第3話 雨降って虹架かる

 朱灯あけびと一緒に帰ったその翌日。つまり今日の朝。

 まだ降りやまぬ雨の中。ツバコー行きのバス停を遠巻きに眺めつつ、待ち伏せをしていた。


 そう、待ち伏せ。誰をって?

 まあ順当に栗花落つゆりくんを、である。


 海藍うみあいちゃんの話からするに、男子からの人気もさることながら、女子からの人気も高い。つまり学内で話をすると悪目立ちをしてしまうことが想像に難くない。

 ともすれば、どうにかして目立たない方法で接触するしかないだろう。

 そこで思いついたのが、通学時に待ち伏せをしようという割と安直な案だった。


 ここで耳寄りな情報屋こと朱灯の出番である。彼女の話によれば、雨の日は他の学生と登校時間が被らないようにしているらしい。人が少ない時間帯を狙って、わざわざ。

 何故そんなことをしているのか、理由の見当はつかないが好都合。彼もスクールバスを利用していると聞いたので、こうして朝イチのバスの発車時間に合わせて起きたのだ。

 ストーカーとか言わないで欲しい。


 車の通りも少なく、ぱちぱちと雨が傘にあたる音だけが響く中。


「バス発車しまーす、……」


 バスの運転手さんに不思議そうな目で見られながら、スクールバスの扉が閉まる。あの子見るからにツバコーせいだ、でも普段この時間帯に見ない顔だな、あれ君まだそこに居るのバス乗らないの。

 そんな考えが見てとれる表情だった。すみません運転手さん。

 乗客は十五人程度。普段私の乗るときに比べ、がらんどうにも思える乗車率のバスを見送る。確かに朝早くの登校も悪くないなあ、なんて――思っていた、その時。


「やっぱ間に合わなかった!」


 彼は、来た。

 バシャバシャと水を跳ねさせながら走りこんで。


 周囲をさっと見渡す。絶好のチャンスだった。出発したばかりのバス、邂逅の目撃者となるツバコー生はいない。

 深呼吸をして、意を決してから。話しかけるための、一歩目を踏み出す。

 いやまあ私だってただの高校生なので。初対面の男子に話しかけるのはちょっとハードルが高いというか。落とし物を拾って渡すのとは訳が違うでしょうが。

 ともかく、私は近づいて、話しかけた。なるべくフレンドリーに。


「あの、栗花落くんですよね。おはようございます」

「……えっと、おはようございます」


 ファーストコンタクトには困惑しつつ挨拶を返してくれた。背? 高かったね、見上げないといけないくらいには。

 それはさておき。


「突然すみません、あの、これ」


 話が止まったら詰むと思ったので、とりあえず畳みかけていくことにした。ポケットから、ハンカチ越しに摘み出して掲げる。


「この、あなたのですよね。栗花落つゆり紫陽しようさん」

「……!!」


 驚きつつも、警戒するような顔をする栗花落くん。まあそうでしょう、見ず知らずの女子が無くしたはずの指輪を持ってる。

 だからストーカーじゃないです。心優しい一般高校生。


「それで」


 まあ話はここで終わらない。持ち主は栗花落紫陽だった。では何故、最初の落とし主は私の届出を拒んだのか?

 その答えは目の前にある。


「これを落としたのが、あなた」


 視線は、栗花落紫陽くんのその隣。

 毛先を赤みがかった紫ではなく、青みがかった紫に染めた、この場にいる


栗花落つゆり紫月しづきさんだったんですね」

「ちょ、ちょっと待ってくれる? どういう話? どうして君は俺に指輪これを?」

「わかりました、掻い摘んで話しますと」


 つまり、こういうことだ。


『どっちの話……って、どういうこと?』

『やっぱ知らねーンだな。簡単な話だ』

『と、言いますと?』

『この学年に、


 私は朱灯に栗花落くんを調べて欲しいとだけ伝えた。

 何故か?

