Ⅵ 宇宙時計
確かに何かが動き始めている。彼らが
「
カウンセリングが始まると、ドクター
「ゆうこ … 」
思いがけない展開に、友也の敵意は一瞬ひるむ。
「お母さんの話では、君のガールフレンドだったらしい。事故の二週間前に急病で亡くなって、それ以来、君は人が変ってしまったそうだ」
「その話はぼくも先日はじめて聞いたところです。でも、ぼくはここで二度ほど、確かに彼女だという人物を見ています」
「話はした?」
「いえ、彼女は病室には来ず、見舞いに来てくれていると看護師に知らされて待合室へ行ってみたら、うつむいたまま、ひと言も話さずに、詩の書かれた便箋を一枚くれるとどこかへ消えて行きました。その
「どんな詩だったか覚えているかい?」
「観覧車か何かの、悲しい詩です … 。でも、気味が悪くなって捨ててしまいました」
「彼女について他にも何か?」
「いえ、 … 、影の薄い、幽霊か幻影のような感じでしたし。ただ、そう言えば一つだけ、彼女の首に下っていたペンダントのことだけははっきり覚えています。小さなガラスの銘板に【いつかまた きっとここで みんなに会える】と彫りこまれていた言葉が印象的でしたから。それに … 」
「それに?」
「夢の中で見たあの子に ——
友也は用意していた挑戦状をここぞと医者に突き付けた。
「もう一度、ぼくを
「 … 君は私が、夢の内容を君自身に教えた事を不審に思っているのかな?」
古深はたじろぐこともなく、例の子供っぽい光を宿した皮肉でいたずらな瞳を投げ返して来た。
「だが、そういう手段が効を奏するケースもあるのさ。
古深は頷いた。
「いいさ、君自身がそれを望むなら、案内しよう」
君自身?それは本当に自分の望みだったのだろうか?それとも、彼らの台本の中で、そう望まされているに過ぎない台詞なのか?だが、いずれにしろ他に行くべき道はない。もはや薬剤さえ必要なく、少年は古深の暗示に導かれて無意識の世界を戻って行った …
「お兄ちゃん、早く!」
「早く!早く!」
「待って!友子!止まれ!」
友也が追いかける。チビのくせに何て速いんだ。遊園地の方へどんどん逃げて行く。追いついた時には両親からすっかり
「乗ろう、乗ろう!」
顔を火照らせて友子が袖を強く引っ張った。
運よく観覧車の行列はそれほど長くない。ふたりとも、アトラクションの中で一番好きなのが観覧車だった。
「お兄ちゃん、切符、切符!」
自分はただで乗れるくせに、待ち切れない友子がはしゃいで急きたてる。
「ほら」
ポケットから乗り放題パスを取り出して安心させてやる。
「まだかな、まだかな」
順番が近づいてくると、友子はそわそわ、ドキドキ、降りてくる
「どれかな、どれかな … 」
そうして待っている間もずっと、小刻みにぴょんぴょん跳びはねている。
「あーぁ、緑だ」
緑も嫌いじゃない。でも、一番乗りたかったのはその次の黄色の
けれど、ふたりのすぐ後にいた若いカップルが、がっかりした友子の様子を見て、「先に乗せてくれる?」と笑いながら譲ってくれた。
レモンのような箱に乗り込んで、係員が外からドアを閉じる。少しずつ、少しずつ、ゴンドラが
「見て!」
友子が叫ぶ。
持ち上って行く床の向こうにキリンが見えている。その隣は象たちの広場だ。ジェットコースターがいきなり目の前を切り裂いて消えて行き、メリーゴーランドは、はや、眼下の夢の世界だ。
「海だ!」
街並みの向こうに突然海が広がった。嬉しさのあまり、友也は腰を浮かせる。はるかな沖にタンカーがひとつ、銀色の航跡を連れている。
ゆっくりと、ゆっくりと、ゴンドラは空を目指して進み、それに合わせて蒸気オルガンの音楽が、「宇宙時計」のメロディーを延々と巡らせて行った。オットセイの鳴き声が、もうあんなに遠くなる …
誕れたとき
揺りかごを失った
まあいいや
絵本がとじて
三日月を失った
まあいいや
子犬を捨てて
神様を失った
まあいいや
嘘をついたら
友達を失った
まあいいや
金曜日に
妹を失った
まあいいや
ある日突然
仕事を失った
まあいいや
恋人が死んで
昼だけ残った
まあいいや
きのう街頭で
ボタンを失った
まあいいや
からっぽの空と海
でもいいや
いつかまた
きっとここでみんなに会える
それは「可愛いアウグスチン」と同じように恐ろしい歌詞だったのに、曲はどこまでもあどけなく愉し気に、大
( ※ 「宇宙時計」の自作曲はこちら → https://
詩の言葉に当てた童謡ではなく、イメージ曲です )
後の風景 友未 哲俊 @betunosi
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