第39話 エピローグ 二度とやるか!

 帰り道、メガデスは寄り道をした。

 向かった場所は、グラウンド・ゼロの中枢。

 かつて、謁見の間と呼ばれていた部屋である。

 当然のことだが、一般人の立ち入りは禁止。

 警戒は厳重であり、この部屋には限られた者しか入ることはできない。

 かつてこの城の主であった、メガデスを除いて。

 

「勝手知ったる自分の家、か……」


 隠し通路を使って部屋の中に入ると、メガデスは独り言ちた。

 勇者たちとの激闘が行われたこの部屋、魔王終焉の地でもある。

 部屋の中に置いてあった調度品は、絨毯や壁紙も含めて撤去されていた。

 唯一残っているのは、金剛石の玉座だけ。

 大陸の支配者であることの証であるこの玉座は、さすがに動かすことができなかったらしく、当時のまま置いてあった。

 魔導の力を帯びた金属で作られた玉座に腰掛ける。

 玉座の正面、部屋の中央には一枚の石板が鎮座していた。

 魔導力供給網バスケット・アイの統合管理システム、人工知能“スカイクラッド”。

 製作者の名前が刻まれた黒い石板は、まるっきり墓石のように見えた。

 その石板に向かって、メガデスはつぶやく。


「……出て来いよ」


 その声に応じるように、石板の前に一体の人影が浮かび上がる。

 古めかしいローブ姿の人影は、半透明に透き通っていた。

 魔力で構成された思念体――幻体は、メガデスの前に立つと、ゆっくりと動き出した。

 目深にかぶったフードを跳ね上げると、中から見知った顔が現れる。


「……お久しぶりです。我が主よ」

「久しぶりだな、スカイクラッド」


 メガデスは、幻体の主の名を呼んだ。


「それとも、ファストウェイとでも呼ぼうか?」

「……すべて、お見通しですか」

「当たり前だ!」


 吐き捨てるように、メガデスは言い放つ。


「よくもまあ、おめおめと顔を見せることができたな、この裏切り者のバカ弟子め!」

「魔王様。もしかして……」


 とげのある言い方に、すこし驚いたような表情でスカイクラッドは言った。


「怒っておられるのですか?」

「あたりめぇだろうが! ボケ」


 玉座から身を乗り出し、怒声をぶつける。


「……ってか、何? お前、俺が怒っていないとでも思っていたの? お前、自分が何やったのか判ってんの? あれだけ目をかけて、重臣にまで取り立ててやったのに、勇者と結託して反乱起こしやがって!! 俺の作り上げた王国をぶっ壊した挙句、俺をぶっ殺したんだぞ!? そこまでやったら、誰だって怒るだろう、普通!」

「いや、謝ったら意外と簡単に許してくれるんじゃないかなーっ、って思っていたんですけど」

「許すか、ボケ! 俺がそんな、寛大な人間に見えるのか?」

「だって、陛下不死身じゃないですか。一回ぐらい殺しても怒らないんじゃないかと……」

「アホか! 剣で、心臓貫かれたんだぞ。それこそ死ぬほど苦しかったわ」

「蘇らせてあげたんだから、いいじゃありませんか。そんなことぐらいで怒るなんて、ちっちぇなぁーっ。陛下、ちっちぇーなぁー!!」

「どやかましいわ!」

「やれやれ。上級王まで昇り詰めたお方が、なんと心の狭い。部下の造反に一々目くじらを立てていては、君主としての度量が疑われますよ?」

「……相変わらず自己中な野郎だな」

「多分、師匠に似たんだと思います」


 減らず口も、まったく変わらない。

 この男と話すときは、いつもこんな感じだ。

 どんなにしかりつけても、飄々といなされてしまう。


「おまけに、禁じていた大陸改造計画を実行に移しやがって! なんだ、この大陸の有様は!?」

「すごいでしょう。苦労したんですよ。これだけの一大事業を、十数年で成し遂げるなんて、我ながらよくやったと思います」

「褒めてねぇよ。大体、成功してねぇだろうが。オーバー・ロードで、暴走する一歩手前だったじゃねぇか」

「システム自体は完璧だったんですがねぇ。まさか、百年でここまで人口が増えるとは思いませんでした。おかげで、魔力消費量が想像を超えて増加したもんで、制御できなくなってしまったのです」

