乙女ゲームの世界に悪役令嬢として転生したら!上下左右くまなく死亡フラグが満ちた世界だった

仲仁へび(旧:離久)

第1話



 乙女ゲームの世界に転生した、と知った私はその瞬間に絶望しそうになった。

 その世界では、悲劇的な結末にいたる伏線が、ものっそい数、とんでもない数がはりめぐらされているからだ。


 第二の人生を歩んでいることが判明した矢先に、目の前には巨大な運命の壁しかなかった。


 これ、どんな罰ゲーム?







 私は普通の少女だ。


 少なくとも子供の頃はそう思っていた。


 ちょっと貧しくて、ちょっと孤児であるけれど、いたって普通だ。


 人並外れた才能を発揮してしまったり、陰謀にまきこまれたりするような奇抜な人生を送ってはいなかった。


 毎日、同じ孤児院に住んでいる子供達と遊んで、地域の奉仕活動としてごみ拾いして、たまに大人の手伝いをして店の販売を手伝ったりしている。

 あとは近くのおじいちゃんおばあちゃんの肩たたきをしてお駄賃をもらって、時折高慢な大人になぐられて、やりかえして、喧嘩になって、女の子なんだから傷つくったら駄目でしょなんて孤児院の院長に怒られたりする。


 たまに横着して村の外に出て、(人間に敵対する狂暴な生き物)魔物にかじられかけたりしたけれど、毎日それなりの暮らしを送っていた。


 ごくごく平凡な日々を送っていた。


 けれどある日、転機がおとずれたのだ。






 孤児院に変な奴らがやってきた。


 そいつらは私に向かって、聖女になれ。

 と言ってきた。


 まるでそうすることが最初から決まっているみたいに、断言して。

 拒否される事なんて考えたこともないみちあな顔をして。


 そいつらはこの国で有名な占い師が「○○が聖女になるのが良い」といったから、そうするのが当然だと言う。


 嫌だと言ってだたをこねたら、大勢の兵士達がやってきて、とっつかまった。

 そして、あれよあれよという間に連行。


 厳重な施設に閉じ込められてしまった。


「ノエル。貴方の名前は今日からノエルよ」


 何それ。知らない。


 私には孤児院からもらった名前がある。


 そんな名前で呼ばないでほしい。


 私は、知らない身分と名前と、境遇を押し付けられた。


 卑しい出自は、聖女にふさわしくないとか、聖女として恥ずかしいとか。


「貴方は狂から立派な聖女になるため、修行をしなければならないわ。そして、聖女になったら人々を救うのよ」


 人々なんて知らない。


 自分と、知り合い。


 あと、孤児院を経営している女性。


 それだけ救えれば、後はどうだって良いと思っている。


 けれど、聞き入れてはもらえなかった。


 部屋に引きこもっていた私は、強引に連れ出されて、強制的に修行とやらに参加させられる事になってしまった。







 過酷な修行で何度も死にそうになったそのショックが原因だったのだろう。

 私は前世の記憶を思い出した。

 そしてこの世界が、乙女ゲームの世界だと知ったのだ。


 ノエルとなった私は、乙女ゲームに出てくる悪役令嬢だ。


 いずれ聖女になる聖女候補にイジワルする役割を課せられている。


 けれどそんな事はどうでも良かった。

 原作道理に行動してやる義理はない。


 私はただ、この孤独な時間を早く終わらせるために、聖女の仕事をこなすのみだった。


 しかし、無視できない問題がある。


 それは悪役令嬢ノエルに立ちふさがる、運命の壁だ。


 一つ目の運命の壁は、聖女の認定試験。


 ヒロインと共に挑むこの試験では、魔物が出てくる。


 原作ではここで、悪役令嬢が傷を負っていたのだ。


 へたしたら命にかかわっていたとも言われていたので、気を付けなければならない。


 二つ目は、大進行。


 住み慣れた村を離れた私は今は王都にいる。そんな私のいる王都に、大きな都に魔物が群れをなして襲ってくる。


 このエピソードで悪役令嬢が怪我をおったという話がある。。


 力をつけておかなければならないだろう。


 三つめは……。


