「外伝」
初めての新年(初稿)
「早いなあ、もうすぐ今年も終わるってさ」
寒そうに薄い布団にくるまって、ベルがそう言う。
ここはよくあるタイプの安宿、「一人前半の宿」の一室。その中でも「大きい部屋」と言われる、ベッドが2つとソファが1つの、さらにお得な一室になっている。
ベルがトーヤとシャンタルと出会い、瀕死のアランを担ぎ込んだのがこのタイプの部屋だった。
出会ったのは夏だったが今は冬。出会った戦場から近い町からもっと内陸部に入り、とりあえず戦の心配がない少し大きい町にいる。今は次の戦場へと移動する道中、出会いから季節が2つ移り変わっている。
「早いもんだなあ、おまえらと出会ってからもう半年か」
「だなあ」
「今日が今年の最後の日、そんで明日が新年の日か」
トーヤの言葉にアランとベルが交代で答える。
「そうか、俺も23になったか」
「え?」
「なんだよ」
「23にって、なんで?」
「おまえ、本当にバカだよな」
「何がだよ!」
「誕生日だから年取るってことじゃねえか」
「え、トーヤ誕生日なの?」
「そうだ」
「いつだよ」
「言っただろうが、今日だよ」
「今日かよ! なんか、トーヤらしいな、中途半端でよ」
「何が中途半端なんだよ」
「いや、だってな、考えてみ?」
ベルが、いい突っ込みどころを見つけたとばかり、うれしそうに言う。
「もうちょいだけがんばって、そんで次の日に生まれたらめでたい新年の日生まれになれたのに、そのもうちょいが我慢できなかったんだろうが、だから一年の終わりの日、なーんて
「つまんねえこと言ってんじゃねえよ」
「いて!」
そう長くはない月日の間に、こういうやりとりはもうお約束となってしまっていた。
「そんじゃおまえらはいつの生まれなんだよ? えらそうに言うんだから、そりゃもうきっちりとした中途半端じゃない日に生まれてんだろうな?」
「もちろん!」
ベルが得意そうに胸を張る。
「おれは夏の日、そんで兄貴が春の日だよ」
「へえ」
「そうなの、兄妹揃って季節の日って、それはなかなか珍しいね」
今までニコニコ笑って聞いていたシャンタルも感心する。
この世界の暦では
「夏の日」は5月30日と6月1日の間で、「春の日」は2月30日と3月1日の間。この日から季節が始まると知らせる日だ。
その他にトーヤの誕生日でもある12月30日と1月1日の間にあるのが「新年の日」となる。
「そういやシャンタルはいつなんだよ」
「私? 私は確か2月だね」
「確かって、はっきりしねえのか?」
「いや、確か2月の9日じゃなかったかな。でもあまりいつとか考えたこともなかったからなあ」
「そうなのか。誕生日祝いとかしてもらったことあるのか?」
「私? うーん、ないかな」
「そうか」
ベルはそこまで聞いて深く追求するのをやめた。
ごく普通の生活をしている者なら、自分の誕生日を知っていてもおかしくはないが、シャンタルは理由は分からないがトーヤと一緒に戦場暮らしをしている。そういう人間には、事情によっては自分の生まれた場所や誕生日など、知らない者も多いのだ。
「おまえ2月生まれだったのか」
「うん」
トーヤも初めて聞いた事実だ。
トーヤはシャンタルが、きちんと生まれたことを祝われたであろうと分かっている。
だが、当時のシャンタルは、個人として誕生日などを祝われることのない立場だったことも理解している。
「トーヤもきっとないよな」
「何がだよ」
「誕生日祝ってもらったこと」
「アホか、あるわ」
「え!」
「なんだよ」
「誰にだよ!」
「それはまあ、色々だよ」
「へえ~」
ベルが疑わしそうな目で見るがトーヤはあえて無視をした。
トーヤがまだ生まれ故郷にいた頃は、亡くなった母の姉妹分たちがいつも祝ってくれていた。
それはその年によってはとても「お祝い」と言えるものではないほど粗末なものだったりもしたが、そこには確かに気持ちがあった。
そして何よりもあの国にいた時に迎えた誕生日。
近づく別れの日を
『お誕生日はその人の生まれた日というだけではなく、生んでくれたご両親に感謝をする日でもあるのだそうです』
そう言われたことを思い出した。
「そういやここんところは祝ってなかったな。せっかくだからやるか」
「え、何を?」
「俺の誕生日だよ」
「ええっ、自分から言うかあ!」
「るせえな、やるったらやるんだよ」
「いでっ!」
トーヤにパチっとやられてベルがおでこを押さえた。
「いいか、誕生日ってのはな、そいつの生まれた日ってだけじゃねえ、生んでくれた親に感謝する日なんだよ。分かったな、だからこれからおまえらのもずっとやるからな」
「ええ~」
「へえ」
ベルとアランが驚いた顔になる。
「もちろんおまえのもな」
シャンタルは何を考えているかは分からないが、おそらく喜んでいるように見えた。
「ってもな、今日はもう夜だ。だから今回だけは明日の新年の日と一緒にやる。まあ、おまえらと迎える初めての新年だしな、ついでにそれも祝っとくか」
「ええ~」
もう一度そう言いながらベルはすごくうれしそうな顔になる。
トーヤが自分たちと出会ったことを悪いことだと思ってはいない、そう思えたからだ。
「そうか~誕生日か。あ、思い出した!」
ベルが薄い布団を落としながら立ち上がり、
「とりあえず、誕生日おめでとうな!」
と、トーヤに祝いの言葉をぶつけた。
「言うの忘れてた、おめでとうな」
「お、おう、そうか」
トーヤは驚いたものの、悪くはないという顔をしてるとベルは思った。
「そうか、そうだな、おめでとう」
「そうだね、おめでとう」
アランとシャンタルにも言われて、なんとなくこそばそうな顔になっているようにも見える。
「しっかし、あれだな」
「今度はなんだよ」
「中途半端ってのは今日だけじゃねえよな」
「は?」
「
ベルは自分とアランが季節の日生まれなので、普通の数字の日に生まれたよりもめでたいとでも思っているかのようにそう言った。
「そうか、1月1日も中途半端か」
そう言ってトーヤが不思議な笑い方をした。
「なんだよ」
「いや、言われてみればそうかもなと思ってな」
「ふうん……なんか、知りあいでもいた?」
「ん?」
「いや、1月1日生まれの知りあい」
「ああ、まあ、いないこともない」
「へえ、誰?」
「うん、まあな」
トーヤがそういう言い方をするということは、言う気がないということだ。
ベルはそれが分かったので、そのことももう何も言わないことにした。
「せっかくだから盛大に行くぞ、わあっと騒げ」
「おう!」
ベルが任せとけとばかりに胸をドンと叩き、むせる。
「やっぱ新年になってもバカはバカか」
「なんだと、おっさん!」
「おっさんと違うわ!」
「また一つ年とったおっさ、いで!」
きっと明日は楽しい新年の日になる。
トーヤにはたかれながらも、ベルは期待で胸がいっぱいになっているのを感じていた。
「まあ、トーヤの誕生日はおまけとしても、4人で迎える初めての新年の日だからな、めでたい!」
「なにがおまけだ!」
そうしてやはりお約束。
ぎゃあぎゃあと小競り合いをしながらも、4人とも明日を、新しい年を楽しみに待っていた。
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「カクヨム」でサポーター限定として書いた短編を手直しして外伝の一話として全体公開しました。
その時に少し手直ししたので元の原稿を初稿としてこちらに公開します。
「黒のシャンタル」初稿置き場 小椋夏己 @oguranatuki
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