禁断の嘘

サクヤ

短編 優しい嘘

 俺はトモキ、年齢は22歳。俺には4つ下の妹、ユウカがいる。


 清純さが服を着たような女。だけど服の下には隠しきれない程の豊満な果実を隠している。


 成長が早く、実の兄ですら小さい時から意識してしまうほどだ。


 長い黒髪をなびかせてユウカは俺の隣に座る。二人分の体重がかかり、ギシッとソファが沈んだ。


 初夏の候、ユウカは先程帰ってきたばかりなのか照りつける太陽のせいで汗をかいていた。


 隣に座るユウカを覗き見ると、汗で胸元が透けてしまっていた。淡いピンク色のブラが見えて俺の心臓はより激しく高鳴った。


 俺の動揺なんかまるで知らないユウカは、こちらを見て言った。


「お兄ちゃん、涼んだらお風呂に入るから、もうちょっとここにいさせてね」


「おいユウカ、スカートひらひらさせたらみっともないって! そんなんじゃ、彼氏が出来たときに幻滅されちまうぞ?」


 俺はいつもこうやって、然り気無くユウカの色恋事情を探っている。そして、答えはいつも同じだ。


「私に彼氏なんかできるわけないよ! だってガサツなんだもん!」


 ユウカはむくれつつ、ソファからピョンと飛び降りた。


「さて、お兄ちゃんがうるさいからさっさとお風呂行くねー」


「うるさいとはなんだ、うるさいとは。さっさと行かないと、お髭スリスリの刑だぞ」


 きゃーっとユウカが風呂場に駆け込んだ。暖かな、俺たちの日常だ。


 だが、この1ヶ月後……ユウカに彼氏が出来てしまった。


「今……なんて?」


「あ、うん……私ね。その、彼氏が出来たの! 昨日告白されてOKしちゃった。さっきも帰りは送ってくれてね、別れ際にキスしちゃった!」


「へ、へぇ……お前の事を好きになるやつがいたなんてな。そいつ、イケメンなのか?」


「そこそこ……かな? ほら、学校行く途中の公園前に住んでる──」


「タカシ、か?」


 名前は知っていた、誰もが認める優等生でイケメン男。芸能界から何度かスカウトされるほどで、決してそこそこのイケメンなんかじゃなかった。


「そう! タカシ君! 胸をチラチラ見てくるのがあれだけど、体育の時とか片付け手伝ってくれたりするし、意外に優しいところがあるんだ」


「ま、お前に彼氏が出来て俺も安心だわー」


 内心は腸煮えくり返るほどに悔しかった。俺がどうしても手に入れられないものをイケメンに奪われるなんて。


 それから俺は何を話したかよく覚えていない。顔を見ていられなかった俺は、適当に返事をしてすぐに自室へ戻った。


 ~次の日~


 今週はもうずっと雨だ。まるで俺の心の中を映し出しているようにも思える。表向きは笑顔で接していても、人目がないところでは地面を殴ったりして荒れていた。


 そんな俺にユウカは追い打ちをかけてきた。明日、彼氏の家に泊まり込みで勉強会をするんだとか。


 いやいや、それは嘘だろ? ヤるための口実だろ?


 テンションはどこまでも落ちていくが、未だに底には辿り着けていない。


 その日の夕方、俺は会社から帰るとベッドに倒れ込んだ。咳は出ないが、身体は酷くダルい。これは完全に風邪だ、マジだりぃ。


 そうこうしているうちに、妹が帰ってきた。


「お兄ちゃん、ただいま! もう~、スーツ脱がないと皺になっちゃうよ──って、熱あるじゃない!」


 あー、ちょっと触れただけでわかるほどなのか。


 受け答えも難しく、意識は遠のいていった。


 気付くと、ユウカが俺の顔を覗き込んでいた。さすがの俺も驚いてしまう。


「……何してんだよ」


「それはこっちの台詞よ。お兄ちゃんが風邪ひいたなら明日行けないじゃない」


 ユウカがむーっと頬を膨らませながら抗議してきた。


 なんだよ、それ。母さん達は共働きで、それでも足りないから俺も働いている。高い学費を俺も一緒に負担してるのに、なんでそんなこと言われなきゃならないんだ。


 俺の気も知らないで、彼氏の話ばかり──もうウンザリだ!!!