 将来、王都に結界を張るために、力の強い聖女の命を犠牲にしなければならないという点。


 一つ目や二つ目の障害を乗り越えられても、修行で力を強くし過ぎたら危ないというわけだ。


 成長は慎重にならなければならない。








 聖女の認定試験の日がやってきた。


「最初の運命の壁がやってきたのね」


 私は、この日のために辛い修行をどうにか乗り切って頑張ってきた。


 想定通りやれば、きっとうまくいくはずだ。


 試験に挑む者達の中、その顔触れにはヒロインのものも含まれている。


 多くの人達に囲まれているのが分かった。


 私は悪役令嬢だから、彼女の踏み台になる事は避けなければならない。


 彼女に近づく事は、原作の流れに近づく事と同じ。


 できるだけ近づかないようにしたかった。


「ノエルさんと言うんですよね、一緒に頑張りましょうね」

「そうね」


 だから、彼女と話すのも一言、二言だけだ。


 そして、試験が始まる。


 檻に入れられた魔物が運ばれてきて、辺りに解き放たれた。


 聖女は力を使って、この魔物を討伐しなければいけない。


 魔物にも近づきすぎないように注意しながら、私は聖女の力を使った。


「これが本物の魔物」


 身近で見る魔物は幼いころにみた物よりはるかに狂暴だったが、心を平静に保つように心掛けた。


 臆するヒロイン達より先に、魔物に対して力を使っていく。


「あれが、新米の力? すごい」

「ノエルっていうんだっけ? 初めてでここまでできるなんて」

「一体どんな修行をしてきたというの?」


 試験は最初から最後までスムーズに進んだ。

 危ないところなど何もなかった。


 そのまま無事に終了。


 私や他の者達、ヒロインも合格した。


 一つ目の壁は超えたようだ。





 聖女として活動することになってからしばらく経った時、大進行が起きた。


「魔物が王都を襲いに来たぞ!」

「大変だ! 早く避難しないと!」

「避難するってどこにだよ。もう囲まれているぞ!」


 普段は治安の意地を任されている者達も総出で駆り出されることになったので、総力戦だった。


 修行不足の新米聖女なども駆り出されることになったため、その状況はかなり過酷だ。


 だが、魔物を食い止めるためには、四の五の言ってはいられない。


「ノエルさん、王都の人達を守るために頑張りましょう」

「ええ」


 ヒロインともしぶしぶ手を結んで、協力し合わなければならない。


 そんな二つめの運命の壁では、試験の時とは比べ物にならないほど、命の危険を感じた。


 何せ、想定したよりもうんと魔物の勢いが強くて、町の中まで魔物が入ってきてしまったからだ。


「あぁぁっ、魔物が侵入しているぞ!」

「助けてくれ!」

「まだ死にたくない!」


 魔物に蹂躙される光景を前にして、お偉いさん達は聖女の飛年計画を立て始めた。


 聖女を育成するのはお金も時間もかかる。

 だから、勝てる見込みのない闘いに投じて、潰してしまうよりも、後の事を考えて避難させようとしたのだろう。


 理にかなった考えだ。

 けれど、町の中で人々が襲われているのに、安全な場所にこもっていることはできずに、独断で飛び出してしまった。


 生き残ると決めたはずなのに、私は余計な事をしてしまったのだ。


 しかもそれで、て内緒にしていた手札を見せてしまった。


 以前から研究していた、聖なる力の同時使用だ。


 聖女は、どんなに修行しても、異なる魔法を同時に発動させることはできない。


 しかし、私には前世があるからか、それができるのだ。


 設定資料集に聖女の力について詳しく書いてあったのがいけない。


 だから私は、町を守る結界を維持したまま、人々を助けて回る事ができた。


「早く、逃げて。避難所に向かってそこから出ないようにして!」

「聖女様! おおっ、聖女様が自ら助けに来てくれるなんて!」


 けれど、問題は。


 事が収束した後に、追加された死亡フラグだ。





 追加死亡フラグその1


 命令違反。


