5 二人の令嬢(初稿)
いつも誤字脱字を教えてくださる方から伯爵令嬢の呼び方が「様」と「さん」が混在していることにご指摘をいただいたのですが、ミーヤは教育係であることから「さん」と呼び、リルは伯爵令嬢の話だということから「様」にしていたのですが、読み返してみたところ、どうもその部分が分かりにくく少し修正してみました。このような書き分けは本当に難しいと思いました。
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「その伯爵令嬢か? その娘はさんがどっかに嫁入りする前に箔をつけるのに侍女見習いになった、って言ってたよな?」
「ええ、そういうお話でした」
「その嫁入り先ってのも、そらまあ大した相手なんだろうな」
「それなら噂程度に聞いたことがあるわ」
情報通のリルがそう言う。
「ジート伯爵令嬢のシリル様が次の皇太子妃になられるのではないか、そう言ってる人がいたわ」
「えっと、ジート伯爵ってのが、皇太子妃のおじさんだっけか?」
「ええ、そうよ」
「ってことは、皇太子妃のいとこが皇太子の息子の妃になるってことか」
「ええ、そうなるわね」
「その娘は何歳なんだ?」
「シリルさんは15歳でした」
ミーヤが答える。
「そして皇太子殿下のご長男が14歳よ」
「姉さん女房か」
「1歳だけですもの、問題はないでしょ」
「まあ、あっちでもそういうのに年は関係ないからな、親子ほど違うってのがゴロゴロいるし」
「そうなの?」
「ああ、あっちにはたくさんの国やたくさんのお偉いさんがいるからな、まあ色んな話を聞いたことがある」
「そうなの、ややこしいわね」
リルが首を傾けて難しい顔をする。
「そんで、その噂の信頼度はどのぐらいある?」
「半々、ってとこかしら。でも私はそうではないかと思っているわ」
「へえ、なんでだ?」
「勘よ、と言いたいところなんだけど、残念ながら色々と話を耳にしてるからね」
「おいおい、その方が確かな情報じゃねえかよ」
「でも言ってみたいじゃない? 女の勘よ、って」
「おいーおっかさん」
トーヤが楽しそうに笑い、おっとと口を押さえる。
「アーダもいるんだったな」
隣の部屋にベルと一緒にアーダがいるのだ。女の声ならともかく、男の笑い声がするのはよろしくなかろう。
「ミーヤから聞いたの、両方のご令嬢の婚礼が近いって。それでその準備の噂が入ってきたのだけれどね、それはもう大したことのようよ」
「ほう」
「そしてね、それに見合うほどの、お相手の準備の話が入ってこないの」
「そうか、そりゃ普通なら両方の家でわっさわっさするわな」
「でしょ? それでね、皇太子殿下のご長子が、色々と婚姻に向けてのお支度をなさってらっしゃるらしいって、そんな話も入ってきてるの。こちらはまあ、いつどうなってもいいように、何年もかけてやっていらっしゃることなので、特にこれって感じで話が入っているわけではないけれどね」
「へえ」
「それで、もしかしてってそう思ったの」
「ってことは、その噂の情報源はリルだな」
「まあ、そういうことかしら」
「大したもんだな」
トーヤが声を押さえて笑う。
「ってことは、『そう言ってる人』もリル、あんただな」
「ええ、本当ならみんなに言いたいぐらいなのだけれど、何しろねえ、なんだか色々ややこしそうだから、今のところ言ったのは今が初めてよ」
「そうか、そら助かる」
「ミーヤからそのことを聞いていなかったら、おそらくそうは思わなかったと思うけれどね。あっちとこっちがくっつくような話を聞いてしまったものだから、気づいてしまったの。本当、困るわ」
リルは言いたくても言えないことがあるのを、じりじりとした気持ちでいたらしい。
「じゃあ、もう一人のなんとかってご令嬢は」
「ラキム伯爵家のモアラさんですね」
「皇太子妃の妹だっけ? その相手は誰なんだ?」
「だからね、婚礼支度をなさってるらしい
「ってことは」
「ええ、モアラ嬢がジート伯爵のご長男にお輿入れではないかと。こちらはどちらも17歳ね」
「なるほど」
トーヤが真面目な顔になって少し考え込む。
「どちらも『噂』には違いねえが、俺にはどうも本当にしか聞こえない。まあ、それほどこの国の事情、特にお貴族様だのなんだのに詳しくないからしょうがねえけどな。けどリルの話を聞くと、どうもそれに違いないようには思える」
「でしょ?」
「ああ、大したもんだ、おっかさん」
トーヤが笑いながらそう言うと、リルが満足そうにふんっと一つ鼻を鳴らした。
「じゃあ、そのご縁談がセルマのせいでだめになった、そうすりゃいいのかな」
「さすがアラン」
「でもそれは!」
ミーヤが思わず止めに入る。
「あまりにもお気の毒です」
「さっき言ったことを忘れてないよな? 敵は敵として扱うってこと」
「ですが」
「そうよ」
リルも言う。
「第一、そのご縁組をお二人が喜んでいるかどうかも分からないし」
「それはそうなんですが……」
「そんじゃまあ、もう一つのことを考えるか」
ミーヤの様子を気遣ったようにトーヤがそう言う。
「別に縁談がだめにならなくても、セルマが見放されるようなことがありゃいいんだ。なんかあるか?」
「うーん、何かあったかしら」
「俺は奥宮のことには詳しくないしなあ」
ダルも首を捻ってそう言う。
「あの……」
「お、なんだ。そういや、あんたはその子ら教育係ってのやってたんだよな」
「あの……」
ミーヤが言いにくそうに途中で言葉を止める。
「言いにくそうだな。そんだけのことってことだな」
ミーヤが思い切ったように言葉を続ける。
「キリエ様に、例の青い香炉を届けたのがその二人なのです。その関係で、今はどこかに隔離されていると聞きました」
とんでもない話が出てきた。
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