「他人事みてぇに言ってんじゃねぇよ! お前のせいで、危うく大陸が沈むところだったんだぞ。少しは責任を感じろ」

「私としても責任は感じているのですよ。だからこそ、ここでこうして、人柱になっているのではないですか」


 ローブの胸元をなでると、スカイクラッドは薄い笑みを浮かべた。

 幽霊もどきになり果てた弟子の姿に、あきれたようにメガデスは言った。


「肉体を捨て、魂を人工知能に移植したのか。無茶をしやがる」

「他に方法が思いつきませんでしたので。システムと一体となることによって、バスケット・アイを直接管理していたのです。何とか百年はもたせましたが、さすがにこれ以上は限界でした。システムの所々に綻びが出て、魔族たちが現出し始めたのです。そこで、陛下のお知恵を拝借しようと思いまして、こうしておよびだてした次第です」

「そのための猿芝居か。何がファストウェイだ、馬鹿馬鹿しい」

「あれは不幸な行き違いですよ。魔力暴走による魔族の現出を警告し、陛下の釈放を進言したのですが、……なぜかテロリストと勘違いされてしまいましてね」

「そりゃお前、どう見たって犯行声明文にしか見えなかったぞ」

「誤解されたのは幸いでした。宮廷魔導士団は陛下を使って、テロリストをおびき出そうと考えたのです。結果的に、陛下を転生させることができたのですから、万事オッケーですな」

「何が万事オッケーだ。結局、後始末を俺に丸投げしただけじゃねぇか」

「弟子の不始末は、師匠の責任ですから。それに、完全に丸投げしたわけではありませんよ? 一応サポートはつけたじゃありませんか」

「クリーデンスのことか?」

「ええ」


 クリーデンスの名前が出たところで、あらためてスカイクラッドにたずねる。

 ここまでわざわざ足を運んだのは、彼女の素性を知るためであった。


「それで、あの小娘はなんだ?」

「想像はついているのでしょう?」

「……まあな」


 初めて会った時から薄々感づいていたが、黒龍との戦いで確信した。

 あの外見と、規格外の身体能力。

 何より、勇者にしか扱えない聖剣を自在に操ってみせた。

 以上のことから、導き出される推論はただ一つ、


「……勇者ライオットの末裔、といったところか?」

「はい」


 スカイクラッドは小さく微笑んだ。


「大変だったんですよ。失踪した勇者ライオットの消息をたどり、ようやく見つけたのが戦場のど真ん中。スカウトを派遣して宮廷魔導士団に引き入れて、なんとか陛下の復活に間に合わせました。役に立ったでしょ、彼女?」

「……まったく、お前というやつは」


 悪びれた様子の無いスカイクラッドに、メガデスは大きくため息をつく。


「お前は昔からそうだった。やることなすこと、外連が過ぎる。策士策に溺れるってな。挙句の果てに、幽霊もどきになっちまったら、笑い話にもなりゃしねぇ」

「私だって、好き好んで陰謀家になったわけではありません。そもそもの原因は、陛下。あなたにあるのではないですか」

「俺がなにをした?」

「何もしませんでした」


 スカイクラッドは言った。


「あなたは、大陸唯一の王、上級王として君臨した。しかし、支配はしなかった。強大な魔導の知識を持ちながら、それを国家の統治に用いようとはしなかった」

「それのどこがいけねぇんだよ?」


 憮然とした表情で、メガデスは答える。


「君臨すれど、統治せず。自分で言うのもなんだが、理想の君主像じゃないか」

「民衆の期待に答え、教え導くのが君主の務めです。あなたは王としての務めを果たしてはくれませんでした。民衆は――私は、あなたに導いて欲しかったのです。新世界へと至る道標を、あなたに示してほしかった。だから、私はあなたに代わって、民衆を導こうとしたのです。バスケット・アイは、人類の革新を促し新世界へと至る道標となるはずだった」

