手の温もり

タマゴあたま

手の温もり

「ねえねえ。腕相撲しない?」


 後ろから声をかけられて、僕は本を閉じながら振り返る。


「腕相撲?」

「そう。腕相撲」


 僕の後ろの席の桐原きりはらさんはすでに机に肘を立てて準備している。やる気満々だな。


「なんで?」

「なんとなく? 暇だし」

「暇だからって腕相撲は浮かばないと思うなあ」

「で? やるの?」


 桐原さんは手をにぎにぎとしながら笑う。


「いや、しなくていいかな」


 わざわざ腕相撲をやる理由はないからなあ。本の続きも読みたいし。


「勝ったほうにジュースおごるってのはどう?」


 桐原さんがにやっと笑う。


「乗った」


 即答した。


 こういうことが絡むなら話は別だ。勝てばジュースが飲めるし、負けてもそこまで痛手ではない。


「よーし。絶対勝つからねー。ほら、手だして」

「うん」


 机に肘をつき桐原さんと手を合わせる。

 桐原さんの手って意外に柔らかいな。少し暖かいし。

 ――いやいや! 今は勝負に集中しなきゃ!


「準備は良いね? レディーゴー!」


 僕は手にぐっと力を入れる。でも力は入れすぎないように。


「あ。さては本気出してないなー。そんなんじゃ負けちゃうよ?」


 むむっ。桐原さん意外に力が強いな。やばい。予想外だ。

 僕はさらに力を入れる。悠長なことは言ってられない。

 それでも僕の手は手の甲のほうへと傾いていく。


「やったー! 勝った~!」


 桐原さんの嬉しそうにガッツポーズをとる。

 ついに僕の手の甲が机についてしまった。


「まさか負けるなんて思わなかったよ」

「一応鍛えてるからねー。ふふふー」


 桐原さんは自慢げだ。


「約束は約束だからね。ジュースは何がいい?」


 財布を持って立ち上がる。


「いや、ジュースはいらないよ。ジュースよりも良いものをもらったからねー」


 桐原さんが微笑んだ。

 僕は何もあげてないと思うけどなあ。

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