第5話 夏が盛る


 体育館。卓球のテーブルで柊と相対する。

 いつもと違う俺の気迫に、柊は気付いたようだった。


「どうした篤。もうインビジブル・ハウンドは極めないのか?」

「あぁ。もう必殺技を開発するのはやめた」

「そう言っていられるのも今のうちだ、俺の新必殺技を喰らえ! 『月下の齧歯ムーンサルト』」


 柊の放った、会話中に目線をそらした状態でのサーブを、俺は見逃さなかった。

 的確に捉え、ラバー部分でこすって跳ね返す。柊はただピンポン玉の跳ねる音を聞くことしかできなかった。


「すげぇじゃねーか! なぁ篤。その必殺技の名前を教えてくれよ」

「必殺技じゃねーよ。基本だ。目の前の一秒。一球。一瞬を全力で戦うってな」




 ◆




「やっぱり夏休みなんて無かったんだ。ふぃくしょんだったんだ」

 あの日、部室棟裏でうなだれる俺に、御裏さんはしゃがみ込んで寄り添ってくれた。


「なぁ篤。夏休みは確かにここにある。ただ、目には見えないかもしれないな。こうしている間にも、1秒1秒、あっという間に過ぎ去って行っちまうんだ」


「今も……?」


「そうだ。だから、その1秒1秒を、一瞬一瞬を、全力で戦うんだ。お前の漢気、見せてもらったぜ。お前が全力を懸けてこの夏をやり切れれば、絶対に化ける。俺にお前を全力でサポートさせてくれねぇか?」


「う、うらしまさん……。俺、俺」

 御裏さんの手が俺の肩を力強く掴んだ。御裏さんは、怖くない。頼もしい。心の青空にかかっていた黒いもやもやが、どこかに吹き飛んで行くようだった。


「シャワー室はもちろん、体育館、備品、何でも言ってくれ。俺はお前たちの頑張りを支える義務がある。この夏休みを、最高の夏にしてやりたいんだ」


 俺の目の前で過ぎ去っていった数々の出来事。

 両の手のひらからするすると零れ落ちるその砂の一粒一粒が、目に見えるようだった。


 掴みたい。

 最高の夏を。青春を。


 俺たちの光る明日を!



「うらしまさん、俺、やるよ!! 全力で!!!」


 先祖様にも、両親にも、柊や氷河にだって、見せつけてやる。


 この茹で上がってしまうような夏を乗り越える。

 燃え盛る赤き魂を、俺はこの目に、心に宿した。




 ◆◆◆




 8月の下旬までもつれ込むかに思われたシャワー室損壊事件は、橙井の捜査と工事業者の頑張りによって、13日の金曜日には再び使えるようになった。


 結局犯人は誰だったのか。うらしまさんも橙井のやつも何も言わない。


「まっつん、ちょっと待ってよー」

「うるせぇ。御裏さんと呼べ! 備品倉庫に消石灰20キロ運んどけ! それと体育館のモップ掛け!!」

「ひーーーー! 鬼! 悪魔!!」


 うらしまさんは、相変わらずバリバリと働いているようだ。見かけないポニーテールの女子生徒を馬車馬のように働かせていた。


 俺? 俺は工事業者の人にいらぬ嘘をついた罰として、うらしまさんの手伝い2号と化している。


「おい、気圧けお!! そっちは終わったのかぁー!?」


「は、はい! ただいま!!」


 真っ盛りの夏は、まだ終わりそうにない。

 うらしまさんの手伝いも、夏休みの宿題もしかり。








8月 夏が燻る『シャワー室は二度壊れる』  完

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