1章 少し狭くなった俺の部屋
いきなり現れた謎の少女と一緒に朝ごはんを食べ始めて5分後。
卵かけご飯とキムチを微妙な顔で眺めていた少女だが、食べ始めるとだんだん元気になっていった。
数分前ととても表情が変わっている。
つい先ほどまで今にも死にそうな顔で鼻をすすったり、涙を拭っていたのに、空腹を満たしたら晴れやかな顔をしている。
まだティッシュは必要だが、少女の容体も落ち着いてきてきたことが表情から見て取れる。
彼女と朝ごはんが入っていた茶碗を空にしたのをみて、少し話しかけてみた。
「君はさ、その、どこからきたの?」
なかなか目を合わせきれずにキョドっている俺の顔を、美少女がのぞき込んでくる。
俺の言葉の意図を探すように見つめる綺麗に黄色がかった緑色の眼差しから、俺の視線は逃げるしかなかった。
まさか、俺の人生にこんなシチュエーションがあるなんて。
顔は熱いし、頭の中はパニックで真っ白になってる。
「私は、森から来たの。あなたは私の森に来たことある?」
風のようにささやくような、でも凛と強い声音が返ってきた。
まだ鼻づまりの影響で濁音が混じっていたが、聞き取れないことはない。
想像以上の優しい声の響きに心を奪われる。
もっとこの声を聴いていたい。
忘れないように頭の中でこの少女の言葉を反芻する。
声を記憶しようとする。
だから質問の返答を待っている彼女の視線の意味を理解するのに少し時間が必要だった。
え、ああ、と情けない声で固まった空間を溶かそうとする。
えっと...どんな質問だっけ。「あなたは私の森に来たことある?」か。
いや、おそらくないだろう。
というか、どんな森なんだ、一体。
質問があまりにも抽象的過ぎて答えに詰まる。
「えーと、君の言う森ってどんな場所なの」
「どんな場所、ね。大きい木がたくさんあって、地面には草や花もたくさん咲いているの」
「それを森っていうんだよ」
ヒントはないらしい。
地球上に広がっている数多の森から少女の出身地を特定するのは不可能だろう。
いや、待てよ。
金髪に緑色の瞳、色白という外見の特徴から、彼女の言っている森を割り出せるのではないだろうか。
白人の少女だったら欧米地域に限定できないだろうか。
「あとは、私と同じ子がたくさん住んでいるよ!」
「森に住んでいるの?」
「うん」
ありがたいヒントだったが、やはりどうもわからない。
このご時世、森に住んでいる人なんているのだろうか。
いや、いると思うが俺の知識の中には人が住む森というのは無い。
そもそも森なんて滅多に行かない、というか全く行かない。
少女が住んでいた森に気になって考えていたが、質問の答えは最初から決まっている。
「うーん、無いかな。元々森になんて行かないからな」
少女は「そっか」と呟いて視線を下に移す。
俺はつられて少女の視線の先、何もないフローリングに目を向ける。
その刹那、少女はまた俺の顔を見て口を開ける。
「でもね、私の住んでいる森には春になると辺り一面に花が咲くの。紫の花が多いかな。その季節になると人間がいっぱい来るの」
俺は少女が笑顔で語った森を想像する。
辺り一面に咲き誇る紫の花、人が訪れるのだから鬱蒼とした危険な森ではなさそうだな。
きっとこの少女のように美しい神秘的な景色が広がっているところなんだろう。
その時俺は違和感を覚えた。
想像力を働かせていた俺の脳はあることに気付いたのだ。
彼女は人間、と言った。
普通なら人とか観光客という言葉を選ぶはずなのに。
人間というワードを選んだ意図。
若干ながらも人間離れしている外見。
「もしかして、君は、妖精だったりする?」
いや、野暮な質問だったか。
俺の能力で召還したとはいえ、人外という可能性は低い。
妖精なんて見たことないし、日本語が喋れる異国の少女を何の因果かで呼び出してしまったのだろう。
妖精を召還する話なんて、あるわけがない。
「そうだよ。私は森に住む妖精。いつもは他の妖精の子や蝶々と戯れたり、空を眺めたり、歌を歌ったりするの」
俺の予想を大きく上回った彼女の返答。
それにしてものどかだな。
平和で暇そうな妖精の日常だが、人間と妖精の世界は違っていて当然だろう。
「いや、でもちょっと待って。妖精だって言われても、どう信じればいいのさ」
聞いたのは自分のくせに。
妖精だという答えを期待していたくせに。
信じたい俺と現実主義者の俺という存在がいきなり火花を散らす。
しかしこの熾烈な戦いも彼女の一つの動作で決着がついた。
少女はさらっとしたストレートの金髪をかきあげる。
そこから見えたのは、鋭く尖った耳。
少女が引っ張っても取れない正真正銘の尖った耳。
「ね?」という顔をして少女が覗き込んでくる。
「はい、信じました」
俺は深々とお辞儀、というか土下座をする。
人生で初めて感動に満たされたと思う。
そう、全てが満たされたのだ。
希望の星なのだ、この少女は。
俺が、俺のためだけに召還したのだから、このエルフは俺の人生を180度変えてくれる俺だけの存在。
だから俺も彼女のためになるんだ。
ずっと隣で笑っていてくれるように。
共に一生を分かち合える仲になれるように。
「まあまあ、もう顔を上げてよ。そんなに気にしてないよ?」
「ああ。妖精ってことはわかったんだけど、聞きたいことが山ほどあるんだがいいか?」
まだ照れを隠すことができず、目線を下げて尋ねる俺を見て少女の表情は次第にもっと明るくなっていく。
「ええ。もちろん。でも私から一ついいかな」
「ああ、なんだ?」
「卵かけご飯とキムチは、君にとっては合う食べ物だろうけど、次からは別の組み合わせにしてくれないかな」
なんだと思ったら、食のことか。かなり食にうるさいタイプなのかな。
次からは気を付けよう。
俺が決心した瞬間。
ものすごい音が俺の部屋に響いた。
怒涛の勢いで彼女がくしゃみをしたのだ。
会話が続いたが、会話の合間合間に少女はティッシュを手放さなかった。
まだまだ花粉症は治っていないんだな。
「あともう一ついいかな」
「なんだ」
「先程から君は苦しんでいる私をぼうっと見ているだけだけど、本当にキツいんだからね!」
と言ってズビズビと鼻をすする。
花粉症の経験がない俺にはその苦しさがわからないが、配慮をしておこう。
ボッチな俺が美少女エルフを召還した話、ききたい? @aneq
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