第3話 雨降って虹架かる
まだ降りやまぬ雨の中。ツバコー行きのバス停を遠巻きに眺めつつ、待ち伏せをしていた。
そう、待ち伏せ。誰をって?
まあ順当に
ともすれば、どうにかして目立たない方法で接触するしかないだろう。
そこで思いついたのが、通学時に待ち伏せをしようという割と安直な案だった。
ここで耳寄りな情報屋こと朱灯の出番である。彼女の話によれば、雨の日は他の学生と登校時間が被らないようにしているらしい。人が少ない時間帯を狙って、わざわざ。
何故そんなことをしているのか、理由の見当はつかないが好都合。彼もスクールバスを利用していると聞いたので、こうして朝イチのバスの発車時間に合わせて起きたのだ。
ストーカーとか言わないで欲しい。
車の通りも少なく、ぱちぱちと雨が傘にあたる音だけが響く中。
「バス発車しまーす、……」
バスの運転手さんに不思議そうな目で見られながら、スクールバスの扉が閉まる。あの子見るからにツバコー
そんな考えが見てとれる表情だった。すみません運転手さん。
乗客は十五人程度。普段私の乗るときに比べ、がらんどうにも思える乗車率のバスを見送る。確かに朝早くの登校も悪くないなあ、なんて――思っていた、その時。
「やっぱ間に合わなかった!」
彼は、来た。
バシャバシャと水を跳ねさせながら走りこんで。
周囲をさっと見渡す。絶好のチャンスだった。出発したばかりのバス、邂逅の目撃者となるツバコー生はいない。
深呼吸をして、意を決してから。話しかけるための、一歩目を踏み出す。
いやまあ私だってただの高校生なので。初対面の男子に話しかけるのはちょっとハードルが高いというか。落とし物を拾って渡すのとは訳が違うでしょうが。
ともかく、私は近づいて、話しかけた。なるべくフレンドリーに。
「あの、栗花落くんですよね。おはようございます」
「……えっと、おはようございます」
ファーストコンタクトには困惑しつつ挨拶を返してくれた。背? 高かったね、見上げないといけないくらいには。
それはさておき。
「突然すみません、あの、これ」
話が止まったら詰むと思ったので、とりあえず畳みかけていくことにした。ポケットから、ハンカチ越しに摘み出して掲げる。
「この指輪、あなたのですよね。
「……!!」
驚きつつも、警戒するような顔をする栗花落くん。まあそうでしょう、見ず知らずの女子が無くしたはずの指輪を持ってる。
だからストーカーじゃないです。心優しい一般高校生。
「それで」
まあ話はここで終わらない。持ち主は栗花落紫陽だった。では何故、最初の落とし主は私の届出を拒んだのか?
その答えは目の前にある。
「これを落としたのが、あなた」
視線は、栗花落紫陽くんのその隣。
毛先を赤みがかった紫ではなく、青みがかった紫に染めた、この場にいるもう一人の高校生。
「
「ちょ、ちょっと待ってくれる? どういう話? どうして君は俺に
「わかりました、掻い摘んで話しますと」
つまり、こういうことだ。
『どっちの話……って、どういうこと?』
『やっぱ知らねーンだな。簡単な話だ』
『と、言いますと?』
『この学年に、栗花落は二人いるんだよ』
私は朱灯に栗花落くんを調べて欲しいとだけ伝えた。
何故か?
栗花落という苗字はあまり聞かないし、他に同じ苗字を持つ者がいない、つまりは特定の一人の人物である前提のもとで話していたから。
しかし、違った。栗花落を名乗れるツバコー生は二人いる。それも同学年に。
栗花落紫陽と栗花落紫月。双子である。
これならば説明がつく。
あの日、私の目の前で指輪を落としたのは紫月くんだった。あの反応になるのも頷ける。ぶっきらぼうというか、配慮に欠ける部分はあるとは思うが。
指輪が転がり出てきた理由も、なんとなく予想できる。
双子。背格好も体格も似ている彼らなら、お互いの制服を間違って着てもなんらおかしくはない。間違えて着た制服に指輪が絡まっていたが、気がつかなかったとか。
あるいは、どこかでポケットか、裾か、はたまた襟や袖口か。ボタンなどに指輪を引っ掛けてしまっていたとか。
『紫陽は四組、紫月は十一組だな』
『そっか成程。
『……なンでそこで鶴見先生が出てくるのかね?』
「一昨日、廊下でそちらの指輪を紫月さんが落とされました。私は拾って渡そうと思いましたが、しかし拒絶されました。何故受け取らないのか理由が分からなかったので、真の持ち主を探し、そしてあなたに辿り着きました、ってとこですかね」
* * * * *
「それでそれで、どーなったの?」
「どーなったも何も、これで無事解決だよ」
ランチタイム、お弁当を広げて向かい合って座る。
お相手はもちろん、
「すべての謎は解明され、指輪は持ち主の元に戻った」
指輪の持ち主は、推理通りに栗花落紫陽のものだった。栗花落紫月は兄弟のアクセサリーその一つ一つまで把握しているわけもなく、今回の謎事件が発生したわけだ。
「これ以上はただの蛇足でしょ」
口に放り込む唐揚げ。
今朝の出来事を一通り語り終えた口に、じゅわっと溢れる肉汁が染み渡る。うーんめっちゃ美味しい。最高。
自己都合の早起きで母さんに頑張ってもらうのは気が引けたので、前日の唐揚げを残してもらって今朝揚げたのだ。料理の才能が開花してしまったかもしれない。
「ええ〜、ほんとに?」
「本当に。おしまい。ちゃんちゃん」
「……ストーカーの疑惑は晴れた?」
「だから!! 違うと!! 言っておるだろ!! 何回私の話を一時停止させるのさ!!」
まったく、第三者が聞いていたらあらぬ誤解を受けてしまうところである。勘弁してほしい。こちとら平々凡々な女子で向こうはクラスの人気者とクールな感じが受けるらしいネームバリューありありな双子だ。
何か、たぶん確実に負ける。
だけれども、だ。
「海藍ちゃんの言いたいことは分かるよ」
これは朱灯に聞いた話だが、なんと彼らにはファンクラブなるものがあるらしい。フィクションの中のお話かよ、と思ったが現実である。マジで存在、活動中である。
ファンクラブができるに至るまでは、色々あったらしい。
詳しく聞きたいか? と聞かれたけどやめた。色々は色々。
「まーでも?
最初こそばっちり警戒されていたものの、最終的には笑顔でお礼を言われたぐらいだ。先生に呼び出しを食らうとか、そんなんはないだろう。そう信じたい。
「
「バレなきゃいいの、バレなきゃ」
「割と友人以外には辛辣なとこあるよねえ……そこがイイと言えばイイ!」
「はいはい有難う海藍ちゃん」
最後の唐揚げをぱくり。最後のご飯も一緒にぱくり。
うん、美味しい。空になったお弁当と反対に、胃袋が満たされて幸せな気分である。口直しにお茶でも飲んどくか。
「あ! 葵乃ちゃん窓! 窓の外見て!」
「ん? おおー」
窓の外を見れば、今朝のざんざん降りはどこへやら。濡れた木々に、青い空に、ところどころの白い雲と。
「綺麗な虹じゃん」
「ね! こんなのが見れるなんていいことありそうだ〜」
「……それは気のせいでは?」
「葵乃ちゃん冷たい爬虫類みたい」
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