*** 終章 〝夜〟が明けたら ***

第二十五話 〝夜〟が明けたら

 〝夜〟が明けて一時間ほどの仮眠を取ったあと、ジョシュは執務室へと向かった。

 執務室に集まった大臣たちはジョシュの話を聞き終えると頭を抱えた。


「つまり、リアさまが太陽の女神さまと……」


「ベルという名前になりました」


 窓を背に、執務用のイスに腰かけたジョシュが眉を八の字に下げた困り顔で微笑んだ。


「リアさまが! ベルさまと! ……契約して、国王にはジョシュさまがなると!?」


 ジョシュの微笑みを見て、大臣たちの中では一番の年長者である老大臣がやけっぱちで尋ねた。

 ジョシュは困り顔で微笑んだまま、うなずいた。


「そういうことになってしまいましたね」


 ジョシュの返事を聞くなり大臣たちはそろって頭を抱えた。

 でも――。


「契約してしまったものはどうにもなりません。……それ以外の部分をどうにかします!」


 老大臣はすぐさま顔をあげると、ガシリ! と、枯れ枝のような手を握りしめた。

 同意するように他の大臣たちがうなずく。


「ありがとうございます。どうにかついでにもう二つほど、どうにかしていただきたいことがあるのですが」


「……な、なんでしょうか」


 身構える大臣たちに苦笑いして、ジョシュは人差し指を立てた。


「先日、西の国に行ったときに知り合ったテイマーからいくつか話を聞きたいのです。できれば西の国の国王にも相談をしたいので、僕が行けるといいのですが……と、いうのが一つ目です」


「かしこまりました。スケジュールを調整いたします」


 老大臣がうやうやしく一礼するのを見て、ジョシュはうなずいた。


「お願いします。……それと、もう一つ」


 そう言うと、ジョシュは人差し指に続いて中指を立てた。


「戴冠式では王太子妃も冠をいただき王妃となるのが仕来たりですが、これだけ特例だらけの王位継承です。妃がいない程度では白夜の国の国民も動揺しないでしょう」


「……それは、つまり?」


「妃を迎えるのはもう少し先にしようと思います」


「はぁ!?」


 大臣たちがそろってすっとんきょうな声をあげた。

 ジョシュは大臣たちににっこりと微笑んで、イスから立ち上がった。


「戴冠式では国王になる僕と、ベルとの契約者であるリアとが冠をいただくことになります。大丈夫ですよ」


 何がどう大丈夫なのか。

 テキトーなことを言って窓を開け放つジョシュの背中を見つめて、部屋のすみにひかえていた執事がこっそり笑った。


 〝夜〟が明けて、白夜の国には真っ青な空が広がっていた。

 綿あめのような白い雲が浮かぶ美しい青空だ。


 ジョシュが窓から顔を出すとちょうど裏庭をリアとエドが駆けて行くところだった。


 リアは神殿にいるベルのところに行くのだろう。

 お気に入りの本や紙にインク、羽ペンも抱えている。


 エドは槍を肩にかついでいる。

 騎士団見習いとしての訓練が神殿の入口の前で行われるのだ。


「お妃さまを迎えるのはもう少し先にするとして……どなたと恋をなさいましょうか」


 窓の外を眺めて微笑むジョシュに向かって、執事が笑みを含んだ声で尋ねた。

 振り返ったジョシュはにこりと笑い返して、執務机に置いておいた花瓶からミモザの花を手に取った。


 そして――。


「リア!」


 二階にある窓から身を乗り出して大声で名前を呼んだ。


 リアとエドが足を止め、顔をあげた。

 ジョシュに気が付いて、エドがひらりと手を振った。

 両腕がふさがっているリアは笑顔で飛び跳ねた。


 ジョシュはリアとエドの笑顔に微笑み返して、窓からミモザの花を投げた。


 青空の下、淡い黄色の花が舞い落ちる。

 リアとエド――二人の上にミモザの花が雨のように降りそそいだ。


 リアが歓声をあげた。


 そんなリアを目を細めて見つめていたエドが、不意に顔をあげた。

 エドはにひっと歯を見せて笑うと、ジョシュに向かって拳を突き出した。

 ジョシュはエドの拳をじっと見つめた。


 ――どなたと恋をなさいましょうか。


 そんなの決まっている。

 でも――。


「まだ、秘密です」


 すました笑みを浮かべて、ジョシュは自身の拳を突き出した。

 一階と二階では拳は届かないけれど、ジョシュもエドもお互いの気持ちはわかっている。


 正々堂々と恋をした相手に花を贈る。

 そのつもりだ。


 窓の外を見つめて笑うジョシュの横顔に、大臣たちも執事も顔を見合わせて微笑んだ。


 白夜の国の青空はあと一週間ほど続く。

 薄明るく白んだ、白夜の国の人たちが見慣れた空が広がるのは、あと少し先の話。

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〝夜〟が明けたら 夕藤さわな @sawana

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