蛇足という名のその後

 雨の日も少なくなり、曇りや晴れが増えてきた日々。ついに六月も終わりに近づけば、開催されるのは待ちに待った体育祭である。

 祭りというのは、それだけで人々の活気というか、空気というかが盛り上がる。特に私とか一年生にとっては高校初めての体育祭。

 特に晴れの日なんかは、梅雨が明けた頃みたいな、というのだろうか。夏が来たなあというカラッとした天気も相まって、各々様々な理由で浮足立っている。


葵乃あおのちゃんは何の競技に出るの~?」

「うーん、どうしようかな。海藍うみあいちゃんは、何だっけ」

「借り物競争に出ま~す。お題が友達だったら、葵乃ちゃんを引き摺ってゴールに行こうと思うんだあ」


 教室。出席番号の一番と二番らしく、前後で座っている自身の席。体育祭の競技リストを見つつ、海藍ちゃんと駄弁る放課後。


「引き摺られるのは嫌だからお姫様抱っこでお願いしようかな」

「わかった、頑張るね~」

「嘘ですまじでやめてくださいよ、ねえ、ちょっと??」


 冗談だから。ね!!

 にっこりと口角を挙げた海藍ちゃん。笑顔なのに目が笑ってない。めっちゃ怖い。何を考えているんですか嫌だやっぱり知りたくない。


「それで、何に出場するか決めたの~?」

「……まだです」


 うん、話題を変えよう。何の種目に出ようか。体育祭の運営側ではないので、何かしらの競技に出る必要がある。

 体育祭は、それぞれのクラスに六つの色を割り当て、色対抗で競い合うのが椿ノ峰高校流である。一年一組は青色が割り当てられた。青嵐だけに、ちょっと嬉しいなあだなんて思ったのは内緒だ。


「障害物競走とかはどお? 【煉獄】だって、すごい名前じゃん」

「そんなに足速くないしな……、というか名前が物騒すぎんか」

「んも~。選り好みしちゃだめだぞう、葵乃ちゃん」

「それは分かってるけどさ」


 優柔不断なんですよね。なんて思っていたところで。


「――あの、青嵐あおあらしさん」

「はい?」


 聞きなれない男子の声に、海藍ちゃんと鏡合わせのように声のする方へと視線が引き寄せられる。立っていたのは、たぶんクラスメイトだろう。


真向まむかいくんだ、どしたの~?」


 さりげなく名前を呼んで、相手のことを教えてくれる海藍ちゃん、有能。ついさっき見た名前だ。真向まむかい鳩麦はとむぎ。今年の青組の応援ポスターの制作を一年生ながらに担っている子だ。


「あっ。用があるのは、僕じゃなくて。青嵐さんを呼んでほしいって頼まれたんだ」

「私を?」


 誰だろうか。私を名指して呼ぶ人なんてそうそういない。朱灯あけびか、あるいは中学からの知り合いか。先生であれば教室に入ってくるだろうし、本当に心当たりがない。


「えっと、有難う。その人はどこに?」

「廊下で待ってるよ。会話の邪魔をしてしまって、ごめんね」


 それじゃあ。といって真向くんは離れていく。本当に頼まれて呼びに来てくれただけらしい。お手数をおかけしました。


「とりあえず、行ってくるよ」

「いってらっしゃ~い。さりげなく覗いてるねぇ」


 競技リストを預けて、席を立つ。そういえば、どうして真向くんは私を呼びに来たのだろう。出席番号一番、その席は教室前方の出入り口から最も近く、廊下から教室を覗いた目の前。容易に呼び出せる位置にいるというのに。

 その理由は、廊下に出て三秒で理解した。


「あ。――こんにちは、青嵐さんだね」

「……どーも」


 そこには、見覚えしかない毛先の紫陽花あじさい色。

 栗花落つゆりを名乗れるたった二人だけの学生が、二人とも、私を見ている。


 唐突に理解する。

 ああ、


 指輪を返しに行ったあの時、私は意図的に名乗らなかった。名乗る必要性を感じなかったし、ちょうどバスが来たのでささっと乗って距離を取ったのだ。同じバスに乗ってきたけれど、流石に後追いはしてこなかった。

 しかし、彼らは何らかの形で私の名前だけを手に入れることに成功したんだろう。あるいは、私と思われる人の名前を、だ。

 だから、試した。白羽の矢が立ったのが真向くんだったというだけで、クラスメイトである誰かに、を呼び出させる。

 当該の人物であれはラッキー、違うのであれば何食わぬ顔で帰ればいい。そして、真向くんは私を知っていたので、まんまとこうして呼び出された訳だ!


「時間ある? ちょっとはなししたいんだけど」

「あー……すみません! これから帰るところなんで」

「奇遇だな俺たちも帰るところだ」

「紫月、棒読みが過ぎる……。でも帰るところなのは本当だから、話しながら一緒に帰ろうか」

「う、あ、えーっと」

「じゃあ、昇降口で待ってるね」

「来いよ」


 おーう言いたいだけ言って帰っていきやがった。どうやら拒否権はないタイプの交渉らしい。なんということだ、先に昇降口に張られたら確実に逃げられん。

 暗澹あんたんたる思いで教室の出入り口を見れば、心底楽しそうな笑顔を浮かべた海藍ちゃん。うーん可愛いけど絶対面白がってるでしょ。


「葵乃ちゃん、ガンバ!!!」

「……道連れになってくれるんだもんね。体育のときいいよって言ってたもんね。よろしくね。よろしくね」

「ま、巻き込み事故!! だめ!! 絶対!!」

「決定。一緒に帰ろうクラスで一番の友人たる瑠璃るりちゃん」

「も~しょうがないなあ。友達の瑠璃るりに任せなさい!」

「よっしゃ」


 海藍ちゃんに引き摺られて昇降口に行くまで、あと十分。

 友人になってほしいと、紫陽と連絡先を交換させられるまで三十分。

 一方、紫月との口喧嘩でへとへとになって自宅に着くまで、あと一時間。

 さらに朱灯の『お前と友人と栗花落双子が噂になってんぞ』という、連絡アプリのチャットが送られてくるまで、あと二時間。

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椿ノ峰高校の平凡な非日常 蟬時雨あさぎ @shigure_asagi

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