「猿に松明持たせんのが、革新とぬかすか? 欲望の赴くままに生きることが繁栄だというならば、動物と変わらん。人類に魔導の力は早すぎる。その結果、失敗してれば目も当てられん」

「結果の正否は、関係ありません。それがかなわぬものであっても、理想を語るのが為政者としての務めです」

「……すっげぇ暴論だな、おい」

「彼女も――クリーデンスも言っていたではないですか。“何もしないということは、死んでいるのと同じ” だ、と」

「……聞いていたのかよ、お前?」


 渋面のメガデスに、勝ち誇ったようにスカイクラッドは微笑む。


「もちろん、聞いていましたとも。バスケット・アイと一体化した私は、大陸中のあらゆる情報を知ることができるのです。……あんな小娘に説教されるとは、陛下も焼きが回りましたな」

「……うるせぇ」

「彼女の言ったことは、一面、真理をついています。人は何をしたかで評価が決まるのです。何もしない人間は、ただ非難されるだけです。百年後のこの時代で、あなたが大罪人として非難されるのは、評価するべきことを何もしなかったからです」

「あのバカ娘は、こうも言っていたぞ。“何でもかんでも自分の力だと思うことは、傲慢”だ、とな」


 メガデスは言った。


「民衆を教え導くだとか、新世界の道標だとか、俺たちが気負う必要なんか無ぇんだよ。お前の欠点は、魔導の力を過信するあまり、人の持つ可能性を信じないところだ。魔導の力なぞに頼らずとも、民衆は自らの力で新たな世界へとたどり着けるはずだ。誰にも支配されず、搾取もされない、新世界へと」

「それはまた、随分な理想論ですな。陛下がそこまでロマンチストだとは知りませんでした」

「うるせ。理想を語れと言ったのは、貴様だろうが」

「そういえば、そうでしたな……」


 語るべき言葉が尽きた二人は、静かににらみ合う。

 沈黙することしばし、先に口を開いたのはスカイクラッドだった。


「……結局、百年経っても話は平行線ですか」

「そりゃそうだろう。お前にとっては百年前でも、俺にとってはついこの間のことだ」

「そうでしたな」


 顔を見合わせ、二人は表情を崩す。


「今日の所は、この辺にしとこうや。なんかどうでもよくなってきちまったよ」

「ほう。では、私の不忠をお許しくださると?」

「ああ。なんか、どうでもよくなってきた。百年前の事をいまさら蒸し返しても仕方がねぇしな。重要なのは過去ではない。これから何をすべきか、さ」

「随分とまた前向きですな」

「俺はもう王じゃない。ただの学生だ。未来を語るしか能がない、若造さ。せっかく、若返ったんだ。新たな人生をせいぜい、楽しませてもらうさ」


 そういうと、スカイクラッドはうなずいた。


「では、陛下。私はこれで失礼します。今の私は、バスケット・アイと一体化しております。この大陸のどこにいようと、すぐさま馳せ参じますゆえ御用の際はいつでもお呼びください」

「ああ、また会おう。バカ弟子が」


 別れを告げると、溶けるようにスカイクラッドの姿が消えてゆく。


「新たな人生が実りあるものであることを、陰ながら応援しております――今度はうまくやってくださいね。陛下」


 そして、スカイクラッドは消えた。

 静まり返った部屋の中、メガデスは独り言ちる


「……今度?」


 スカイクラッドの残した最後の一言。

 特に深い意味はないであろうその一言に、メガデスは今、自分がどこにいるのかを思い出す。

 腰掛けているのは、大陸の支配の証、金剛石の玉座。

 そして目の前にあるのは、魔力供給網の中枢。

 文字通り、ここは世界の中心である。

 望めば、全てが手に入る。

 かつてメガデスが手にし、失った、大陸の支配者の地位、名誉、権力の全てが――、


「……まさかな」


 苦笑して、頭に浮かんだ危険な思考を振り払う。

 そして、つぶやく。

 すでに姿を消した、しかしどこかで聞いているであろうかつての弟子に向かって。


「二度とやるか、バーカ」

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大罪魔王の再教育 真先 @kid12

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