第2話

「ところで」


あまりの事に固まっていると、こちらを振り向かずに女が話しかけてきた。


「君は何者で、コイツと何を話していたの?」


何者か、と問われれば、なんと答えたら良いのだろう、私は何者でもない、大勢の一般人の1人に他ならない。


「嘘はつかないで」


それは、嘘なら分かるぞ、と言われている様だった。

正直全く訳がわからない。そう、わからないのだ。それもそうだ、目の前のやり取りに私は全く関係ないのだから。

たまたま路地裏の写真を撮ろうとしていたところ、訳の分からない話をする男が現れ、挙句、空から降って来た女にその男が突然射殺された訳だ。

この話の中で、最も何者かと問われる必要がないのが私である事は間違いない。

そもそも、嘘をつく必要もない。嘘の様な話なら目の前にあるが。

私は正直に事の顛末を話した。


「そう」


と返事をすると、女はゆっくりこちらを向いた。

先程の様に問答無用で発砲されないかと不安になったが、どうやらそのつもりは無い様だった。

年は20代、奇妙な服装で、奇妙なゴーグルを着けた女。

躊躇なく人の命を奪う…可愛い娘


などと思う辺り、私も随分と余裕があるのだろうか?


「で、信じたの?」 


「はい?」


「この男の話。この国以外が砂漠だっていう」


どうやら彼女は男の口封じに来た様だが、それが返って、男の話しを裏付ける結果になっている。


「アンタが降って来なければ…ただ酔っ払いに絡まれたと思っていたところなんだが…」


「成る程、で、どうする?誰かに話す?」


「話さないと言えば逃してくれるのか?」


「別に、君の命を取ろうなんて考えてない。そもそもこんな話し、誰も信じやしない」


「…本当の話しなのか…?」


命を取らないと言われ多少は安心すると、奇妙な事の連続で霞んでいた男の話しが気になった。


「…君、国外旅行の予定でもあるの?」


「いや、ないけど…」


「だったら気にする事ないじゃない」


「それはそうかもしれないけど」


「例えばソレが本当だったとして、楽しい旅行の記憶を持って戻ってきたとして、ソレが植え付けられたモノか、本物か、なんてそれ程重要?」


確かに。ふと、さっき男と話してた時の事を思い出す。

妄想に取り憑かれた人間は、妄想に取り憑かれているとは気づかない。

記憶を持つ以上、ソレが偽物で有るという事を完全に証明出来ない。


「興味本位さ、この国しか存在しないなんて、気になるじゃないか」


「だったら自分で見に行くと良いよ。真実に興味が有るのに、誰かから聞いた言葉で満足だなんて」


「そうは言ってもな…」


「君が関わらないモノなんて、君にとって無いのと変わらない。例えばこのビル。君は一生入る事は無いんじゃない?」


「そうだろうね」


「だとしたら、中身なんて無いのと一緒。アナタが目にして、触れて、ようやく中身が存在するの」


「そんな事ないだろ」


「そう?でも、入らないなら有っても無くても一緒でしょう?ビルだけじゃない。電車の窓からしか見ることのない隣町のビルも、高速道路から眺める事しかない山々もハリボテだってかまわない。

そしてそれは、この国以外が砂漠だって同じ事よ。」


「強引だよ。僕以外だって居るじゃないか」


「アナタの視点で世界を観れるのはアナタだけ」


「でも、それが植え付けられたものかも知れないんだろ?」


「それも含めて、観に行ってみれば良いじゃない。その後、あの男がいう事はやっぱりデタラメだったと思うのか、思わないのか決めると良いわ。」


「…」


「そんなに私の言葉が欲しいなら教えてあげる。全部本当よ。この星はこの国を残して後は全部砂漠なの。残った人々にソレを教えない様に生活させているのは、その方が管理しやすいから。嘘だと思うなら確かめてみると良いわ。」


もちろん、アナタの目でね、そういうと女は丸まった男の遺体を軽々と肩まで担ぎあげて、路地裏へと消えて行った。

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路地裏 @591

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