後日談

軽薄だけど定番! ハンバーグの王子さま


 週末の土曜日は城守さんと改めて婚活をスタートさせてから、初めてのデートだった。

 初めてとはいえ、以前模擬デートをしていたのでほんの少しは経験値があるといえる。

 その朝、午前十一時ちょうど。城守さんが車で家の前まで迎えにきてくれた。


「……なんかちょっと照れるね」

「城守さん……チャラ男なのに照れることがあるのですか?」

「意外そうな顔で素直に失礼な感想もらすのやめてもらえる? 俺だって照れることぐらいあるわ!」

「……す、すみません」

「あー、いろいろ台無しだけど、亜子らしいわ」

 城守さんが苦笑いして車のドアを開けてくれた。

 行き先はわたしのリクエストにより、以前模擬デートで行った新宿御苑だった。

 しかし、あのときあんなに安らいだ記憶があるのに、今日は同じにはならなかった。むろん、男女交際初心者であるわたしがそれについて考えすぎてしまっていたからだ。


 信号待ちでわたしの顔を見た城守さんが軽く驚いた声を上げた。


「うわ、亜子……その眉間の皺は何」

「え?」

「頭でどんな小難しい計算式解いてるとそんな顔になんの」

「いえ、城守さん……デートって……どうやればいいんでしょうか」

「……はー? どうもこうもないしいつも通りの普通でいいけど、俺に聞くのかよ……」

「いま、城守さんしか聞ける人がいません」

「そりゃそうだな……」

「どうやれば……」

「前にもやったろ。気負うな。自然体でいけ」

「なんだか前とはまた少し感覚が違うのですよ……」


 城守さんは前方を見て考えたあと、またわたしの顔を見た。


「とりあえず……少し落ち着けば?」

「どどどうすれば? どうすれば落ち着くのでしょうか」


 城守さんは「うーん、そうだなー」と言って手を伸ばし、無駄にわたしの髪を一房持ち上げて耳にかけて顔を覗き込んでくる。耳と頬と、額と、順番に熱を持っていくのを感じる。


