魔法使いに召喚されて異世界で喫茶店を始めました!

Arle-na

第1話 出会いは喫茶店...?

 僕はケーキを食べるのが好きだ。両親がよくケーキを買ってきてくれたからなのか、いつからかケーキを食べるのが趣味になっていた。そして大学生になってから、自分の足でケーキ屋巡りをして、いつの間にか喫茶店を巡るのも趣味となっていた。個人的には、ケーキにはコーヒーが合うと思っている。自分で淹れるのも好きだが、やはり生業としている人たちが淹れるそれらは外れが少なく、色々な趣を楽しめるのが気に入っている。近所の店を一通り巡った後は、インターネットで話題になっていてもいなくても、地元に根付いているであろうケーキ屋や喫茶店をリサーチして巡り歩いては、自分なりの評価をノートに残すこともいつの間にか趣味になっていた。

 評価と言うと良し悪しの話になりがちだが、僕は「悪し」にはこだわらず、どちらかといえば「良し」の方を中心に書き残すようにしている。「悪し」があっても改善点を挙げていく。ネガティブシンキングの僕が後でノートを見返した時、なるべくポジティブシンキングになれるようにする為でもある。

 そんな訳で、今日も僕はケーキ屋を訪れていた。


 「さて、今日は何を食べよう?」


 僕は人目をはばからずボソッと呟き、ケーキがずらっと並ぶショーケースを眺めながら思考を巡らせていた。

 モンブラン、チョコレートケーキ、チーズケーキ、たくさんの種類のケーキが並ぶ中、僕はショートケーキに注目する。あらかじめ調べていたのだが、この店では珍しく3種類のショートケーキがあり、ものすごいこだわりがあるらしい。


 「すいません、ショートケーキ・ルビーを1つお願いします」


 僕は慎重に、3種類の中で一番インスピレーションを感じたショートケーキの名前を読み上げた。ケーキの名前が書かれている札にポップアップがついており、そのコメントによると、これは無添加イチゴジャムをふんだん使ったものらしい。残り2種類はまた食べに来よう。後日の楽しみができた。


 「イートインってできますか?」

 「はい、大丈夫ですよ。何かお飲みになりますか?」

 お店の奥様らしき店員は気さくに答えると、僕にドリンクメニューを見せてくれた。このお店にイートインスペースがあることは事前に把握済みだったが、時間帯によっては混雑などで入れないこともあるらしい。開店を見計らって来たのは吉と出たようだ。


 「じゃあブレンドコーヒーでお願いします」

 「ミルクとお砂糖はいかがなさいますか?」

 「あ、大丈夫です」


 店内には焙煎される珈琲豆の良い香りがしたので、当然のごとくコーヒーを注文していた。正直コーヒーには大きな期待はしていなかったので、嬉しい誤算だ。


 着席する前にざっとイートインスペースを見回してみると、やや手狭ではあるものの、全体的に明るめの天然木で構成されており、座り心地の良さそうな椅子や無垢材のテーブルにもこだわりが見えた。この店の主人のセンスを讃えたい。


 その主人らしき人はケーキのショーケースすぐ横にあるカウンターの中に立ち、コーヒー用ケトルでお湯を沸かしつつ、コーヒーを淹れる道具を準備している。

 見た感じ、年の頃は知命だろうか、五十にして天命を知りこの店を開いたのではないか、と勝手に想像してみる。雰囲気がよいお店は成り立ちまで妄想して楽しめるのがたまらない。


 まだイートインスペースには誰もおらず、耳を澄ますとコーヒーカップ&ソーサーのこすれる準備の音、主人らしき人がミルでガリガリと豆を挽く心地よい音、いくつかの音が交わり、なんだか安心する。喫茶店にありがちなガヤガヤした騒々しさはなく、落ち着いてこの空間を楽しめるような気がしていた。ここはケーキ屋というよりはコーヒーがメインのお店なのかもしれない。穴場である。


 僕はまもなく席に案内された。肩に掛けていたバッグを向かいの席に置き、ビーズクッションが敷いてある切り株のような椅子に座った。テーブルは十分な広さがあり、折って立てる細長なシンプルなメニューがあるのみで、広々と使えそうだ。案内と同時に提供された水を一口飲むと、僕はいつもそうしているように、バッグからいつものノートと筆記具を取り出すと、早速今までに感じたことを書き留めていった。


