朱夏、吉日。注解



・電車……作中の電車はSL式の座席となり、座席は進行方向を正面として並ぶ。

・新型ウイルスの流行……二〇二〇年に流行した新型コロナウイルス(COVID-19)を背景としている。

・ながし南風……流しはえ、とも。本来は梅雨の季節の、雨を降らす湿った風を意味する。

・知らぬ不安事など況や……「~など況や」は、「なおさら~」という意味になる。知っている冬でさえ明確に想像できないのだから、して感染症のことを明確に怖がることはできない、と言っている。感染症の流行を、怖がらなくなりつつあった実状を風刺している。

・『草枕』……夏目漱石が明治三九年(一九〇六年)、当時三九歳で発表した小説。一人の画工えかきが、「非人情」という感を携えて一人旅をする話。

・無粋な真似をしたくないと誓うは、リュックに片付けた漱石だ……『草枕』では、人の心理を解いて書く小説を、探偵であり、推理であり、無粋であるとする表現がある。


・広縁……通常、和室の窓際に置かれる一二畳ほどの間。椅子二脚とローテーブル、金庫が置かれることが多い。

・マルボロ……正式名称、マールボロ。煙草の銘柄。


・ペガスス座………ペガサス座とも。秋の四辺形は、正確には三つの星はペガスス座の領域であるが、一つはアンドロメダ座に分類される。かつては四点全てがペガスス座であり、一点はアンドロメダ座と二重所属であった。一九二八年の国際天文学連合総会で、この二重所属は解消された。

・ペルセウス座流星群の極大日……流星群の活動が最も活発な日。流星の観測数が最も多くなる。ペルセウス座流星群の場合、極大日は毎年八月十三日前後。ペルセウス座流星群は三大流星群に数えられるほど、活動が大きい。

・ふたご座流星群のピーク……ふたご座流星群の極大日のこと。毎年十二月十四日前後に起こる。ふたご座流星群も、三大流星群に数えられる。


・非人情……『草枕』に出て来るものの見方、また心の状態。非人情が如何なるものかを論じて定めてしまうのは勿体ないが、必要の為に簡潔にしてしまうと「利害の関わらぬ高みから超然と人を、ただ詩や画の様に観察すること」になる。しかし、これは正確ではない。辞書を引いてもここに対する答えは載ってない。各々『草枕』を読むことでしか得られないが、読者に強いることもできないだろうと、簡潔にしてしまっただけである。


・携帯……作中に出て来る携帯は、俗称:ガラパゴスケータイと呼ばれる、フィーチャーフォンである。

・とらみ、東浪見……千葉県、JR外房線に東浪見駅がある。他に、『草枕』で画工と並ぶ主要人物、那美のことを御那美おなみと呼ぶところと、韻が同じである。

・小湊……『こころ』(夏目漱石)の作中で、先生が学生の頃に友人Kと訪れていた地。千葉県外房にある。

・かげおくり……良く晴れた日中に、自分の影を十秒程度じっと見つめ、それからすぐに空を見つめると、さっきまで見ていた自分の影が空に映って見える現象。『ちいちゃんのかげおくり』が、杜松の実の小学校のこくごの教科書に載っていた。

・臥薪……臥薪嘗胆のこと。大きな目的のために、長い間の試練に耐え、苦労すること。

・津波が連れ去った灯……二〇一一年三月十一日、東北太平洋沖で発生した、東日本大震災での、津波被害のこと。

・パン・アップ……俗称であり、正式にはティルト・アップ。カメラ操作法の名称で、カメラを垂直方向に、下から上へ振ることを指す。

・オメラス……『オメラスから歩み去る人々』のこと。一九七五年、アーシュラ・K・ル=グウィンの書いた『風の十二方位』に収録された篇。

・オメラスから去るのは、私たちかもしれません……原作『オメラスから歩み去る人々』では、少年の境遇を憂い、堪えられなくなった者が国を去る。ここでは、医療従事者らが、その職務を放棄する、あるいは職を辞することを意味している。

・カスケード……英語で小滝や、次々と生じる変化を指す。


・四辺形……先に出てきた秋の四辺形と関わる。小湊が東浪見のことを「夏の女だ」と称すところからも、この黒子の並びが似合わないとしている。

・蕭蕭……もの寂しいさま。

・石で覆われた美術館……モデルは、おそらく埼玉県所沢市ところざわサクラタウンにある角川武蔵野ミュージアム。当館が五階建てであるのに対し、作中の美術館は三階建てと、小ぶりである。また、当館は本の美術館である。そこから作中一階の日本画らは谷崎を初めとした明治大正昭和初期から戦後の文豪ら、二階の油絵らはエンタメ小説ら、三階ポップ・アートらはライトノベルやweb小説を風刺している。

・陰翳礼讃……一九三三年、谷崎潤一郎の書いた小説。「日本の美学の底には、「暗がり」と「翳り」がある」、とした。

・向井潤吉……戦後に活躍した油絵画家。生涯消えゆく民家を描き続けた。彼の言葉に、「ふと振り返って一瞬の幻覚のような風色を見たが、(中略)しかしその閃きに似た不思議な美しさは、いわゆる一期一会ともいうべきもので、(中略)自然の微妙複雑な変化現象は、そのように少しの停滞もくり返しもない点に、比較のできない魅惑があるのだと思う。」がある。

・溽暑……湿気が多く暑い様子。

・矍鑠……老年になっても健康で元気な様。

・不壊……こわれないこと。また、滅びないこと。

・剽悍……動作が素早く、荒々しい強さをもっていること。

・理想郷……千葉県JR外房線に鵜原駅があり、その近郊に理想郷という日の出の名所がある。しかし、作品の舞台との類似性は、この他に無い為、舞台とは考えにくい。


・「行かないで」……『交差点』(長渕剛)の歌詞にある。男女の別れの歌。


・本を抱いて登る……杜松の実が二〇二〇年十月にカクヨム上に公開した短編。そこでは、スマホとWi-Fiが書かれていたが、こちらでは舞台設定に合わせて腕時計などに変えられている。

・敷島……『草枕』の中で画工の男が吸う煙草の銘柄と同じ。他の漱石の作品内でもこの敷島は出て来る。


・作暁……昨日の朝のこと。

・綜覈……すべくくって明らかにする。物事の本末を明らかにする。事情を総合してくわしく考察すること。

・漂然……特に目的・用件もなく、ふらりとやって来たり、立ち去ったりする様子。

・艱苦……つらいことと苦しいこと。


・晩霞……夕焼け

・夕目暗……夕間暮れ。夕方うす暗くてよく見えないこと。またその頃。夕暮れ。

・夕されば……夕方になれば。

・斜陽……もとは西に傾いた太陽、斜めに指す夕日の光のこと。比喩的に、時勢の変化で没落しかかること。

・アイロニー……皮肉

・長庚……宵の明星。夕方、西空に見える金星のこと。

・的皪……白く鮮やかに光り輝くさま。

・哄笑……大口を開けて大笑いすること。

・跋扈……のさばりはびこる。

・痴れ……判断、識別の能力が働かない。痴れ者。

・あざとく……思慮が浅く、小利口である。


朱夏……夏のこと。転じて、人生の盛り、とくに壮年期を指す言葉。

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