しかしながらあの日あこまで言われて惚れない私もどうかしてる。


でも、今まで空っぽだった私の中に、確かに上野が入っているのである。


それこそ、もう少しで上野に落とされてしまいそうなくらいには、私の中の上野は存在感を放っている。


あれだけの事を言われたのだけれども昨日まで嫌いだった人間を急に好きになれる訳もなく、惚れる理由にはなりえないけれども、惚れる切っ掛けにはなるのは十分すぎた。


きっと上野も私たちの見えない裏側で努力をしていたからこそ、他人の努力に気付いたのだろうと、今では先入観に囚われず思えるようになった。


当たり前だ。


何かの頂点というのは、それが例え学校のヒエラルキーだとしても努力無くして立てるような場所ではない事くらい少し考えれば分かる事である。


だからこそ彼だけが、私の努力を見ていてくれたのだ。


だから、私が上野に惚れてしまうまで時間の問題であるのは仕方のない事なのだ。

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