 持ち場を独断で離れる事は重い罪だ。


「君には避難せよという命令が出ていたはずだがね」

「すみません」


 命令違反者に課せられる罪は、重いもので死刑もある。


 もしかしたら、命を落としてもおかしくなかった。


 けれど、これは守られた人達が私のおかげで助かったのだと訴えてくれたため、何とかなった。


「聖女様のおかげでわしらは助かったんじゃ」

「そうよ。聖女様がいなかったら王都だって危なかったんだから」

「こんな事で罪をきせるのは間違っているぞ!」






 もう一つの追加死亡フラグ2は、研究対象入りだ。


 たぐい稀なる奇行(?)をした私。


 なぜ、聖なる力を同時発動させることができたのか、多くの人が知りたいと思うのは自然な事だろう。


「君には研究所に勤務する道が用意されているのだが、どうするかね?」


 上からすすめられたその研究所は、黒い噂が絶えない所だった。

 始めはよくても、調査や研究がエスカレートしていかないとは言いきれない。


 実験動物扱いされて壊されるのは嫌だった。


「ノエルさんを今失うのは危険です。またあのような魔物の軍勢がやってきたら、とても耐えられません」


 けれど、こちらも大進行がまた起こるかもしれないという危険性を訴える事で、人道的な調査・研究にとどめることに成功した。


 ヒロインに借りができてしまった。


 毎回血をぬかれたり、修行の時間に観察されたりするのはストレスだけどマシな方だ。








 そして、とうとう三つ目の運命の壁がやってきた。


 大進行に備えて、王都に結界を張ろうという事になった。


 永遠に消えない結界を張ろう、という大きな計画が立てられる。


「この王都がこの間の様に滅亡の危機にさらされるなどあってはならない事だ。そのために、ありとあらゆる手をうたなければならない」


 人々の不安を取り除くために、というお題目でそれはみるみるうちに進んでいった。


 けれど結局お偉いさん達は、たぶん自分の平穏を守ろうとしているだけなのだろう。


 だって、辺境からむりやり子供を連れてきて、聖女に育てているのがその証拠だ。


 上の者達は、手紙のやりとりも禁止しているし、里帰りも許可してくれないのだから。


 そんな者達のために、犠牲になる事はできない。


 けれど、たぐい稀なる力を見せてしまった私の立場は悪い。


 魔物の群れが大人しくなったのが確認されたら、私の命はすぐに結界のされてしまうだろう。


 そういうわけで、後任の聖女たちを必死になって育てた。


「今は大した力がないかもしれない。けれど、誰だって最初は無力だったのよ。諦めなければ、きっと立派な聖女になれるわ。自分の限界を決めつけないで」


 それは、自分の身代わりのために、という最悪な理由だけど。


 そのかいあって、結界の生贄に選ばれたのは私ではなかった。


 私は、安堵と罪悪感でいっぱいになった。


 かわいそうなのは、ヒロインだ。


 今まで関わり合いを避けて、冷たく接してきていたけれど、こんな境遇でなければ彼女の事は嫌いではなかった。


「私の代わりに、この世界を守ってくださいね」


 そう言って彼女は私を恨まずに、結界の生贄になった。


 私は生き延びたのだ。


 すべての死亡フラグをやりすごした。


 きっとこれからは平穏に生きていけるだろう。


 笑った。


 でも笑いながら泣いた。


 嬉しい。


 なのに悲しい。


 最後の別れの時に、彼女が述べた言葉が蘇える。


『最初はノエルさんが生贄になる事が決まっていました。だけど、私に変えてもらったんです。きっとこの先の事を考えるとノエルさんの方が必要だと思うから。もしかしたら、優しいいノエルさんは私がこんな勝手な事をしたのを怒ってしまうかもしれませんね。でもどうか、私の分まで皆を守ってあげてください』


 私はひとしきり、笑って、泣いたあと、どうにかしてやめようと思っていた聖女の仕事にもどっていった。


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