紅色蕾

高田"ニコラス"鈍次

第1話

毎週木曜日の午後

私はこの古い家の門をくぐる


俗に古民家とでも言うのだろうか

カラカラと門扉を開けると

玄関へと続く庭は丁寧に手入れされており

木炭の香りがほんのりと空気を彩る


「やあ いらっしゃい」


低く落ち着いた

聞き慣れた声が私を迎える


シルバーグレーの紳士

この家の主

私の先生



先生にバイオリンの個人指導を受ける事になってもう二年になる


旧家で何一つ不自由なく暮らし

幼少の頃からバイオリンを嗜んでいた先生は

かつてN響にも所属していた経歴もあると聞く

生活にはまったく不自由していないが

まるで暇を持て余すがごとく

気ままにバイオリンを教えている


私の方から教えを願った訳ではない


たまたま私の娘がバイオリンを習いたいと言い出し

先生の教室に通い始めたのが最初で

私はただの娘の付き添いだった


「上達するにはご家庭での練習が不可欠です。お母さんも是非どうですか?

少しでも心得があるのと無いのでは、自主練習で大きく差が出ますからね。ここはお嬢さんの為にも」


先生にそう言われ

何より娘にもその方が嬉しいと請われたこともあり

私もバイオリンを手にするようになったのだ


「ではお母様のために特別に時間を作りましょう。木曜日の午後一時なら如何ですか?」


後で知ったことだが


毎週木曜日は

先生の奥様がお茶の稽古でご自宅にはいらっしゃらない日


そう

先生の目当ては

私だったのだ


最初のレッスンのときから

先生は初めてバイオリンを構える私の後ろから身体を密着し

まあ練習だから仕方ないのかなと

初めは思っていたけれど


さすがに先生の指が私の胸に触れてきたときは抵抗した


「駄目です。やめてください、先生!」


精一杯の力で私は先生を払い除けようとしたけれど

むしろそれをきっかけにするように

先生は慣れた手つきで

私の両手を後ろ手に縛りあげ

しかも椅子に括りつけられたまま

私は身動きが出来なくなっていた


チャイコフスキーのバイオリン協奏曲が

大音量で部屋中に響きわたる


怖くて声も出ない


「怖がらなくていいんだよ」

先生は笑顔で近づき

私にアイマスクをする

視界も

身体の自由も奪われた私は

もう恐怖しか感じなかった


「私はね。美しいものが好きなんですよ。美しいものを見るとね、もう手に入れたくてたまらなくなるんです」


甘いバリトンが私の耳許で囁く


「美しい女性とバイオリンは同じです。そのフォルムといい、弾き方によって鳴る音もまったく異なるんですから」


そう言いながら

彼の指が私の胸から脇に這ってきたとき

私の意思とは裏腹に

私の身体は敏感に反応しはじめた


嘘でしょ? こんな筈じゃ…


そう思えば思うほど

私の身体の奥の方から

次々と快感が押し寄せてくる


あっ……

まるで

指が…うっ…何本もあるみたい…


「さあ。解き放ちなさい。貴女は実に美しい。僕の手でいい音を奏てあげましょう」


先生の指が私の濡れそぼった突起を捉えたとき

私の頭の中で何かが弾けた


い…いやあぁ~~~っ…!


私は

生まれて初めてエクスタシーというものを体験した

まだ挿入されてもいないのに…


「やっぱり思った通りだ。いい声で鳴きますね。嬉しいよ 本当に綺麗だ」


その後も

私は何度も何度も

先生の指で逝かされた


そんな自分が恥ずかしいと言う思いも勿論あったが

木曜日が近づくと

自然と身体が疼きだす


行ってはいけない

頭では理解していても


いや

私はバイオリンを習いに行っているんだ

嫌なことをされたら断わればいい


でもそれは

自分の行為を正当化するための口実


気がつくと私は

毎週先生の家の門をくぐっていた


勿論バイオリンは随分上達した

娘にも少し教えられるようになった

そりゃそうだ

娘のレッスン時間の倍以上

バイオリンを弾いているのだから


けれど

私の目的はそうじゃない



あの魔法使いのような指だ

そして

いつも「綺麗だよ」と囁かれるあの声だ



「やあいらっしゃい」

いつものように迎えてくれる先生に

私はとびきりの笑顔をお返しする


唇には真っ赤なルージュ

先生から誕生日にプレゼントされたものだ


ねえ? 綺麗でしょ? 私


先生と出会って私が得たもの


それは「自信」だ

母としてではなく

主婦としてでもなく

女としての自分自身


だから私も

どうしても欲しくなるのよ 先生

貴方と同じように



今日もいつものようにレッスンが終わり

私は先生に抱かれる



でも

今日はちょっと違う


大切なお客様をお招きしているのだ


先程

先生の奥様に私は電話をした


大変です!

今バイオリンのお稽古に伺ったのですが

先生が倒れてます

すぐに帰ってきてください!


電話口の向こうで

奥様はとても慌てていた

もうすぐ帰って来る頃だろう



ねえ

今日は凄く激しくして

私は先生におねだりする


先生はにやりと口角をあげながら

器用に私を縛り上げ

恥ずかしい格好をした私の身体を愛で初める


この姿を先生の奥様が見たら

どう思うだろう


奥様にはお会いしたことも

顔も見たこともないけれど

怒りに満ちた顔が

私には容易に想像できるわ


先生

今日でもうサヨナラね


私にはね

どうしても手に入れたくて

仕方のない彼ができたの


彼は言うわ

私の指がたまらない

私の声が忘れられない

って

それにね

彼 先生よりずっと若いもの


先生が私に自信をくれたこと

それは感謝してる


でもね

彼と出会って気づいたの


私 我慢してたんだって

先生に縛られてただけなんだって




自由と視界を奪われた私の耳は

とても敏感になる


チャイコフスキーのバイオリン協奏曲が高らかに鳴り響く中


玄関の扉がカラカラと開かれる音が

遠くから聞こえた

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紅色蕾 高田"ニコラス"鈍次 @donjiii

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