見知らぬ指輪

長月瓦礫

見知らぬ指輪


すべては見知らぬ指輪から始まった。

台座に収まる宝石は照明に反射し、キラリと輝いた。


その指輪はいつのまにか手元にあった。

買った覚えもないし、もらった記憶もない。

特に価値も感じられず、ゴミに捨てた。

しかし、必ず手元に戻ってくる。


それだけでも不気味なのに、指輪を持っていると必ず悪夢を見る。

まず、螺旋階段だ。赤く錆びついた階段が延々と続き、扉が音を立てて開く。


それから、何かの中に自分が閉じ込められている。

カビ臭い空気で満たされ、手足は動かせず、呼吸もろくにできない。

硬い何かで全身が覆われていることから、どこかに埋められているらしいことは分かった。


そして、どこからか「助けて」というか細い声がだんだんと大きくなり、耳元で叫んだと同時に目が覚める。


息苦しさで何度も目が覚めて、吐き気を覚えた。

何度も手放しても必ず自分の元に戻ってくる。


ステラも指輪を通じて、同じ映像を見た。

彼はフリーランスの退魔師として活動しており、物に触れるだけで所有者の記憶を見る程度の能力を持っていた。


どうも悪夢を見ているのは、彼女だけではないようだ。


指輪の所有者は同じ夢を見て、手放し、誰かの手に渡る。

悪夢で追い詰めて破滅するまで、持ち主から離れたがらない。


呪いの指輪とも呼ばれ、オカルト系の掲示板で話題になっていた。

地縛霊が取り憑いているだの魔術道具の一種だのと様々な憶測が飛び交っていた。


記憶をたどって見たものをデバイスに表示し、画像を頼りに廃墟を探し当てた。

それは人里離れた廃ホテルだった。


公共の交通機関を使って2、3時間、さらに徒歩で数十分かけて山道を歩く。

道なき道を歩き、木々の間から灰色のコンクリート製の壁が見えた。


大きな螺旋階段が外に備え付けられ、各階へ繋がっている。

しかし、ここから先が分からない。


階段を登った先には、家具が散乱した客室が並ぶだけだ。どこかが崩壊しているようには見えないし、土砂崩れが起きた様子もない。


カビまみれの壁に手をつけた。

館全体に刻まれた記憶を見ようとした時、背中を叩かれた。


「おい、アンタも指輪関係でここに来たのか?」


トレンチコートに中折れ帽子、狩人同盟に所属する退魔師だ。

依頼人は近くの退魔師に相談して回っているようで、指輪という単語だけで話が通じてしまうのだ。


「何でここだと分かった」


「俺の魔法だよ。別に怪しい者でも何でもない」


ステラが退魔師のライセンスを見せると、狩人はニヤリと笑った。


「俺は狩人のレイモンド・ウィル。

その話、詳しく聞かせてくれないか?」


彼らの元にも指輪の話は持ち込まれたらしい。

悪夢の話を徹底的に聞きこみ、この場所を特定したようだ。


螺旋階段の続く廃墟は、元々は観光ホテルだったらしい。

高度経済成長期に建てられたものだったが、時代の波に乗れずに閉業した。

その際、支配人の行方が分からず、建物だけが残された。


今は廃墟マニアなる人々が写真を撮りに来たり、若者が肝試しと称した馬鹿騒ぎをする場所となっている。


見たものすべてを狩人に語った。

別に損はしないだろうし、情報共有できる相手は多いに越したことはないからだ。


以前の職場では考えられなかったな。

元々、退魔百家という組織に所属していたが、彼らはステラのあまりにも強力すぎる魔法を殺そうとしていた。


保守的なスタンスに嫌気がさし、組織を抜けて今に至る。

狩人同盟は退魔百家とば真逆の環境で、実力主義的な組織であると聞いた。

コートと帽子はカッコつけているみたいで、何だか恥ずかしいなあとは思う。


「悪夢とは何か関係あんのか?」


「知りませんよ、そんなの。

ただ、持ち主の方々は同じ夢を見ているみたいですよ」


「何階の扉を開けてた?」


二人は螺旋階段を見る。

どこもかしこ赤錆びて、今にも崩れそうだ。

ぐるぐる回りながら階段を上る夢を思い出す。


「すみません、そこまでは分からないです」


「じゃあ、どういう状態で埋められていたか、分かるか?」


「普通に立ってますけど」