 栗花落という苗字はあまり聞かないし、他に同じ苗字を持つ者がいない、つまりは特定の一人の人物である前提のもとで話していたから。

 しかし、違った。栗花落を名乗れるツバコー生は二人いる。それも同学年に。


 栗花落紫陽と栗花落紫月。


 これならば説明がつく。

 あの日、私の目の前で指輪を落としたのは紫月くんだった。あの反応になるのも頷ける。ぶっきらぼうというか、配慮に欠ける部分はあるとは思うが。


 指輪が転がり出てきた理由も、なんとなく予想できる。

 双子。背格好も体格も似ている彼らなら、お互いの制服を間違って着てもなんらおかしくはない。間違えて着た制服に指輪が絡まっていたが、気がつかなかったとか。

 あるいは、どこかでポケットか、裾か、はたまた襟や袖口か。ボタンなどに指輪を引っ掛けてしまっていたとか。


『紫陽は四組、紫月は十一組だな』

『そっか成程。鶴見つるみ先生が知らない訳だ』

『……なンでそこで鶴見先生が出てくるのかね?』


「一昨日、廊下でそちらの指輪を紫月さんが落とされました。私は拾って渡そうと思いましたが、しかし拒絶されました。何故受け取らないのか理由が分からなかったので、真の持ち主を探し、そしてあなたに辿り着きました、ってとこですかね」



 *  *  *  *  *



「それでそれで、どーなったの?」

「どーなったも何も、これで無事解決だよ」


 ランチタイム、お弁当を広げて向かい合って座る。

 お相手はもちろん、海藍うみあいちゃんだ。


「すべての謎は解明され、指輪は持ち主の元に戻った」


 指輪の持ち主は、推理通りに栗花落紫陽のものだった。栗花落紫月は兄弟のアクセサリーその一つ一つまで把握しているわけもなく、今回の謎事件が発生したわけだ。


「これ以上はただの蛇足でしょ」


 口に放り込む唐揚げ。

 今朝の出来事を一通り語り終えた口に、じゅわっと溢れる肉汁が染み渡る。うーんめっちゃ美味しい。最高。

 自己都合の早起きで母さんに頑張ってもらうのは気が引けたので、前日の唐揚げを残してもらって今朝揚げたのだ。料理の才能が開花してしまったかもしれない。


「ええ〜、ほんとに?」

「本当に。おしまい。ちゃんちゃん」

「……ストーカーの疑惑は晴れた?」

「だから!! 違うと!! 言っておるだろ!! 何回私の話を一時停止させるのさ!!」


 まったく、第三者が聞いていたらあらぬ誤解を受けてしまうところである。勘弁してほしい。こちとら平々凡々な女子で向こうはクラスの人気者とクールな感じが受けるらしいネームバリューありありな双子だ。

 何か、たぶん確実に負ける。

 だけれども、だ。


「海藍ちゃんの言いたいことは分かるよ」


 これは朱灯に聞いた話だが、なんと彼らにはファンクラブなるものがあるらしい。フィクションの中のお話かよ、と思ったが現実である。マジで存在、活動中である。

 ファンクラブができるに至るまでは、色々あったらしい。

 詳しく聞きたいか? と聞かれたけどやめた。色々は色々。紫月あおの方が、女が苦手と明らかに主張するくらいには。今思えば、早朝登校とかの理由はこの辺りからきているのかもしれない。


「まーでも? 紫月あおの方が私と会ったことを思い出して、紫陽あかの方が紛失のタイミング的に盗んだとかありえないって断言したから大丈夫でしょ」


 最初こそばっちり警戒されていたものの、最終的には笑顔でお礼を言われたぐらいだ。先生に呼び出しを食らうとか、そんなんはないだろう。そう信じたい。


葵乃あおのちゃん……流石に色で言い分けるのどうかと思うよ……??」

「バレなきゃいいの、バレなきゃ」

「割と友人以外には辛辣なとこあるよねえ……そこがイイと言えばイイ!」

「はいはい有難う海藍ちゃん」

 

 最後の唐揚げをぱくり。最後のご飯も一緒にぱくり。

 うん、美味しい。空になったお弁当と反対に、胃袋が満たされて幸せな気分である。口直しにお茶でも飲んどくか。


「あ! 葵乃ちゃん窓! 窓の外見て!」

「ん? おおー」


 窓の外を見れば、今朝のざんざん降りはどこへやら。濡れた木々に、青い空に、ところどころの白い雲と。


「綺麗な虹じゃん」

「ね! こんなのが見れるなんていいことありそうだ〜」

「……それは気のせいでは?」

「葵乃ちゃん冷たい爬虫類みたい」

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