 しばらくすると、注文したケーキとコーヒーが運ばれてきた。僕は一旦さっき取り出した物を脇に避けると、テーブルの真ん中に置いてもらった。


「どうぞ、ごゆっくりお過ごしください」


 先程の主人の奥様らしいと思われる人は、笑顔でそう告げると小さくお辞儀をした。思わず僕も軽く会釈をする。


 それではお言葉に甘えます、と僕は心の中でそっと宣言し、「いただきます」小さく呟き、運ばれてきたケーキを一口分切ると口に入れ、味を確かめる。

 スポンジはしっとりしていて、生クリームは甘すぎず、サンドしてある苺からは瑞々しさを感じる。甘すぎないイチゴジャムが薄く塗られておりレモンの風味をわずかに感じるがほどよいものでバランスが良い。そしてコーヒーを少し口に含むと、少し甘さが残った口の中を苦さで中和し、次のケーキを食べる準備をしてくれている。このブレンド、程よい苦さがよい感じだ。マスターグッジョブ!と心の中で思わずリスペクトする。このまま次の一口を運んでもよいが、もう一度この体験をしたいと思い、僕は水を少し飲み、口の中をリフレッシュする。


 美味しいショートケーキに程よく苦味の効いた珈琲…最高の組み合わせであることを再認識し、今ここにいることを八百万の神様に感謝した。


 ゆっくりとケーキを食べ、ゆっくりと珈琲を飲み、今日はここにきて正解だったなとしみじみ思いながら食器を少し隅に寄せ、再びノートに記録をしようと思った矢先のことだった。テーブルの上に、手の指の第一関節くらいの大きさの綺麗な小石を発見した。


 「ん・・・?」


さっきまでこんなのあったかな?と思い返しながら、ふとその綺麗な小石をつまんでみる。じーっと見ていると、不思議なことにキラキラと輝いていることに気づいた。光の反射にしては不自然で、無意識のうちに見る角度を変えていたのかもしれないと思い、手と指を固定し、一定の角度からじーっと見ていると、不規則にキラキラと輝いていた。色んな角度から一通りみてみたが、特に仕掛けはなさそうだった。

 僕はなんとなく、お店に吊るされていた電球にその小石を向け、透かして見るようにしてみた。

 すると、中に人が映って動いているような気がした。いや、落ち着け自分、と言い聞かせる。これは自分の影に違いないと思い、目を凝らしてその正体を探ろうとしたそのときだった。

 ふっと、僕はその小石に吸い込まれたような気がした。

 そして気が付くと、その小石は僕の指先からなくなっていた。


 「あれ・・・?」


 テーブルの上に小石は見当たらない。落とした覚えもないし、床に小石が落ちた音も聞こえていない。つまんでいた指の間からきれいさっぱりなくなっていた。僕はもしかしたらボーとしていて小石を床に落としたのもしれないと思い、体を傾けテーブルの下を探してみるが、ざっと見た感じ、見当たらなかった。僕はちゃんと探すために、一旦椅子から降りて、テーブルの下に潜り込み探したが、やはりないようだった。


 「おかしいなぁ・・・」


と呟きながら床を手でまさぐっていたが、何も手応えがなかった。僕はふと『お店の人が掃除のときに見つけて必要があれば回収してくれるだろうし、落とした人がいればお店に連絡を入れるはずだし、結果としてその人に届くだろう』と思い、諦めかけた瞬間、右手が温かい何かに触れた。


 「・・・っ」


 と何か女の子の小さな息をのむような声が聞こえた瞬間、左手も温かいモノに触れた。両方ともそれは柔らかく、手触りがよかった。人肌の温度、何か布のような感触を感じた。思わず軽く握ると、これは足首だと直感した。よく見るとそこには可愛らしい靴を履いた足があり、脚も見え、女の子であると確信した。僕はすぐに手を離し、咄嗟に立ち上がろうとしたが『ゴン』とテーブルに思いっきり頭をぶつけてしまった。


「いたたた・・・」


 僕はしばらくテーブルの下にうずくまりぶつけた部分をさすっていたが、しばらく後、ようやく僕はテーブルの下から這い出し立ち上がると、そこには黒いとんがり帽子をかぶり、黒のワンピースのような服を着た背の小さい女の子が立っていた。中学生~高校生くらいの年頃だろうか、まるで魔女の井で立ちである。片手に杖のようなものを持ち、上目遣いで僕をじっと見つめている。いや、睨んでいると言ったほうが適切かもしれない。どうやら僕はこの子の足をべたべたを触ってしまったようだった。


「ごめんなさい!」


 僕は状況も飲み込めないまま、反射的に頭を下げて咄嗟に謝っていた。なぜ僕の目の前にさっきまでいなかった女の子がいるのだろうか。いつからいたんだろうか。叫ばれたらどうしよう、警察に通報されたらどうしよう、ネガティブな感情が僕を支配する。最悪の状況が次々と思い浮かぶ。イートインスペースには僕以外の客はいなかったはずだ。何かの記憶違いかと思い必死で思い出そうとしていた。


「あの…こちらこそ、急に呼び出してごめんなさい」


 その女の子は微笑むと、僕にそう言ったのだった。その声は少し低いけど、聞いていて不思議と落ち着く声だった。そして、その手には、ついさっきまで僕が持っていた小石が見えたのだった。

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