「立ってるっていうと、足二本で体をまっすぐ支えてるってことか?」


「視点がまっすぐ前を向いてるんで、まあ、そうなりますね」


何を知りたいのだろうか。

以前の所有者の記憶は関係ないはずなのに、ここまで興味を示すのはなぜだ。

狩人は納得したようにうなずいた。


「よし、明日は俺らと一緒に来い。それでいいな?」


「待ってくださいよ、何でそうなるんですか!」


「どう考えてもおかしいだろ、今の話。

明日、全部説明してやるよ」


勝手に話が進んでしまった。

今の話を聞いて、何かに気づいたということか。

それならば、ぜひ聞いてみたいものだ。


次の日、ステラは再び廃墟へ向かった。話の通りに数名の仲間を引き連れて狩人は廃墟にやって来た。

コートや帽子の色はそれぞれ違うものの、似たようなスタイルをしている。


「コイツはフリーで退魔師やってる、えーっと何だ?」


「ステラです。ステラ・ケリー」


「そう、ステラだ。彼曰く、人体が壁の中に埋められてるらしい」


その一言はステラの内心も他の狩人たちもざわつかせた。

自分だけでなく、彼らも予想外の場所だったらしい。


「で、何階だ?」


視界の端に扉が映っていた。

見逃さないように、映像を何度も確認したからまちがいない。


「最上階です」


「そういうことだ。最上階の部屋の壁の中だ。慎重に探すぞ」


仲間たちは静かにうなずいて、工具を片手に階段を昇って行った。


「本当に壁の中、なんですか? 何でそんなところに……」


「アンタ、両足で立ったまま埋められてるって言ってたよな。

人を立たせたまま埋めるには、地面をどんだけ掘らなきゃならねえんだ? 

ゲームじゃないんだぞ。直下掘りなんて、どう考えても現実的じゃねえ」


ウィルは地面を指さした。

人体を倒さずに縦向きで埋めるには、かなりの労力が必要だ。

狭く深く掘らなければならない。


仮に成功したとしても、今度は自分が脱出しなければならない。

横たえる状態で穴を掘るのとでは、ワケが違う。


壁で埋めるだけなら簡単だ。

壁を崩した後、人体を埋め直せばいい。

綺麗に壁紙も貼り直せば、そう簡単には見つからないだろう。


「……なるほど、確かに言われてみればそうですね」


「本当に気づかなかったのか?」


「気づけませんよ、自分の見た物だけで精一杯なんですから」


悪夢の映像に気を取られ、そこまで頭が回らなかった。

埋められていると言ったら、土の中以外に思い浮かばなかった。完全に盲点だった。


「お前も来い。記憶が役立つかもしれねえ」


彼らは最上階へ向かった。

工具でこじ開ける音が響き、骨組みが露わになっていた。


「ありました!」


声の方へ行くと、依頼人と同じ形の指輪がはめられた骨が壁の中にあった。


「こいつが助けてって言ってたのか?

所有者を転々としていたのは、気づいて欲しかったから、とかか?」


「理由は何であれ、こんだけ騒がせたんだ。いいネタになりそうだな」


ウィルはデバイスで通話を始める。

対となる指輪が見つかった。これで何か掴めるかもしれない。

通話を終えると、ステラの方を見た。


「なあ、このままウチで調査を続けねえか? 

俺らはシオケムリってところから来たんだけどさ。

その能力を腐らせるのはあまりにももったいないし、アンタの魔法はどう考えても一人じゃ成立しないだろ」


今回の件のように、一人で解決はできないということを痛感した。

記憶を写す媒体も技術が進歩したとはいえ、値段も馬鹿にならない。


「他の連中には俺から話を通しておくしさ、頼むよ。

アンタみたいな情報技術に特化した奴がいてくれたら、どれだけ頼もしいか」


「いいんですか、そういうの」


「今回の話を聞いたら、上は黙ってないと思うけどな。

話が面倒なことになる前に、どうだ?」


どのみち、行くあてもない。

組織に所属していないとやっていけないのは確かだ。


「お手柔らかにお願いしますよ」


こうして、ステラは狩人同盟に加入することとなった。


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