「きき城守さん」

「うん?」

「余計落ち着けないのですが……」

「え、あ、悪い」


 幸い、信号が青に変わったため、それ以上無駄に見つめられることはなかった。

 わたしは運転者ではないのをいいことに、今度はこちらから彼の横顔を遠慮なく見つめた。

 まったく気負いの感じられない横顔に、つられるように安心をもらいつつ、ふと気になる疑問が湧いた。


「城守さん」

「んー?」

「今まで何人くらいとお付き合いなさったのですか」

「は!?」


 城守さんは大きく目を見開いて、こちらを見た。それからすぐ前方に視線を戻し、数秒してまた同じようにわたしを見た。あからさまな二度見だ。

 それでも黙っているので、もしかして聞こえなかったのかと思い、改めて聞き直す。声も少しハキハキさせてみた。


「城守さん! 今までなん……」

「聞いてる! 聞こえてる! ちゃんと脳に入ってるから……! 事故って死にたくなければ今そんなことを不用意に聞くのはやめろ!」

「では、いつならいいのでしょうか」

「……俺にもわからないが……たぶん絶対今じゃない」

「具体的にお願いします」

「あー、うん……一年後くらいかな」

「一年後ですね。記憶しました。では一年後の同じ日に再度同じ質問をさせていただきます」

「サイコロボットみたいなこと言うのやめて、こわい」


 わたしが、『たぶん絶対、今じゃない』質問をしたせいなのか、車内は沈黙で満ちていた。

 そのまま目的地に着き、城守さんが車を降りてから急にボソボソと口を開いた。


「今まではともかく…………今はまじめに亜子ひとり……」

「え……何がでしょう?」

「……もう忘れてんのかよ? じゃあいい……」


 城守さんは気の抜けた息を吐いてチケットを買いにいった。


 御苑は相変わらずのどかだった。遊具の類いがほぼないから子供連れはいてもそこまで多くなく、外国人観光客は少し多い印象だ。

 今日も幸運なことに空は抜けるような青で、いいお天気だった。


「あ、思い出しました!」

「え、何? さっきの?!」


 なぜか少し慌てている城守さんに向かって手を伸ばす。城守さんはとりあえず出されたからといった感じにわたしが差し出した手を握った。


「デートは手を繋ぐんですよね」

「え? ……うん? どっちでもいいと思うよ」

「前にここに来たとき『俺のデートでは繋ぐ』とおっしゃってました」

「あぁ、そっか。そだねぇ」

「ん? ということは、いつも、どなたとのデートでも繋いでらしたんですか……?」


 城守さんが突如ゲフンゲフンと激しく咳込んだ。


「ち……ちょっと、ゲホッ……お茶買っていい?」


 城守さんはややぎこちない動きで自販機でお茶を購入し、ものすごい速さで飲み切ってその場でペットボトルをゴミ箱に捨てた。様子がおかしい。戻ってきた城守さんに声をかける。


「城守さん、大丈夫ですか?」

「大丈夫……あとさっきの質問も、できたら一年後にしてもらっていい?」

「え?」


 さっきの質問……って、なんだっただろうか。

 城守さんの様子がおかしいので少し考えた。

 そして彼の不審さの原因にはたと気づいてびっくりした。


「あ! そ……そういう意味じゃないですっ! わたし、なんというか……その……一般的なデートについてずっと真剣に考えていて! 単にデータを収集しようとしてただけなんです……!」


 慌てて、両手をブンブンと胸の前で振りながら城守さんに言う。

 城守さんはわたしにとって婚活相手であり、アドバイザーでもあったため、その二つが妙な感じに混ざってしまっていた。

 嫉妬をするのが悪いとまでは思わないが、初デートで急に嫉妬を爆発させるのは確かに『たぶん絶対、今じゃない』気がする。


「けっ、決して……城守さんの過去のただれた女性関係を糾弾する意図はないです!」


 慌てていたのでうっかりした言葉選びになり、城守さんが白目がちになった。


「その……正直まったく気にしてないわけでもないですが……過去は過去ですから!」


 力強く言いながら、今度は前半の正直な心情の吐露はいらなかった気がした。

 何か言うたびに重なっていく失言。人生失言だらけ。最低だ。コミュ力が人並みに標準搭載されていないと、こういったことが異様に多い。

 あとから自分の粗相や失礼に気づいてもそのときにはもう取り返しがつかないことがほとんどだ。だんだん冷や汗が出てきた。


「ご……ごめんなさい!」


 わたしはついに言うべき言葉をなくし、頭を下げた。


「亜子、落ち着いて」

「はい! 落ち着くために今すぐお茶を飲んでまいります!」


 早足で行進するようにして、さっき城守さんがお茶を買っていた自販機に行く。慌てて買ったお茶を半分くらいまで一気にごくごくと飲み。気管に入れてしまいむせこんだ。

 激しくゲフゲフ咳込んでいると、城守さんが来て、背中を軽くさすってくれた。


「あの、ぼんどうに……っ!」

「亜子、いま無理にしゃべらなくていいから、落ち着けって」


 最悪なことに、むせたせいで涙まで出ている。これでは初デートで唐突に嫉妬して怒ったあげくに否定して泣き出したわけのわからない女……こんなの……速攻で見捨てられるフラグではないか……。

 わたしの心は嫌な予感で包まれていた。

 思い返せばいつもそうだった。婚活をしようとすると、必ずわたしの人間力の欠落などによるつまづきがあり、お付き合いするところまでいけない。少ない婚活経験で得た魔のループ、負の法則だった。もうわかった。わたしは婚活に向いていない。あと人間にも向いていない。


