戸部一はどこまでも純粋である。

「そういえばさ、戸部は楽器なんかできんの?」

「はい、二種類だけやったことあります」

「マジか!さすが中学に軽音部志望してただけはあるな!!で、何をやってたんだ?」

「リコーダーとカスタネットッス!」

「もう帰れよおまえ。」


颯がパソコンをいじっている間、俺はこの一年生、いや戸部一という男としばらく会話を交わしていた。

しかしこの戸部という男は天然、悪く言えば頭がすっからかんのバカラッポであった。yabe、悪く言い過ぎたかも。ちょっと炎上しそう、今のなし!


しかもだ。さっきから一心不乱に作業を進める颯にちょいちょい見とれているせいで俺が質問するたびに「あ、すんません、聞いてなかったっす」とかほざきやがる。

せっかく人が歓迎してやってるのになんだあ?まあ君を誘った人は業務連絡しただけで、会話すらしてないんですけどね。


それと、戸部が軽音部に前から入りたがってた話も嘘だろう。まともな楽器を一つも経験していないのに入部志望だったなんて言葉が通用するはずがない。


が、しかしこの戸部一という男、悪いやつではない。むしろ根が少し抜けてるから嘘が苦手というところもポイント高しだ。


そんな戸部が嘘をついてまで軽音部に入った理由。まぁだいたい今までの流れで想像はつくが、一応聞いてみよう。話に集中していない戸部にそっと耳打ちする。


「おい」

「ひゃんっ!ははいどうしましたか先輩」

「女子かよ。他にも色々突っ込みたいことはあるが、高校から軽音部志望ってのは嘘だろ?」

「な、何を根拠にそんなことを」

「得意な楽器聞かれてカスタネットとリコーダー答えるやつがいるかよ。お遊戯会じゃねぇんだぞ。あとお前颯の方向きすぎ。下心丸出しじゃん。」

「い、いやーバレちゃいましたか。でも六郎木先輩ってめっちゃ可愛いですよね!あとキッパリした性格も好みなんすよ〜!」

「超わかる。あのサバサバしてる感じが他の女子と一線を画してていいよな」


やはりこやつ、俺の見込んだ通りだ。このまま小一時間六郎木颯談義ができそうなもんだが、一旦冷静になって話を進める。


「今からでも遅くないぞ。軽音部に入るのはよしておけ。お前がどんなに頑張っても颯とは付き合えない。なんせ一番身内の俺がだめだったからな。」

「え、先輩告ったんすか!?あ、いやそうじゃなくて、確かに六郎木先輩に魅了されてここに入る予定ですけど、例え付き合えなくても俺は続ける気でいますよ!」


戸部の言うことは決して間違いじゃない。しかし人は動機づけされて動く生き物。その動機となる颯が抜けてしまったら?あるいは颯に彼氏ができたらお前は応援する気になれるのか?大抵はその限りではないだろう。

だから、


「お前が後悔する前に、道を踏み違えて欲しくない。これはお前の事を思って言ってるんだ。」


自然と声に出ていた。新入生をこんなに大々的に募集していて、出鼻をくじくような事を言ってしまってはいけないことくらいわかっている。

でも、こいつは俺と同類なんだ。だからこそ俺と同じ失敗をしてほしくない、そんな思いで言っているんだ。

赤の他人に自分自身を投影した勝手な自己満足になるかもしれないが、ごめんな。

そんな俺の思いは、戸部一本人によって打ち砕かれた。


「それは違います!」


戸部はいきなり椅子から立ち上がったかと思うと、部室全体に響き渡るような声で話し始めた。もちろん颯にも聞こえているが、お構いなしに戸部が発言を続ける。


「確かに俺は颯さんが好きですよ!でも仮俺が抜けたら、颯さんが残念がるじゃないですか!?後悔するのはここで退いてしまったときですよ!俺は、」


戸部はここで大きく息を吸った。それは俺が持っていた彼への疑問や心配などを吸収し、浄化しているようにさえ見えた。


「俺は、颯さんが悲しむようなことはしたくない。」

「戸部、お前……」

「戸部くん……」


「ちょーこっ恥ずかしいセリフ言ったな、お疲れさん」


俺が言うが早いか、我に返った戸部が赤面する。そして、顔を手で覆い隠してしまった。顔から火が出るとはまさにこの状況を指しているんじゃないだろうか。


「でも……」


今まで黙って聞いていた颯が重い口を開く。


「ありがとねっ!私のことそんなに思ってくれて。これからよろしくねっ!!」


そう言うと下を向いてしまった戸部の手を引っ張り、握手を交わした。


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!頑張ります!どこまでも着いていきます!六郎木先輩っ!!」


よほど嬉しかったのか、戸部はしばらく握手したあとも颯の手の温もりと、自分を認めてくれたことの余韻に浸っていた。

つまり、またも俺の話が筒抜けだったってことだ。全く……。







そんなんだから、勘違いする野郎が出てくるんだよ。

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