「え? ちょっと、お兄ちゃん!?」


 起き上がった俺はユウカを押し倒していた。


「ふざけんな! 俺は、俺は本当はお前のことが好きなのに! なんで彼氏なんか作ったんだよ!」


 もうどうにでもなれ、そんな感情が沸き上がって思いのままに行動した。服を脱がし、下着を剥ぎ取り、穢れを知らない身体を蹂躙した。


「い……やぁっ! やめ、て! ん、んんんんっ!!」


 相手が初めてとか関係無かった。男の欲望をひたすら叩きつけた。何度も、何度も何度も!


 これは愛ではない、もし愛であるならば、初めての女には優しくするはずだ。


 だから言える。これはエゴだと。


 何度か解き放った俺は放心していた。その隙にユウカは逃げ出してしまった。どこか現実味のない、ふわっとした感覚だったが……ベッドの赤い染みが現実であることを物語っていた。


 俺は朦朧とした意識のまま、家を出た。


 雨に当たりながら、ただただ歩き続けた。生まれ育った街を歩くうちに鉄橋の下に行き着いた。


 ここに来るまで妹との思い出が甦ってきたが、ここが特に思い入れの強い場所だった。




『ユウカ、見てろよ? ほれっ!』


 俺の投げた石は川の上を3回飛び跳ねて水に落下した。


『お兄ちゃんすごーい! ユウカもやってみる!』


 ユウカも俺を真似て石を投げるが、腕力と技術がまるで足りていないため、ポチャンと投げ込む形になってしまった。


 ユウカは泣き始め、それを俺が慰める。


 ああ、そんな思い出もあったな……。


 意識が朦朧とするなか、俺は走馬灯のように妹との思い出を思い返していた。


 やがて、思い返すことも出来なくなると、俺は自身の状態を理解し始めた。


 夏なのに寒くなってきたし、こりゃあ──死ぬな。


 風邪引いてるのにずっと雨に当たってきたんだからな、当たり前か。いや、これでいいんだ。心身に傷を負ったユウカが、俺が死ぬことで少しでも持ち直してくれるのなら喜んで死のう。


 瞼はゆっくりと落ち、俺は完全に意識を手放した。


 ☆☆☆


 気が付くと、俺は自分の部屋に戻ってきていた。


「あなた、トモキが目を覚ましたわ!」


「トモキ、大丈夫か?」


 両親が心配そうに話し掛けてくる。どうやら俺は死に損じたみたいだ。


「あなたは丸2日寝込んでいたのよ?」


「2日?」


「河川敷で倒れてるのをユウカが見つけてね。家になんとか連れ帰ったの」


「そうだぞ、いくらユウカと喧嘩したからって、風邪引いたまま飛び出すことはないだろ。本当に心配したんだからな!」


「俺が……ユウカと、喧嘩? それに、連れ帰ったって……」


 そんなはずはない。俺は確かに乱暴した。ユウカの初めてを躊躇なく奪い去った。それなのにユウカが俺を見つけて連れ帰った? 


「勿論、背負ったわけじゃないぞ? タクシーのおじいちゃんと2人で車に乗せて、家に運んでもらったんだ。本当は病院に連れていくべきなんだが、ユウカが自分のせいだからって聞かなくてな……」


「ユウカの、せい?」


「まぁ、目が覚めて良かった。父さん達はもう行くから、ゆっくり休みなさい」


 そう言って、両親は退室した。そして入れ替わりにユウカが入ってきた。俺の顔を見るなり、いきなり飛び込んできた。


「ごめんなさい! 私……嘘ついてたの! いつもお兄ちゃんが彼氏作らないのかって聞いてくるから、本当はお兄ちゃんのことが好きだけど……安心するならって、言っちゃったの! 彼氏いるって、言っちゃったの……」


 幼い時のユウカのように俺の胸で妹が泣き始めた。だけど俺はその背中に腕を回すことが出来なかった。


 いくら両思いだからって、乱暴したのには変わりないからだ。


 それを察してか、妹が顔を近付けてきた。


「お兄ちゃん、最初は嫌だったけど……本当は嬉しかったの。だから、今度こそ……きちんとやり直そ?」


「ユウカ、ごめんな。そしてありがとう」


 互いの唇が静かに触れ合う、次第に交合を深めていき、両親が部屋に来る直前までそれは続いた。




 数年後、本当の意味で恋人となった俺とユウカは両親の元を離れて一人暮らしをしている──ことになっている。


 実際はユウカと2人で住んでいて、まるで夫婦のように生活している。


「あなた、愛してるわ。行ってらっしゃい」


「ユウカ、俺も愛してる。じゃあ、行ってきます」


 これから、様々な困難が立ちはだかると思う。だけどきっと、俺とユウカなら手を取り合って乗り越えられると信じている。


 ……end.

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