 わたしは気がつくと口を半開きにさせたまま呆然とフリーズしていた。


 城守さんが固まっているわたしの手を掴んだ。そのまま少し歩いて、最初の模擬デートをなぞるように同じベンチに座らされた。

 そこで風に吹かれ、しばらく空を見上げて脳を冷却させていると、少なくとも肉体的には回復した。

 おそるおそる隣を見上げる。


「城守さん、呆れてます……?」

「いや、安心した」

「え、何にですか?」

「……亜子が俺の昔の人間性に嫌気がさしたんじゃないことにも安心したし……ちょっとは気にしてくれてたことにも安心した」

「色々気になさってたんですか?」

「そりゃな」

「城守さんのそんなのは会う前から存じておりますし……いまさらじゃないですか」

「……これでも今現在は人並み以上に誠実な動きを心掛けてんだよ」

「なんとなくそこは伝わってます」

「ならよかった」


 わたしはふうと息を吐いた。


「ご面倒な動きをしまして……」

「気にしないでいいよ。それはいつものことだし……いまさらだろ」


 城守さんがいささか失礼なことを言って笑ったので、わたしも安心した。


 わたしと城守さんはお互い落ち着きを取り戻し、食事をした。いくつかぶらりと店を見たりして、帰路に着くころには楽しい気持ちになれていた。


 自宅前に戻ってきて車が停車した。私はすぐに降りることなく、そのまま中で城守さんに聞いた。


「城守さん、婚活を再スタートさせるにあたって、知り合いになる壁、親しくなる壁はすでに越えていると認識してもいいですか?」

「はぁあー?」


 城守さんは眉根を寄せてなんとも言えない顔でわたしを見た。


「あぁ……亜子には越えなきゃいけない壁がたくさんあるんだったなー……ちなみに次の壁は?」

「お付き合いの壁……でしょうか?」

「はー、こう……いろいろハンマーで粉砕したくなるけど堪える……」

「ハンマーはやめてください」


 意図はいまいち掴めなくとも、単語だけで何か剣呑だ。


「城守さん、男女というものは、どのようなタイミングで友人からその次の段階へ、どのようなきっかけを経て……」

「あーやっぱめんどくさい。亜子、俺と付き合って」

「はい」

「よし。越えたな……」


 あれ?

 何が壁だったのかわからない感じにスルッと越えた。


「城守さん……こんなに簡単でいいのでしょうか」

「いいのでしょうかって言われても……いいんじゃないの?」

「だってこんなに簡単なはずは……ないんです」

「え?」

「ですから婚活……あんなに大変だったんですよ……何人もの方と会ったのにひとりとして付き合うところまでいけなくて、ほとんどろくに友人にさえなれず……」

「……そこに俺を一緒にするなよ。俺は亜子のことをもう、結構知ってんだからさ」

「あ……そう、ですね」

「そもそも、あの状況で俺にだけ婚活するって言いながら付き合う前段階からって仕切り直してくるほうが異常だしな」

 異常だったのか。

「まぁ、亜子だし。仕方ないけど」


 仕方ないらしい。

 でも確かに城守さんは今までの相手と違い、もう少しわたしを知ってくれている。知った上で、婚活に付き合ってくれている。スタート地点での理解度も親密度も違う。


「それに、トータルでいったらそう簡単でもないだろ……亜子は今すぐ俺と結婚できんの?」

「それは……」


 わたしが口籠ると、城守さんは眉根を寄せた。


「もし、今城守さんに言われたら断れる気がしないので……もう少し待ってください」

「了解。悪くない答えだったから我慢する」


 城守さんが笑い、わたしはお礼を言って車を降りた。


「では、本日からは交際相手ということで、よろしくお願いいたします」

「うん」


 マンションに戻ろうとすると、城守さんが車を降りて追いかけるようにこちらにきた。


「亜子」

「なんでしょう」

「言い忘れてた」


 城守さんは目の前まで来て立ち止まる。

 そうして一言だけ。


「楽しかった」


 そう言って笑った。


「……わたしも、すごく楽しかったです。ありがとうございます」


 色々ところどころ噛み合ってないところもあったけれど、ハンバーグ王子との初デートは無事終了した。


 そして、新しい扉も、おそらくハンマーのようなもので開けられた。






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王子様なんていりません! -訳あって、至急婚活することになりました。- 村田天 @murataten

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