第38話 首都崩壊~世界を救いに行くんだよ(7)
一夜明けて、首都スペルディアは落ち着きを取り戻した。
甚大な被害をもたらした街の各所では、早くも復興の足音が聞こえていた。
魔族たちによって破壊され、瓦礫となった建築物を撤去し、その上に仮設住宅が立つ。
負傷者の治療は、大聖母教会の僧侶たちが行った。
悪趣味な教会には、多くの負傷者たちが収容されている。
都市の各所では、炊き出しの煙が立っていた。
不幸中の幸いというか、祭りの最中だったため食料は十分にある。
炊き出しの屋台には、食料の配給を受ける市民たちの列ができていた。
中心となって動いているのは、勿論、宮廷魔導士団だったのだが、市民たちは、協力して復興作業にあたっていた。
歴史の中で連綿と続く、破壊と再生。
そこには、逆境に見舞われながらもたくましく生きる、人々の営みがあった。
●
クリーデンス達の住む職員寮でも、復興作業は、行われていた。
被害は大通りを中心部に集中しており、下町にある職員寮周辺の被害は比較的軽微で済んだ。
おかげで野宿だけは免れたが、それでも被害は甚大であった。
職員寮を取り巻く周囲は、おびただしい量の瓦礫で埋め尽くされていた。
とりあえず大通りと向かう道の瓦礫だけでも撤去しないと、重機を乗り入れることもできない。
作業を困難にしているのは、魔導の使用は制限されていることだ。
魔導供給システムが不安定な現在、魔導の使用は魔族を呼び寄せる危険性がある。
そのため、撤去作業は人力で行うしかない。
職員たちは総出で、がれきの撤去に取り掛かっていた。
「おい、クリーデンス! サボるな」
作業用のツルハシを肩に担ぎ、クラウディアが叫ぶ。
視線の先には、クリーデンスがいた。
職員総出で作業をしている中、彼女一人がなにもしていなかった。
瓦礫の山の上に一人佇み、動こうとしない。
「どうしちまったんだ、あいつ?」
「メガデスさんがいないからですよ」
傍らにいるラオにたずねる。
「さっき、お城から迎えが来て連れていかれました。昨日の件で、事情聴取を受けているそうです」
「ああ、そうか」
納得したように、クラウディアはうなずく。
「事情はどうあれ、保釈中に暴れたんだ。形式的でも聴取はしないとな」
「処罰とかされるのでしょうか?」
「そりゃまあなあ、なんらかの罰は受けるだろうな。……それで、あいつのことが心配で、仕事に手がつかないってか?」
「そういうことです」
「心配なのはわかるが、仕事してくれないかな。こんな時こそ、あいつのバカ力が必要なのに……」
それでも、クリーデンスに動く気配は見られなかった。
彼女の視線の先にあるのは宮廷魔導士団本部、グラウンド・ゼロ。
高層建築物は軒並み魔族たちに倒されてしまった。
見通しが良くなったせいで、旧魔王城の威容がより際立って見える。
「……心配だなぁ」
クリーデンスのつぶやきは、吹き抜ける風に溶けて消えた。
●
事情聴取は本当に形式的なものだったらしく、思いのほか簡単に終わった。
「おおよその事情はわかった」
グラウンド・ゼロ内の一室。
味もそっけもない事務室に、メガデスとカーティスの二人はいた。
例によって、部屋の隅には秘書官もいる。
軽快なリズムでタイプライターを叩き、二人の会話を細大漏らさず記録してゆく。
「つまり、今回の魔族大量発生事件は、バスケット・アイの魔力過剰使用による暴走だというわけだな?」
「そういうことだ」
メガデスはうなずいた。
「原因は、あくまでもシステムの欠陥によるものだ。」
「それでは、再び魔族が現出する可能性はないというのかね?」
「とりあえず、だがな。オーバーロード状態は沈静状態にある。今回の騒動で、蓄積していた余剰魔力も、大分発散されたからな。当分の間は大丈夫だろう」
「これまで通り、バスケット・アイを使用しても、問題は起きないと?」
「少しばかりシステムの調整を行えば、大丈夫だろうよ。ガーディアンの管理システムと、長距離魔導砲――テンペストとか言ったか? を、封印すれば、バスケット・アイはこれまで通り機能させることができるはずだ」
「そうか……」
新兵器に未練があるらしく、残念そうなそぶりを見せると、カーティスはつぶやく。
「技術部と相談の上、早速、対策を講じることにしよう。何はともあれ、これで一件落着だが――それでも一つ、疑問が残る」
「何だ?」
「ファストウェイの事だ」
怪訝に眉を顰め、疑問を口にする。
「結局のところ、彼は一体、何者だったんだ? 魔族の発生がテロでないというならば、ファストウェイはなぜ、犯行声明など送り付けてきたのだ? その上、わざわざ通信網をジャックして、都市全域に向かって演説などして、一体何をしたかったのだ?」
「さあな」
肩をすくめるメガデスに、カーティスは疑わし気な視線を投げかける。
「奴は魔王の後継者を名乗っていた。心当たりは?」
「無い」
きっぱりと、メガデスは答える。
「システムの欠陥に気が付いて、忠告してきたのか。それとも混乱に乗じた、ただの愉快犯か――なんにせよ、お前たちにとっては好都合な存在だろう?」
「どういう意味だ?」
「騒動の責任を、奴一人に押し付けることができるじゃねぇか」
テーブルから身を乗り出し、メガデスは言った。
「魔族の大量発生の原因が、宮廷魔導士団の開発した新兵器によるものだなんてことが世間にバレたら大騒ぎだ。最悪、宮廷魔導士団は解体。お前は縛り首だ。謎のテロリストの仕業にしとけば、宮廷魔導士団が責任を追及されることはない。それどころか、事態を収拾した功績で、お前たちは世間から英雄扱いされるぞ?」
「それで、いいのかね?」
「なんで、俺に聞く?」
「魔王の後継者を名乗る者の仕業となると、魔王メガデスの悪名もまたとどろくことになるぞ?」
「いまさら、だな……」
身を引きながら、メガデスは苦笑する。
「俺はもう過去の人間だ。いまさら、繕う体面なんかありゃしねぇよ。言いたい奴には、好きなように言わせておけばいい」
「そうか。それならば、遠慮なくあなたの言う通りにしよう。今回の一連の騒動は、テロリスト、ファストウェイの魔導テロによるものである。テロリストはベナンダンディの新兵器によって死亡。世間には、このように公表しよう」
「それがいい。話はもう終わりなんだろう? だったら、帰らしてもらうぜ」
そういうと、メガデスは席を立った。
「事情聴取が終わったら、すぐに帰ってくるよう、クリーデンスに言われているんだ。職員寮周辺も被害がひどくてな、後片づけを手伝わなくちゃならんのだ」
「ああ、忙しいところを長々とすまなかった。出口まで案内しよう」
「…………」
微妙な表情でにらみつけるメガデスに、カーティスは苦笑する。
「……そうか、案内は必要無いか」
「勝手知ったる自分の家だ。じゃあな」
そう言い残すと、メガデスは部屋を出て行った。
扉が閉まると、部屋のなかはカーティスと秘書官の二人だけになった。
カタカタとタイプライターを叩く秘書官に向かって、カーティスは告げる。
「以上で、魔王メガデスに対する事情聴取を終了する――なお、記録はすべて抹消するように」
命じると同時、秘書官は慣れた手つきでタイプしたばかりの書類を破り捨てた。
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